表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺だけ【リミットブレイク】―最底辺Fランクが黒仮面で無双するたび壊れていく―  作者: スドタケ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
60/70

第55話 悪友、目を覚ます

カイ・フェルナーが目を覚ました時、最初に感じたのは喉の渇きではなく、胸の奥へ杭を打ち込まれたような痛みだった。


息を吸っただけで、傷口の内側が引きつれる。思わず身体を起こそうとして、視界が白く弾けた。


「っ……あ、これ、駄目なやつだ」


掠れた声に、窓際で薬瓶を並べていた治癒師が振り返る。手にしていた瓶が卓へぶつかり、カチンと甲高い音を立てた。


「カイ様! 動かないでください!」


「動けるなら、もう少し格好よく起きたんですけどね」


冗談のつもりだったが、笑う前に咳が出た。胸の包帯の奥に熱が走り、額へ冷たい汗が浮く。


治癒師が慌てて枕を支え、寝台へ押し戻した。


天井は白い。薬草と消毒液の匂い。


窓の外からは、遠くで兵が走る音と、何やら浮き立った市民の声が届いていた。


戦場の音ではない。けれど、穏やかな朝とも違う。


「どれくらい寝てました?」


「終局戦から……数週間です」


終局戦から帰還した重傷者は、所属国にかかわらず、まず王都中央治療棟へ運び込まれた。


特に胸を貫かれたカイは、ルクスへ送り返すどころか、寝台を動かすことさえ危険な状態だった。


「数週間」


自分で繰り返してみても、実感がなかった。


最後に覚えているのは、黒い床と、ケイオスの光。それから胸へ突き抜けた衝撃。


倒れる途中で双剣リベル《オルト》が手を離れ、誰かの声を聞いた気もする。


悪友。


口に出したのが自分だったのか、聞こえたのかは分からない。


カイは乾いた唇を舐めた。


「終わったんですか」


治癒師は一瞬答えを迷い、それから頷いた。


「ケイオスは破壊されました。アビス・ルートも沈黙しています」


「それで、この騒がしさは?」


廊下を走る兵の声が、扉越しに漏れてきた。


黒い騎士が戻った。


北西街路で、大型機を一太刀で落とした。


カイは目を閉じた。


痛い胸の奥で、別の何かが少しだけ緩む。


「……遅いんだよ、悪友」


治癒師が怪訝そうに振り返る。


「誰か、呼べますか」


「すぐに医師を」


「医師も必要ですけど。セツナさんを。本人が来られないなら、端末だけでも持ってきてください」


その名前を出した途端、治癒師の顔に迷いが浮かんだ。今の王城で、セツナへ無造作に連絡を入れることが安全ではない。


その程度の空気は、寝起きのカイにも読めた。


「大丈夫。起きたばかりの重傷者が、解析官に終局戦の記録を聞きたいだけです」


カイは笑おうとして、途中で息を詰めた。


「……と言ってください。ちょっとだけ、急ぎで」


◇ ◇ ◇


セツナが病室へ来たのは、日が傾き始めた頃だった。


白い上着の胸元へ小型端末を抱え、扉を閉めるなり窓の遮蔽膜を下ろす。見舞いに来た人間の動きではない。


カイは枕を高くされ、どうにか半身を起こしていた。顔色はまだ悪く、呼吸も深くできない。


寝台の脇には布に包まれた双剣が置かれていたが、今の腕では柄を握るだけで終わるだろう。


「起きるの、遅い」


セツナの第一声はそれだった。


「そこ、もう少し感動してくれてもいいところじゃないですか」


「死んでないのは知ってた」


「冷たいなあ」


言いながら、カイの声は以前より弱い。軽口をひとつ投げるたび、胸の傷が抗議するように息を奪っていく。


セツナはそれを見て、寝台横の椅子へ端末を置いた。


「長く話すと傷が開く」


「なら短く聞きます。レンは?」


セツナの目が、少しだけ細くなった。


否定しない。その沈黙で十分だった。


カイは天井を見て、ひどく小さく息を漏らした。


「やっぱり、あいつだったんだ」


「何を知ってたの」


「確証なんてなかったですよ。ただ、最後の戦いで、黒い騎士が俺を見た時の間が……あれ、知らない兵器の間じゃなかった。人の顔をしてた」


「顔は隠れてた」


「そういう意味じゃないです」


胸へ痛みが差し、カイは言葉を切った。セツナが水を差し出す。


少し飲むだけで喉が痛んだが、声は戻った。


「戻ったんでしょう。なら、どこにいるんです」


「王都にはいない。レオナとフィオナがついてる」


「それは、また豪華な付き添いだ」


「笑える状態じゃない」


セツナが端末を開く。そこに映ったのは、北西街路で記録された黒い反応の乱れだった。


「レンは記憶を失ってる。黒仮面の戦闘補助だけが強く残っていて、戦闘になると本人より先に動く。昨日、レオナへ刃を向けかけた。今日も接続が深くなって、ガーディアン級改良版を一太刀で落としたあと、名前への反応がほとんど消えかけた」


