118話 お爺ちゃんじゃなかった!
「あのわがまま姫が戻ってきたきゅるか?!」
「でも、お外に馬車は止まってないきゅるよ?」
「外にお馬さんが一頭いるだけきゅる」
警戒する毛玉たちに付き添われたしずくが、「どちらさまですか?」と、ドアの外に声をかけると、返事をしたのは意外な人物だった。
「あの、私は、先程までこちらに伺っていたメーナの姉で、ターラージャ帝国第一皇女のシェイラ・リル・ターラージャと申します。皆様にどうしてもお話したいことがあって、宿に戻る途中で引き返して参りました。あまりお時間は取らせませんので、どうか店に私を入れて頂けないでしょうか?」
「シェイラ皇女?!」
驚いたしずくが毛玉たちを見ると、「入れても大丈夫」とでも言うように、チカチカと光っている。
「わかりました。今すぐに開けますね」
「! ありがとうございます」
開いたドア越しにしずくの姿を見たシェイラは、ほっとしたような顔をして、深々と頭を下げた。
「それにしても、あのメーナ皇女が、よく引き返すことを許しましたね」
「ゼーヴァ様の神力と相性が良い私なら、瞑想の儀を執り行うことで行方を捜せるかもしれない、と説き伏せました」
「その、瞑想の儀というのは?」
「一人きりで静かに瞑想することで、ゼーヴァ様の神気を感じ取り、対話を試みる儀式のことです──ですが、儀式を行うというのは、ここへ戻るための単なる口実にすぎません」
「もしかして、シェイラさんはゼーヴァ様の行方について、何か思い当たることがあるのですか?」
しずくがシュクレドラゴンたちと一緒になって彼女を見つめると、美しいオレンジ色の目を持つ虎人族の女性は、柔らかな微笑みを浮かべながらうなずいた。
「ゼーヴァ様はこの店にいらっしゃいます。中に入れて頂いた瞬間、確かにあのお方の神気を感じましたから」
驚くしずくたちの頭越しに視線を向けたシェイラは、帝国の皇女らしい完璧な所作でうやうやしくお辞儀をした。
「ゼーヴァ様がご無事でいらっしゃったことを知り、心から安堵いたしました。先程は私の妹メーナとその取り巻きたちが、無礼な態度でお心を煩わせてしまいました。彼女の代わりに、姉である私が心から謝罪いたします。どのような罰でもお受けしますので、どうかその寛大なお心でお許しくださいますよう──」
そう語り掛ける彼女の視線の先にいたのは、元の巨大な姿に戻っていた白虎だった。
「虎さんが、ゼーヴァ様だったきゅるか?!」
「でもあのお姫様は、ゼーヴァ様は若い男の人の姿をしてるって言ってたきゅる。虎さんはそうじゃないきゅるよ?」
「ねりねの言う通りきゅる。虎さんはヨボヨボのお爺ちゃんきゅる。足腰が弱っていたし、歯だってボロボロだったきゅる」
ポピーやネリネ、モモたちが騒いでいると、いかにも心外そうな響きを持つ若々しい声がした。
『確かに歯も毛並みもボロボロで、足腰もガタガタだったが、俺は断じてお爺ちゃんなどではないぞ?』
「と、虎さんが、しゃべったきゅる!!」
飛び上がったポピーが、しずくの足にしがみつく。ネリネとモモは、しずくの背後に隠れて震えている。
『おっと済まん! どうやら、急に話しかけたせいで、驚かせてしまったようだ』
「やっぱり虎さんが、メーナ皇女が捜していた〈風雷の神〉だったの?」
しずくに問いかけられた白虎は、薄水色の目を細めてゆっくりとうなずいた。
周囲にふわふわと浮かぶ毛玉たちが、弱々しく点滅しているのを見て、しずくの足にしがみついたままのポピーが戸惑っている。
「ふわふわさんたち、黙っていてごめんねって謝ってるきゅる」
「そっか。同じ神様なら、お互い正体に気づいていてもおかしくないもんね」
苦笑するしずくに、白虎が慌てて説明する。
『どうかその毛玉たちを責めないでやってくれ。彼らがお前たちに俺の正体を明かそうとしていたのを、俺がもう少しだけ待ってほしいと頼み込んだのだ』
「どうしてそんなことを?」
『それは、俺が元の神力を取り戻すまでの間、帝国から逃げ出して来たことを知られたくなかったからだ』
大きな鼻にしわをよせた白虎は、重々しい声でそう言った。




