133話 要するに地獄を見たと言っているらしい
「ああ! ゼーヴァ様、ご無事だったのですね! あなたが姿を消してからというもの、わたくしは心配のあまり、ずっと眠れていなかったのですよ?」
『……』
昨晩、シェイラの事が心配になり、自分の任務を果たしに行く前に、鳥の姿に変化して宿の様子を見に行ったゼーヴァは、メーナが口を半開きにしてしっかり熟睡していたのを知っている。
そうとも知らず、メーナは彼を気遣う健気な女性の演技を続けている。
「とにかく、お元気そうで安心いたしました。ああ、でもこんな貧相な店では、きっとロクな料理が出なかったでしょう? そう思って、こちらにゼーヴァ様が大好きなわたくしの手料理をご用意いたしましたわ。さあ、どうぞ遠慮なく召し上がれ!」
頬を上気させたメーナに手を引かれてテーブルの前に立った途端、ゼーヴァの端正な顔が絶望の色で塗りつぶされた。
(頑張って虎さん! なんとかこの試練に耐えて生き延びて!)
(虎さん、鼻をつまむきゅる! 匂いが無くなれば少しは耐えられるきゅる!)
(口に入れたら、味を感じる前にごっくんするきゅる! 噛んでしまったら終わりきゅる!)
(もしおなかが痛くなったら、ももがマスターにもらった効き目ばつぐんの胃腸薬を飲ませてあげるきゅる!)
心の中から声援を送るしずくたちを恨めしそうに見つめたゼーヴァは、眉間に盛大にしわを寄せてゴクリとつばを飲み込むと、異臭の塊と化したカルパッチョをフォークで乱暴にすくい上げ──
そして、ギュッと目をつぶると、意を決して口の中に放り込んだ。
(嘘でしょ!? 何で一度に口に入れたの!? あんなに頬張ったら飲み込めないよ!)
(虎さん、勇気があるきゅる! 漢を見せたきゅる! ぽぴーは感動したきゅる!)
(違うきゅる! あれは勇気なんかじゃないきゅる! どう考えても無謀きゅる!)
(お店の中でオエってするのはやめてほしいきゅる。もしそうなったら、ももは怒るきゅる!)
案の定、肉を頬張りすぎて飲み込めなくなったゼーヴァは、目を白黒させて滝のように冷や汗を流し始めた。
喉の奥に流し込むために、やむを得ず肉を噛みちぎった瞬間、香辛料がもたらす刺激と辛み、腐った肉の強烈な酸っぱさとえぐみ、そして強いアンモニア臭が口の中をたちまち覆い尽くし、彼を激しく苛んでいく。
そうこうしているうちに、ぶるぶると激しく痙攣し始めたゼーヴァを見て、メーナを除く全員が戦慄して顔を強張らせた。
(瘴気が無い肉なのに、神様である虎さんを痙攣させる程の破壊力が……?!)
(あれはもう、最終兵器と言っても差し支えないきゅる……!)
(虎さん、あまりの不味さに意識を飛ばしてるきゅる。危険きゅる!)
(大変きゅる! ももが用意した胃腸薬では、意識は戻せないきゅる!)
しずくたちが固唾を吞んで見守る中、危うく意識を失いかけながらも、何とか肉を飲み込んだターラージャ帝国の守護神は、ポピーから手渡された水を一気に飲み干し、ふーっと深い息を吐いた。
『……たった今、生きながらにして、無窮の深淵を見た』
( ° ཀ ° )