カイの笑みが消えた。


「レオナさんを、覚えてない?」


「最初は知らないと言った。里へ戻ったあと、眠りながら一度だけ名前を呼んだ」


「……それ、喜んでいいのか困りますね」


「困ってる。全員」


カイは目を閉じた。


以前のレンなら、レオナの名前を聞いただけで面倒な顔をした。怖い、近い、無理だと言いながら、結局は一番目で追っていた。


カイがそこをからかうと、分かりやすく嫌そうにする。


その全部が抜け落ちて、力だけが残っている。


「通信、繋げますか」


「何のために」


「顔を見せろとは言いません。俺の声だけ、届けてください」


セツナはすぐには答えなかった。


「回線を開けば、場所を探られる可能性がある」


「もう追われてるんでしょう」


「だから、余計な穴を増やしたくない」


「だったら一往復だけ。俺が起きたことを、レオナさんに伝えないままにする方が駄目ですよ。あの人、ひとりで全部抱えてレンごと燃えかねない」


セツナは少しの間、カイを見た。


「胸に穴が開いてても、口は変わらない」


「むしろ、口くらい動かないと俺の価値がなくなるんで」


端末の光が一度、細く揺れた。


「一分だけ。音声を三重に迂回させる。長く喋ったら切る」


「十分です」


◇ ◇ ◇


白梢の里では、夜の冷気が早く下り始めていた。


封じ場に近い小屋の中で、レンはまだ眠っている。右手首へ浮かぶ黒い筋は、アリアが焚いた薬草の煙に触れるたび薄く沈むが、消えたと思った頃にまたじわりと戻ってきた。


フィオナは寝台脇で術式を維持しており、レオナは椅子へ座ったまま一度もそこを離れていない。


小さな通信石が、外套の内側で震えた。


レオナが取り出すと、セツナの声が低く流れる。


『声を上げないで。回線は短く切る』


「何かあったか」


『カイが目を覚ました』


レオナの目がわずかに開く。


フィオナも術式を保ったまま顔を上げた。


「本当?」


『本当。でも胸の傷は深い。歩けないし、長時間の戦闘は無理』


通信の向こうで、雑音に混じって咳が聞こえた。


『勝手に、もう死人みたいに話さないでもらえます?』


いつもよりずっと掠れている。それでも間違えようのない声だった。


レオナは、すぐには何も言えなかった。


終局戦の黒い床で動かなかった男が、もう二度と軽口を投げないと思っていた男が、今こうして文句を言っている。


「……遅い」


『すみませんね。寝起きが悪い方なんで』


「レンと同じことを言わせるな」


『そのレンは、そこに?』


レオナは眠る青年を見た。


「いる。だが、戻ったとは言い切れない」


『聞きました。俺のことも忘れてそうですか』


「私を知らなかった」


声が思った以上に低く落ちる。


「黒い騎士として戦えば、前より強い。だが戦いが終わると、自分が何をしたのか覚えていない。私の名前も……一度だけだ。眠ったまま呼んだ。それだけだ」


通信の向こうが、しばらく静かになった。


カイが息を整える音が聞こえる。軽く返す言葉を探したが、見つからなかったのだろう。


『レオナさん』


「何だ」


『だったら、殴ってでも起こすしかないでしょう』


レオナは目を細めた。


「お前、まだ立てないだろ」


『立てなくても、口は動きます』


いつものように笑いが続くはずだった。


けれど、通信の向こうでは苦しそうな呼吸だけが一度混じった。カイは痛みに耐えるように少し黙り、それでも声を落とさなかった。


『俺、あいつに言ってないことがあるんです。助けられた礼も、勝手に消えた文句も、それから……悪友のくせに一人で格好つけるなってことも』


レオナの指が、通信石を強く握る。


『レオナさんが名前を呼べば、あいつは一番深いところからでも振り向く。俺が何度呼んでも、たぶんそこまでは届かない。でも、戻ってきたあと、馬鹿みたいな顔で笑わせる役は俺にやらせてください』


