102話 意外なお願い
「危ない所を助けていただき、ありがとうございました!」
しずくが深々と頭を下げると、小さな毛玉たちがピカピカと光りながら集まってきた。
相変わらずクリスマスの飾りみたいだなあ、としずくが和んでいると、ふと、彼らの後ろに黒い毛玉が見え隠れしているのが見えた。
「あの黒いふわふわの神様が、虎さんを眠らせてくれたきゅるよ!」
こちらは初めて見る神様だが、黒い毛玉は十二体の光る毛玉たちの仲間であるらしく、強力な睡眠魔法で虎を眠らせてくれたらしい。
光る毛玉と黒い毛玉は、しずくのそばに来てほわほわと体を擦り寄せると、弱々しく点滅した。
「来るのが遅くなってごめんね、って言ってるきゅる」
「そんな、謝ることなんてないのに!」
マスターから指定された時間に合わせて〈喫茶シルエ〉にやってきた毛玉たちは、すぐ目の前で白虎が店に押し入ったのを目撃して、慌てて店に飛び込んできたらしい。
「ふわふわさんたちは、治癒魔法と結界を張るのが得意で、ぽぴーたちがケーキ作りで疲れた時は魔法で癒してくれるって言ってるきゅる。黒ふわさんは睡眠魔法が得意だから、しずくちゃんが徹夜しようとしたら即座に眠らせるよう、あるじ様から頼まれたって言ってるきゅるよ」
「マスターは本当に過保護だよね……」
しずくは、ほんの少しだけ呆れながらも、心強い護衛を遣わしてくれた白蛇に感謝した。
「ところで、この虎をどうしようか? もし外に放り出しても、また店に戻ってきそうだし……」
「こんなに大きな虎さんは、ぽぴーたちだけでは運べないきゅる」
「死神蜜蜂さんたちに頼んで、遠くに置いて来てもらうのはどうきゅる?」
「それがいいきゅる! ももはねりねの意見に賛成きゅる!」
だが、いい方法を思いついたと喜ぶシュクレドラゴンたちに、毛玉たちがチカチカと光って意見した。
「ふわふわさんたちは何て?」
「虎さんは追い出さないであげてほしい、って言ってるきゅる。きっと、ねりねたちを襲ったりはしないから、なにか食べさせてあげてほしいって、そう言ってるきゅるよ」
困惑顔で通訳するネリネと光る毛玉たちを交互に見たしずくは、ゆっくりとカウンターの外に出ると、そっと眠ったままの虎に近づいて様子を伺った。
(……さっきまでは恐ろしくて気付く余裕がなかったけれど、良く見たらこの虎って、痩せてガリガリみたい)
落ち着いて観察してみると、巨大に見えた白虎の体は、まるで骨の上に直接皮を着せたようにたるんでおり、うっすらとあばら骨が浮き出ていた。たくさんの切り傷や泥で薄汚れた毛並みはボロボロで毛艶がひどく悪く、指先でそっと触れると何やらベトついていた。
体を触っても白虎がピクリとも動かないのをいいことに、しずくは思いきって舌を出したままの口を開けてのぞき込んだ。
(うわ、こっちもひどいなあ……)
あんなにも恐ろしく見えた牙は黄ばんでいて、一部が欠けてすり減っている。
見たところ虫歯ではないようなので、単に加齢のせいなのかもしれない。よく神社に来ていた老猫も、こんな歯をしていた気がする。
「ねえネリネ、確認するけど、本当にこの虎は襲ってこないんだよね?」
「ふわふわさんたちは、そう言ってるきゅる。店の扉を壊したのは、具合が悪くて力の加減ができなかったからで、ねりねたちに危害を加えるつもりはなかったはずだって、断言してるきゅる」
「じゃあ助けてあげようか。遠くに放り出して餓死させちゃうのは可哀そうだしね」
マスターが信頼して護衛を任せたほどの神様なら、その言葉を信用してもいいだろう。
ネリネたちはまだ少し不安そうだが、しずくの決断を聞いた毛玉たちは喜ぶように飛び跳ねている。
(後でこのことを知ったマスターが、怒らなければいいけど)
たとえわざとではなくても、虎が無理やりドアを壊して、店に押し入ろうとしたことを知れば、マスターは確実に怒るような気がする──まあ、あのかわいらしい姿で怒っても、全然怖くはないのだが。
彼女は、ぷんすかするぬいぐるみのような白蛇を想像してくすっと笑うと、とりあえず消化しやすい食材を探しに、貯蔵庫に足を向けた。




