121話 完全に病んでるきゅるね
「そんな、ムチャクチャな! 皇帝や他の貴族たちは抗議しなかったの?」
『皇后やメーナの後ろ盾は、皇后の実家であるゼルバ王国と、皇后に取り入って力を付けた有力貴族たちで、奴らは帝国内の最大派閥に属しているのだ。だから、皇帝や他派閥の貴族たちは、奴らと争うことによって国政に影響が出ることは避けたかったのだろう』
ゼーヴァは、長い尻尾をぱしんぱしんと床に打ち付けながら、顔を顰めたしずくにそう答えた。
「じゃあ神殿の人たちは? 神殿長さんは何もしなかったの?」
『あの女──メーナは、シェイラの罪をでっち上げるのと同時に、「巫女になれ」と俺から神託を受けたと説明した。もちろん、神殿長や神官たちはそれが真っ赤な嘘であると見抜いていたが、俺自身がその話を否定しなかったために、奴を巫女に据えるしかなかったのだ!』
「そんな……虎さんはどうして否定しなかったの?」
『あの時はそうでもしないと、嫉妬に狂ったあの女の手で、シェイラが殺められる恐れがあったのだ……』
「嘘でしょ? だって腹違いだとはいえ、シェイラさんは自分のお姉さんなんだよ?」
『にわかには信じられないだろうが、奴のシェイラに対する憎悪と、俺に対する執着は、それほどまでに度を越していたのだ』
その後、シェイラを無理やり自分の側仕えにしたメーナは、巫女として行うべき仕事の全てを彼女に押し付ける一方で、自分はゼーヴァが居る至聖所に入り浸り、恋人気取りで世話を焼くようになった。
『奴は、俺の神気に触れた恐ろしさで自分が震えているのを、幸せで震えているのだと思い込んでいてな』
「それは、かなり重傷だね……」
「完全に病んでるきゅるね……」
「そういう人は、何をしでかすかわからないきゅるよ」
「下手に刺激しちゃいけないやつきゅる」
戦慄しているしずくやシュクレドラゴンたちの意見に、ゼーヴァも同意する。
『俺もそう考えて、仕方なく奴がやりたいようにさせていたのだが、神気に当てられて真っ青になったあの女に、甘い言葉をささやきながら擦り寄られるのは、おぞましくてたまらなかった……』
白虎の姿をしたゼーヴァの毛が逆立っている。思い出すだけでも不愉快なようだ。
「姉である私が、あの子を諫めることが出来れば良かったのですが……」
メーナが定められた時間を無視して、至聖所に入り浸っていることを知ったシェイラは、「尊い存在である守護神様をあまり煩わせてはいけない」と何度となく諭そうとした。
だが、メーナはその度に、「さては、わたくしに嫉妬して、ゼーヴァ様と会わせないつもりね!」と怒り狂い、シェイラを打ち据えながら罵倒した。
そのくせ、神託を授かる儀式では、そばで控えるシェイラにゼーヴァの声を聞き取らせておき、さも自分が神の声を聞いたかのように振る舞った。
だが、自分勝手で傲慢なメーナも、ターラージャ帝国にとって最も重要な儀式である〈神託の儀〉を疎かにするような真似はさすがにしなかった。
だからシェイラも、「心から慕うゼーヴァのため、メーナなりに巫女としての役割を果たそうとしているのだ」と信じるようになり、ならば自分がどんなにひどい仕打ちを受けようとも、ゼーヴァのために彼女を助けていこうと心に決めていた。
──ところが、それからしばらくすると、シェイラが抱いていた切なる思いは、無残に踏みにじられることとなる。




