105話 なつかれました
次の日の朝。
あくびを噛み殺しながら階段を下りたしずくが、シュクレドラゴンたちと共にホールに出ると、白虎がまだおぼつかない足取りのままで擦り寄ってきた。
(何だか、飼い猫みたいになってる!)
自分の身の丈程もある巨大な虎に擦り寄られるのは、とても心臓に悪い。
だが、目を細めて長い尻尾をしずくに巻き付けてくる白虎は、明らかに彼女に好意を寄せているようだった。
「食べ物をあげたから、なつかれたのかな?」
「虎さんは、しずくちゃんのことを命の恩人だと思っているきゅる。ふわふわさんたちがそう言ってるきゅる」
「そうなの? 私はただ、料理を振る舞っただけなんだけどなあ……」
しずくが、巨大な白虎に甘えられてドキドキしていると、一晩中白虎を見張っていた毛玉たちがふよふよと飛んできた。
彼らがしずくたちの目の前でチカチカと光ると、白虎は残念そうに小さく一声だけ吠えると、のろのろとマットレスで作った寝床へと戻って行った。
「モモ、今のは?」
「しずくちゃんが怖がるからむやみに近寄るのはダメって、ふわふわさんたちが注意したきゅる」
そういうことかと納得したしずくは、光る毛玉たちに笑いかけた。
「ふわふわさん、ありがとうございます。助かりました」
光る毛玉たちは、ニ、三回光ると、ふるふると体を震わせてみせた。
今度は通訳がなくても何となくわかる。おそらく、気にしなくていいと言っているのだろう。
起きて早々、白虎によって驚かされたしずくだったが、しばらくしてから死神蜜蜂の群れが店を訪れた時は、逆に白虎の方がびっくりして腰を抜かしかけていた。
「虎さん、そんなに怖がらなくても大丈夫だよ。死神蜜蜂さんはシグベルムの店に届けるケーキを取りに来ただけだからね」
耳を伏せてブワリと毛を逆立てた白虎に説明すると、しずくはシュクレドラゴンたちと共に、テキパキとケーキを運び出した。しずくたちが死神蜜蜂と親しくしているのを見た白虎は、更に目を丸くして固まっていた。
まだまだ体が弱っている白虎に用意した今朝の朝食は、出汁をたっぷり利かせた卵雑炊とじゃがいものポタージュ、そして蒸した白身魚に長芋をすりおろして塩分を控えめにした出汁醤油をかけた魚料理である。
薄水色の瞳を輝かせつつ、今回も綺麗に料理を平らげた白虎は、空の食器を名残惜しそうに見た後で、しずくにねだるような目を向けてきた。
「ごめんね。少しずつ胃を慣らすために、今日もおかわりはあげられないの」
申し訳なさそうに断られてしょんぼりする白虎だが、それでもしずくに向ける眼差しには、彼女に対する感謝と尊敬の念が滲んでいるようだ。
「料理を作っているだけなのに、なにやら虎さんの中で、私の株が急上昇しているような……」
「しずくちゃんの料理は美味しいから、それは当然のこときゅる!」
「ポピーと一緒で、実は虎さんも食いしん坊なのかな?」
しずくは、食事の度にますます虎がなついてくることに困惑していたが、今のところ仕事や生活に支障が出ている訳ではないので、とりあえず放っておくことにした。
(それよりも、私が考えておくべきなのは、明日帰ってくるマスターに、この状況をどう説明するかだよね)
見知らぬ者は絶対に店に入れるな、とあんなにもクギを刺されていたのに、巨大な虎が居座っていると知ったら、さすがに小言だけでは済まなさそうだ。
かわいらしいマスターから延々と怒られるのは嫌だなあ、とつくづく思うしずくである。
(だけど、虎さんを助けるように勧めてきたのは毛玉さんたちだし──そのあたりをきちんと説明できればマスターも怒らないかな?)
だが、この日の夜、巨大な白虎が寝そべっているのを発見したかわいらしい白蛇から、悲しそうにじっと見つめられる夢を見たしずくは、自分が嫌だと思っているのはマスターに怒られることではなく、彼を悲しませることなのだと自覚した。
(理由はどうであれ、マスターには約束を破ってしまったことを素直に謝ろう……)
翌日の朝、そう決意したしずくが階段を下りていくと、従業員口のドアの向こうから、誰かが激しく言い争う声が聞こえて来た。
(一体なにごと?!)
彼女が慌ててドアを開けると、そこにいたのは意外な面々だった。
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