117話 無礼な客には塩対応
約一時間半ほどたってから、メーナたちが暗い表情で戻ってきた。
「どうしてなの? わたくしがこんなにも捜したのに、ゼーヴァ様がいた痕跡が一つも見つからないなんて」
「もしや、あの女の言う通り、魔法具が壊れていたのでしょうか?」
「魔導士たちが散々確かめたのだから、それはないわ。もし考えられるとしたら、ゼーヴァ様が指輪を外したか、移動したかのどちらかよ」
「ですが、ここに来て、メーナ様がもう一度魔法具を試した時も、指輪は全く反応しませんでした」
「そうね。だとしたら、帝国を出た後、何らかの理由で壊れてしまったのかも──」
その時、ちょうどみんなと共に昼食後のデザートを楽しんでいたしずくは、戻って来たメーナたちにお茶を淹れるよう、ごーちゃんたちにお願いした。
「──あら、意外と美味しいわ」
よほどくたびれていたのか、文句も言わずに出されたコーヒーに口を付けたメーナが、嬉しそうに顔を綻ばせる。
「〈喫茶シルエ〉は美味しいお茶を出す店ですから!」
「どうやらそのようね。……はあ。とりあえず今日のところはこれで引き上げるわ」
メーナが気怠そうにため息をつくと、迷惑そうな顔を隠さないシュクレドラゴンたちが、にわかに騒ぎ出した。
「捜していた神様が見つからなかったのに、また来るって言ってるきゅる」
「すっごく迷惑きゅる。明らかに営業妨害きゅる」
「やっぱり、あるじ様と小鳥さんに連絡して、戻ってきてもらった方がいいきゅるよ」
美しいこめかみにうっすらと青筋を浮かべたメーナが振り返る。
「きゅるきゅる煩いわね! わたくしだって、なにも好きでこんな店に来たい訳じゃないわ! でも、たとえ一つでもゼーヴァ様の行方を知る手がかりを見つけないと、巫女であるわたくしの面目が潰れてしまうのだから、仕方がないじゃないの! わざわざこんな辺境までやってきて、手ぶらのままで国に戻る訳にはいかないのよ!」
苛立たし気に爪を噛む主を、護衛のウルガが痛ましそうな顔で見つめている。
「とにかく、また明日も来るわ。今度は事前に店を開けておきなさいよ?」
「え。嫌ですけど」
「何ですって?!」
「だいたい、今は臨時休業中なんですから、何度も来られるのは迷惑です。それに、メーナ皇女だって、こんな店に足を運ぶのはお嫌なんですよね?」
「くっ! さっきわたくしが言ったことを根に持っているのね?! わかったわよ。さっき言ったことは謝るわ。それに、これ以上迷惑はかけないと約束する。だから、明日もう一度だけ、ゼーヴァ様の手がかりを探すために、わたくしたちを店に入れてちょうだい!」
嫌々ながらも謝罪してきたメーナを前に、しずくが大きなため息をつく。
「……わかりました。だけど、少しでも私たちに無理強いしようとしたり、無礼な態度をとることがあれば、即座に店を出ていってもらいますからね?」
「わかったわよ!」
「あと、ここに来るのは、営業時間の午前十時以降でお願いします!」
「いちいち細かいわね!」
しずくが黒い毛玉に頼んで、倒れていた護衛や従者たちにかけた睡眠魔法を解いてもらうと、メーナは寝ぼけ眼の彼らを叱り飛ばし、豪華な四頭立ての馬車に乗って帰って行った。
彼らは、シグベルムの街中にある高級宿を一軒丸ごと貸し切っているらしく、明日はそこから直接やって来るつもりのようだ。
「迷惑な人たちが、やっと帰ったきゅる。ねりねは、何だかくたびれたきゅる」
「あの人たちのせいで、すっかりお茶が冷めちゃったきゅるよ」
「ぽぴーは、飲み食いのことばっかり考えているきゅるね。ももは、少しだけあきれたきゅる」
「ふわふわさんたちも気を張って疲れたみたいだね。みんなで甘い物でも食べようか?」
明らかにハリを失くした毛玉たちを見て、しずくがそう提案すると、全員が大喜びではしゃぎ出した。いつの間にか、ソファの下に隠れていた子虎も混ざって、嬉しそうに吠えている。
入口のドアが控えめにノックされたのは、彼らがしずくが淹れ直したお茶とケーキに口をつけようとした、まさにそんな時だった。




