131話 あれはおなかを空かせている魔獣の目
「しずくちゃん、これで完成きゅるか?!」
今にもよだれを零しそうなポピーが、息を荒くする。彼の頭上に浮かぶ黒い毛玉は、不規則に点滅しながらふらついている。
「ごめんね、完成するのはまだまだ先なの。もう少し我慢してね」
きゅる……と喉を鳴らして落胆するポピーに苦笑すると、しずくは弱火で玉ねぎとパウダースパイスを軽く炒め、鍋に水と赤ワイン、取り出しておいたバッフェン肉とローリエとを投入して強火でひと煮立ちさせた。
「うん、そろそろかな?」
鍋が沸騰してきたのを見たしずくは、火力を中火に落として丁寧にアクを取ると、ワインの香りや風味を適度に飛ばし始めた。
「しずくちゃん、そろそろ完成きゅる?」
「まだちょっとかかるかな」
この段階になると、換気扇を通して店の外までカレーの香りが漏れ始めたらしく、外で待機していた護衛や従者たちが騒ぎ始めた。
「この刺激的な香りは何なんだ?!」
「やけに香ばしくて食欲をそそる匂いだな」
「こんな香りは初めてだ」
「うう・・急に腹が減って来た。一体どんな料理を作っているんだ?」
彼らの内の何人かは、興味が抑えきれなくなったのか、店の窓に張り付くようにして中をのぞき込んでいる。
「外にいる人たちの目がギラギラしてるきゅる」
「あれはおなかを空かせている魔獣の目きゅる」
ネリネとモモが戦慄しているのをよそに、しずくはバターをいれて鍋に蓋をすると、今度は弱火にしてコトコトと煮始めた。
「あ、お米が炊けたみたいだね!」
電気やガスではなく、魔石で作動する魔石炊飯器が、炊き上がりを知らせる音を鳴らすと、カレーの香りをすんすんと嗅ぎながら、テーブルに突っ伏していたポピーと黒い毛玉が、勢いよく顔を上げた。
「今度こそ出来たきゅるか?!」
「残念。今のはお米が炊けた音でした」
「きゅる~……」
「なんだ、あなたの料理はまだ出来ないの?」
カウンター越しにポピーと話していたしずくが振り向くと、嘲笑を浮かべたメーナが腕組みしながら立っていた。
「あともう少し煮込めば完成です。そちらはもう調理が終わったのですか?」
時計は十二時十五分を指している。終了時間まではあと十五分ほど残っている。
「あとは皿に盛りつければ完成よ。勝つのはわたくしに決まっているけど、可哀そうだから待っていてあげるわ」
メーナは自信満々でいるが、その視線はしずくの目の前の、蓋をしたままの鍋に向けられている。
「……もしかして、私の料理が気になってます?」
「っ! そんな訳ないでしょ!」
メーナはカッとなってそう叫ぶなり、肩を怒らせてキッチンに戻って行ってしまった。しずくは、やれやれという顔でため息をつくと、おもむろにお玉を手に取った。
鍋の蓋を開けて、湯気を立ててくつくつと煮えるカレーをかき回すと、一気に芳醇で豊かな香りが店内に広がっていく。
ポピーや黒い毛玉、ネリネやモモはもちろんのこと、窓に張り付いていた護衛や従者たちまでもが、うっとりとした顔をして、ゴクリと唾を飲み込んだ。
甘党のはずの白い毛玉たちも、興奮したように体を光らせている。
「しずくちゃん、今度こそ完成きゅるか?!」
カウンターチェアによじ登ったポピーが、しずくの顔をのぞき込むと、しずくは魔導コンロの火を止めて微笑んだ。
「お待たせしました。〈喫茶シルエ〉特製、バッフェン肉のスパイスカレー、これで完成です!」
その瞬間、店内ではシュクレドラゴンたちの歓声が上がり、毛玉たちが飛び跳ねた。




