101話 思いがけない救世主
「しずくちゃん、急いでカウンターの中に戻るきゅる!」
「この虎さん、まさか、ももたちを食べに来たきゅるか?!」
「ねりねが、このフライパンで返り討ちにしてやるきゅる!」
その声を聞いて我に返ったしずくは、急いでカウンター下の収納を開けると、赤い水が入ったスプレーボトルを取り出した。
「しずくちゃん、それは何きゅる?」
「いざという時のために作っておいた、防犯用の唐辛子スプレー! きっと、これを虎の顔に吹きかければ、嫌がってどこかに行ってくれるはず──」
彼女がそう言いかけた時、何とか店に入ろうとして身をよじっていた白虎が、急に咆哮を上げた。
「ひえっ!」
「きゅる?!」
猛々しい咆哮は店の窓ガラスをビリビリと震わせて、しずくたちを恐怖で硬直させた。
(何これ?! まるで金縛りになったみたいに、体が動かない!)
どうやらあの咆哮には、なんらかの魔法が込められていたようだ。
しずくが動けずに焦っていると、白虎の顔をぎゅうぎゅうと締め付けていたドアが急に力を失ったように、ゆっくりと開いていくのが見えた。
白虎がのっそりと店内に入って来るのを見たしずくたちは、思わずヒュッと息を吞んだ。
(どうしよう、このままだと、みんなあの虎にやられちゃうよ!)
唯一動かすことができる目で店内を見ると、シュクレドラゴンはおろか、お手伝いゴーレムのごーちゃんたちまでもが、身動きできずに固まっていた。
何とか彼らだけでも守ろうと、水切りラックに入っていた果物ナイフに手を伸ばそうとするが、指先すらピクリとも動かせない。
白虎は、一人で焦るしずくに狙いを定めたのか、真っすぐにカウンターを目指しテーブルを押しのけながら歩いて来た。まるで狙った獲物を逃がすまいとするかのように冷たい薄水色の目は、完全に彼女の姿だけを捉えている。
(どうして体が動かないの!?)
とうとう、しずくの元にたどり着いた巨大な白虎は、カウンターに両前足をかけて立ち上がると、彼女の目と鼻の先まで顔を近づけた。
(っ! 助けて、マスター!)
鋭い牙がのぞく口元から漏れる、生暖かい息に顔を撫でられ、思わずぎゅっと目を閉じたその瞬間──
突然何の前触れもなく、白虎がカウンターチェアを巻き込みながら倒れ込んだ。
「ぷはっ……!」
やっと体の硬直が解けたしずくは、ずっと止めていた息を勢いよく吐き出すと、脱力して床にへたり込んだ。
(一体何が──)
隣で震えていたモモを咄嗟に抱きしめて、わけがわからずに呆然としていると、半泣きになったポピーとネリネが飛びついてきた。
「しずくちゃん、もも! 大丈夫きゅるか?!」
「けがはないきゅる?!」
「──大丈夫。私もモモも、どこもケガしてないよ」
ぎこちない笑顔で答えると、二匹はほっとしたのか、へにゃりと脱力した。
「無事でよかったきゅる! ぽぴーもねりねも、すっごく心配したきゅる!」
「よくわからないけど、もうだめだと思った時、勝手に虎が倒れちゃったの。ポピーたちが何かしたの?」
「違うきゅる! この虎をやっつけたのは、あるじ様が呼んでくれた神様きゅる!」
「護衛を頼まれた神様たちが、しずくちゃんを助けてくれたきゅる!」
「え? 神様たち?」
驚いてポピーたちの顔をまじまじと見返すと、頭上からふわふわした幾つもの毛玉が舞い下りてきた。
「あ!」
彼女の目の前に現れた、光る十二体の毛玉たち──それは、かつて一番最初に〈喫茶シルエ〉に来店した小さな神様たちだった。