「……笑うところまで、戻せると思うか」


『戻しますよ。あいつ、俺の軽口に嫌な顔する時だけは、かなり人間らしいんで』


フィオナが目を伏せた。


レオナは寝台の上のレンを見た。眠った顔は穏やかではない。


ときどき眉が寄り、何かに引きずられるように指が動く。


その手を握っているのは自分だ。


けれど、手を引いて帰った先で、待っている声も要る。


「死にかけが偉そうに言うな」


『生きてるから言ってるんです』


「なら、寝て治せ。お前の悪友は、私が連れて帰る」


『はい。お願いします』


その返事だけは、軽くなかった。


回線が切れる直前、カイは最後に言った。


『レンに伝えてください。起きないと、俺が勝手に悪友を名乗り続けるぞって』


通信石の光が消える。


小屋には薬草の煙と、レンの浅い呼吸だけが残った。


レオナはしばらく黙っていたが、やがて眠る青年の額へ手を伸ばした。焼けた手では触れず、無傷の指先で髪を払う。


「聞いたか。面倒な奴が起きたぞ」


レンの瞼は閉じたままだった。


だが、握っていた手に、ごくわずかに力が返った。


◇ ◇ ◇


通信が途切れたあと、カイは枕へ沈み込み、しばらく息ができなかった。


胸の奥が焼ける。少し喋っただけでこの有様なら、双剣を握るなどまだ遠い。


自分の弱さが笑えるほど分かる。


セツナが無言で薬液を点滴管へ足す。


「無茶するから」


「話すくらい、いいでしょう」


「咳で傷が開いた」


「それは、笑わせるレオナさんが悪いです」


「笑ってない」


「俺は気持ちで笑いました」


セツナは冷たい目を向けたあと、端末を閉じようとした。


カイが低く呼び止める。


「セツナさん」


「何」


「王都は、レンだと気づいたんですか」


「確証はない。黒い騎士をレオナとフィオナが連れ出したことは知られてる。終局戦でレオナが“レン”と呼んだことも記録には残ってるけど、生体照合は取れてない」


「なら、まだ隠せる」


「長くは無理。レンが消息不明なのは、軍務院も知ってる。黒い騎士が消えた時期と重ねられたら、すぐ疑われる」


カイは目を閉じた。


「ばれたら、英雄として扱ってくれますかね」


「最初だけは」


「その後は?」


「兵器として囲う。解析して、再現しようとする。白冠環アルバ・クラウンを作った人たちなら、そうする」


寝起きの身体に、冷たい現実が落ちてくる。


カイは笑わなかった。


「なら、俺も死んだふりを続けてた方が便利でしたね」


「今から寝直す?」


「嫌ですよ。寝てる間に、悪友が知らない誰かにされるのは」


セツナは返事をせず、しばらく端末の画面を見ていた。


「……一つ、届けるものがある」


「レンに?」


黒剣グレイファング。あれはレンの武器。黒仮面を使うかどうかとは別に、本人へ返すべきものだから」


カイの目が少しだけ鋭くなる。


「誰に持たせるんです」


「ガロ。ヴァルクと黒剣の重さを知ってるし、軍務院に余計なことを聞かれても黙って運べる」


「乱暴な信頼ですね」


「褒めてる」


セツナは端末を操作し、短い指示を送った。


カイは胸の痛みを堪えながら、枕へゆっくり沈んだ。


「頼みます。あいつ、あの剣を持ってる時だけは、少しだけ自分を信じられる顔をするんで」


