109話 カレーが食べたい
マスターが会議に出かけてから、既に五日がたった。
固形物を食べられるようになった白虎は、体にみっしりと肉がついてすっかり元気を取り戻しており、今では一日中でも子虎に変身していられるようになった。
しずくの身の丈程もある巨大な虎が店内をうろついているのは、害意がないとわかっていても、やはり見ていて心臓に悪い。
そのため、白虎がずっと子虎姿でいてくれることは、店にいる全員から歓迎された。
「しずくちゃん、何だかいい匂いがするきゅるね。何を作っているきゅるか?」
この日の夕方、〈りりちゃん印のクリームチーズケーキ〉を作り終えたしずくが、夕食の準備と並行して、さまざまなスパイスを調合していると、食いしん坊のポピーと辛党である黒い毛玉が、いち早く匂いを嗅ぎつけてやってきた。
「ふふ。これはね、カレーっていう辛い料理を作るのに必要な香辛料を調合しているんだよ」
「ずいぶんといろんな種類の葉っぱや種を入れるきゅるね!」
「私も貯蔵庫を確認した時はびっくりしたよ。まさか、あんなにたくさんのスパイスがあるだなんて思ってもみなかったからね」
カレーは、神社で同居していた彼女の叔母──天音の大好物だった。そのため、そのため、大好きな叔母を喜ばせようと、しずくは月にニ、三度の頻度で、わざわざスパイスを調合した本格的なカレーを作っていた。
もしかすると、マスターはそのことを知っていて、わざわざいろいろなスパイスを用意してくれたのかもしれなかった。
「今夜の夕食は、その『かれー』にするきゅるか?」
しずくは、ワクワクしているポピーや黒い毛玉を見ると、笑いながら首を横に振った。
「まだ納得のいくスパイスの配合が見つからないから、今夜は無理かな」
「それは残念きゅる……」
「ふふ、ごめんね。でも、明日はケーキ作りがお休みだから、いろいろと調合を試して最高の配合を見つけられるかも。その時は、腕によりをかけてカレーを作ってあげるね!」
「すっごく楽しみきゅる! 黒ふわさんもすごく食べたそうきゅる! もしできれば、黒ふわさんがいるうちに作ってほしいきゅる!」
優しいポピーの頭に飛び乗った黒い毛玉が、彼の気遣いに感謝するように、チカチカと光っている。
「わかった。じゃあ、辛党の黒ふわさんにも味わってもらえるように、明日中に完成するように頑張ってみるね!」
異世界のスパイスは、見た目が地球のものに似ていても味が違っていたりする。そのため、一種類ずつ味を確かめながらの調合作業になるが、実は店に来てから、毎日少しずつ食材やスパイスの味を確認していたおかげで、唐辛子や豆板醤、甜麺醤などの中華料理に使うスパイスや、カレーの基本となるクミン、コリアンダー、ターメリック、カルダモンに該当するスパイスは既におさえている。
(今週に入ってから、ローレルやシナモンっぽいスパイスも発見できたから、あとは明日中にチリパウダーやオールスパイスの代わりになるものが見つかれば、きっと美味しいカレーが作れるだろうな……)
スパイスのことばかり考えているうちに、なんだか無性にカレーが食べたくなってきた。
そういえば、もう優にひと月以上はカレーを口にしていないと気付いた途端、しずくの舌はすっかりカレー舌になってしまった。
書いている自分もカレーがたべたくなってきた……




