125話 やっぱり放っておけない
「神殿にある秘密の通路を使ってゼーヴァ様を逃がした時、私はメーナの足止めをするためにご一緒できませんでした。ですから、もし逃げる途中でお倒れになっていたらどうしようかと、ずっと不安だったのです。ですが、しずく様たちがゼーヴァ様を手厚く介抱してくださったおかげで、こうして再び元気なお姿を目にすることができました。本当にありがとうございました」
美しいオレンジ色の瞳に涙を浮かべて感謝するシェイラに、しずくが恐縮する。
「そんな! 私たちはただ、おなかを空かせた虎さんにごはんを振るまっただけですから! 感謝するなら、どうかこちらのふわふわさんたちにお願いします。実は、私たちが虎さんを店から追い出す相談をしていた時、虎さんを助けてあげてほしいと頼んできたのは、ふわふわさんたちなんです」
「まあ、そうだったのですね!」
シェイラは驚いて口に手をあてると、ふよふよと浮かぶ光る毛玉たちに向かって、何度も感謝の言葉を告げた。
彼女が心から敬意を払ってくれていると知った毛玉たちは、チカチカと嬉しそうに光っている。
その光景を見ていたしずくは、腹違いとはいえ同じ皇女であるのに、ここまで神々に対する態度が違うのか、と少しだけ複雑な気持ちになった。
「神殿から逃げる際、ゼーヴァ様は『安全に神気を回復できる場所に心当たりがある』と、おっしゃっておられました。私がメーナに問い詰められる可能性を考えて、あえて行先は伺いませんでしたが──まさか、その場所が、こんなに素敵なお店だったとは、思ってもみませんでした」
「え? 虎さんは〈喫茶シルエ〉の事を知っていたの? だけど、最近店を移転したばかりなのに、よくこの場所がわかったね?」
しずくが驚いて問いかけると、ゼーヴァが照れたように前足で顔を撫でた。
『きっかけは、風の権能を使って鳥たちの声を拾っていた時、シグベルムでとびきり美味いケーキが売られていると知ったことだったのだが──』
食いしん坊のゼーヴァは、ケーキについて更に詳しく調べようと、シグベルムの街の声を拾っている最中に、最近神々の間で噂になっている店がシグベルムの近郊に移転して来たことを、偶然知ったらしい。
「風の権能で情報収集──ようやく神様らしい話を聞けた気がするね」
「虎さんは、実はやればできる子きゅる?」
「ただの食いしん坊じゃなかったきゅる」
巨大な白虎は宝石のような薄水色の目を細めると、牙を見せて笑った。
『神の店は一種の神域だからな。美味い物が食べられる上に、清浄な場でもあるこの店なら、弱った体を休めるのにはもってこいだと思ったのだ。事実、たった数日の間滞在しただけで、こんなにも早く回復することができた』
「まあ、そうだったのですね!」
嬉しそうに微笑むシェイラに、興奮した様子でゼーヴァが語る。
『鳥たちが噂していたケーキはまだ口にしていないが、この店で出された料理はどれも絶品で、帝国で出されていた宮廷料理よりもはるかに美味かった。きっとお前も驚くぞ!』
「先程淹れて頂いたコーヒーも、あのメーナも思わず褒めるほどに、素晴らしいお味でした。きっとゼーヴァ様のおっしゃる通り、しずく様のお作りになるお料理は、どれもさぞかし美味しいのでしょうね」
純真な目をした彼らにベタ褒めされ、照れたしずくはコリコリと頭を掻いた。
ほんの少し前までは、「虎さんには早く元気になってもらって、マスターが戻るまでに出て行って欲しいなあ」と思っていた彼女だが、こうして事情を知ってしまった今は、窮地に陥っている彼らを、何とか助けてあげたいと思い始めている。
──お人好しで優しいしずくさんなら、きっとそうするだろうと思いました!
もしマスターがこの場にいたら、きっとこう言うに違いない。
(でも、私に出来るのは料理を作ることぐらいだし……うーん、料理を使って虎さんたちを助けられるような、何かいい方法はないかな?)
真剣な顔になって思案し始めた彼女を、期待と信頼に満ちた目をしたシュクレドラゴンと、ふわふわと浮かぶ毛玉たちが見守っている。
言葉には出さなくても、彼らもしずくと同じように、「ゼーヴァとシェイラを助けてあげたい」と強く思い始めていたのだ。
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