セツナはわずかにうなずき、カイの顔を見た。


「あなたが起きたことは、軍務院にもすぐ伝わる。動けない重傷者でも、終局戦の証人として呼ばれる可能性がある」


「記憶が混乱してるふりなら得意です」


「本当に混乱してるでしょう」


「半分くらいは」


カイの口元に、ようやく以前に近い笑みが浮かんだ。


「残り半分で、うまく嘘をつきます」


◇ ◇ ◇


同じ夜、王都北西外縁の戦場跡へ、白冠隊アルバ・オーダーは再び入っていた。


住民の避難は終わり、壊れた荷車と機械兵の残骸だけが月明かりに濡れている。昼間の歓声はもうなく、風が焦げた布を転がす音だけがした。


ルーファスは白冠環アルバ・クラウンを装着し、ガーディアン級改良版の切断面へ手を添えた。


冷たい光が視界へ流れる。


黒い騎士が残した反応は、街路の途中で幾つにも枝分かれしていた。北の廃封鎖区へ伸びる濃い線。


谷側へ落ちる線。王都へ戻るように見える残滓。


偽装だ。


それも、座標傷を扱える者が意図的に流したものだと、白冠環の補助が告げている。


「隊長、軍務院は北の廃封鎖区へ先遣を出すそうです」


ヘイルが言った。


「そこにはいない」


ルーファスは膝をついたまま答えた。


「濃すぎる。戦闘後に弱った対象が、これだけ整った反応を残すはずがない」


ユナが不安そうに周囲を見る。


「では、本物は?」


ルーファスは視界の奥に沈む、消えかけた線を追った。


白い線ではない。ほとんど見えないほど薄い、黒い染みのような痕跡だった。


山へ向かい、地図に村名すら記されていない谷の手前で一度途切れている。


だが途切れた場所の奥から、白冠環アルバ・クラウンがかすかな反響を拾っていた。


黒い火と、古い封じの波長。


隠れているのではない。


あの場所そのものが、黒い反応を沈めている。


「……見つけた」


呟いた声は、自分でも嫌になるほど重かった。


通信端末が開き、軍務卿の声が入る。


「位置は特定できたか」


ルーファスは答える前に、街路の端へ置かれた小さな花を見た。昼間、助けられた少年が置いたのだろう。


折れた黒い布と一緒に、潰れずに残っている。


報告を遅らせれば、反逆だ。


報告すれば、次は英雄へ刃を向けることになる。


それでも、再生派が先にあの場所を見つければ、黒い騎士だけでなく、周囲にいる人間まで利用される。守るために近づくしかないという理屈が、ひどく卑怯に感じられた。


「北西山間部。地図上は空白地帯ですが、封鎖性の高い集落、あるいは旧施設がある可能性があります」


通信の向こうで、紙をめくる音がした。


「座標を送れ」


ルーファスは端末へ位置情報を流した。


「軍務卿。捕獲を優先するという命令は、変わりませんね」


「対象が抵抗しない限りはな」


抵抗しないはずがない。


自分を狙って来る兵を見て、黒い騎士が黙って拘束されるなど、誰が信じる。


ルーファスは目を閉じた。


白冠隊アルバ・オーダー、明朝出発の準備に入ります」


通信を切ると、白冠環アルバ・クラウンの内側で、黒い線がひとつの場所へ収束した。


白梢の里。


まだ名も知らない山里へ向かう道が、冷たい光で示されていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