表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺だけ【リミットブレイク】―最底辺Fランクが黒仮面で無双するたび壊れていく―  作者: スドタケ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
39/70

第36話 悪友の誓い

西海自由同盟ルクスは、海の上に浮いているような国だった。


大小いくつもの港湾都市と商館都市が結びついた連合国家。


レンが足を踏み入れた第一港区は、街そのものが巨大な船の甲板みたいに見えた。


石畳の間を水路が走り、白い橋が何本も架かっている。


帆船と鉄船。


積み荷を運ぶ人足。


帳簿を抱えた商人。


軽装の傭兵。


香水の匂いをまとった女たち。


王都アルディアは、壁で守る国だ。

カグラは、刃で研ぐ国だ。


ルクスは違う。


金と情報と笑顔で、相手の懐へ入る国だった。


「きょろきょろしてるな」


横からカイが言った。


「初めて来たんだから当然だろ」


「王都の人間は分かりやすい。壁がないだけで不安そうな顔する」


「お前らは、壁がないのに平気なのか」


「壁より金の方が強いって信じてる連中が多いからな」


カイは肩をすくめる。


「まあ、俺は半分くらいしか信じてないけど」


今回、レンはルクス側の聴取を受けるために同行していた。


北方山道で確保した再生派の荷札。

ノクス級の残骸。

救出対象の移送記録。


その中に、ルクス商館を経由した可能性のある印が混じっていた。


正式な協議には、アルディア側からフィオナと軍務局の文官が出ている。


レンはあくまで、現場にいた者として補足説明を求められただけだ。


それでも、ルクスがわざわざCランクのレンを呼んだ理由は分かっていた。


カイを救った一閃。


あれをルクス側が見ていた。


「ミレーヌ様がいなくて残念だったな」


カイが軽く言う。


「別に残念じゃない」


「即答かよ」


「いたら余計に面倒そうだ」


「正解。あの人、笑ってる時ほど一番面倒だから」


ミレーヌ・オルフェは不在だった。


評議会絡みの案件で、別の商館都市へ出ているらしい。

代わりに応対へ出てきたのは、ルクス十傑の一人だった。


白い石造りの商館。

海へ張り出すように建てられた応接室。

窓の外では、運河を小型船が滑っている。


そこでレンは、リゼット・マルローに会った。


深い紫の外套。

腰に巻いた鞭剣ヴェスパ

黒い手袋。

近づくと、花のような甘い香りがした。


ただの香水かどうかは、分からない。


「あなたがレン・ノワール?」


リゼットは書類を見ずに言った。


「はい。アルディア所属、Cランクのレン・ノワールです」


「Cランクね。名前だけ聞くと、もう少し上に聞こえるわ」


「噂が先に走っているだけです」


「あら、謙虚」


「事実です」


「そういう返し、嫌いじゃないわ」


カイが横で嫌そうな顔をした。


「リゼットさん、いきなり品定めしないでください」


「あなたが言うの?」


「俺はいいんです」


「よくないわよ」


リゼットは笑い、端末へ視線を落とした。


聴取は、拍子抜けするほど短かった。


理由はすぐ分かった。


ルクス側は、すでに戦闘記録と荷札の照合をほとんど終えていた。

レンに求められたのは、細かい戦術説明ではない。


ノクス級がどのタイミングで現れたか。


荷車の中身を誰が確認したか。


カイを救った一撃が、偶然だったのか、狙って出したものなのか。


それだけだった。


リゼットは、記録よりレンの反応を見ているようだった。


「右耳の下を狙った理由は?」


「温室第三棟で、似た制御針を見ました」


「その場で思い出した?」


「はい」


「怖くなかった?」


「怖いより先に、間に合うかどうかでした」


リゼットの目が、少しだけ細くなる。


「いいわ。あとはフィオナ様たちとの正式協議で詰める。あなたから聞きたいことは足りた」


「これだけでいいんですか」


「ええ」


リゼットは微笑む。


「情報は長さじゃないの。どこで表情が変わるかの方が、大事な時もある」


嫌な言い方だった。


カイがすぐに割って入る。


「終わったなら、こいつ借ります」


「あら、あなたのものなの?」


「今は俺の相手です」


「妬けるわね」


「そういうのじゃないです」


「じゃあ、どういうの?」


カイが一瞬詰まる。


レンは横から言った。


「面倒な知り合いです」


リゼットが声を立てて笑った。


「いいわ。その表現、好き」


彼女は席を立ち、去り際にレンを見る。


「レンくん。ルクスには気をつけなさい」


「今ここで言うことですか」


「ここで言うから価値があるの」


リゼットは香るように笑った。


「この国は、弱いものを助ける顔で、弱いものの値段を決める国よ。あなたみたいに損得の前に足が出る人間は、利用されやすい」


「忠告として受け取っておきます」


「いい子ね。でも、いい子は早死にするわ」


そう言って、リゼットは奥の部屋へ消えた。


レンは大きく息を吐く。


「ルクスは疲れるな」


「まだ入口だぞ」


カイが言う。


「帰っていいか」


「駄目。飯に付き合え」


「報告は?」


「お前の分は終わっただろ。あとは上の仕事」


カイは、港の外れにある店へレンを連れていった。


高級な店ではない。

運河沿いの細い通りにある、焼いた魚と香辛料の匂いが漂う酒場だった。


昼間なのに、すでに船乗りが何人か飲んでいる。

カイは慣れた様子で奥の席へ座った。


「ここなら、余計な耳が少ない」


「酒場なのに?」


「うるさい場所ほど、真面目な話は隠れる」


「ルクスらしいな」


「だろ」


焼いた白身魚と黒いパン、酸味の強いスープが運ばれてくる。


レンが少し警戒していると、カイが笑った。


「毒は入ってない。たぶん」


「たぶんを付けるな」


「ルクスで百パーセントって言う奴ほど信用するな」


「本当に疲れる国だな」


「俺もそう思う」


その一言だけ、軽くなかった。


レンは顔を上げた。


カイは匙を手にしたまま、しばらく黙っている。


「さっきのリゼットさんな」


「危ない人だった」


「危ないよ。味方だけど、信用しすぎると骨までしゃぶられる」


「それ、味方なのか」


「ルクスでは、敵じゃないなら味方だ。昨日まで敵でも、明日金を出せば味方。味方でも、値がつけば売る」


カイは笑った。


けれど、笑いきれていなかった。


「そういう国で、俺は“使える若手”って扱いなんだ」


レンは黙って聞いた。


「顔がいい。腕が立つ。若い。目立つ。次の看板にちょうどいい。ルクスの評議会は、そういう見方をする」


「大変だな」


「軽いな」


「重く言えばいいのか」


「いや、そのくらいでいい」


カイはパンをちぎる。


「評価されるのは、最初は悪くない。強いって言われる。期待される。名前が広がる。自分でも少し気持ちいい」


少し分かる気がした。


Fランクだった頃のレンは、誰にも期待されなかった。


Cランクになり、周囲の目が変わった時、どこかで誇らしく思ったのも事実だ。


「でも、そのうち自分が人間じゃなくて、札みたいに見えてくる」


「札?」


「交渉に出す札。飾る札。脅しに使う札。カイ・フェルナーって名前だけが勝手に歩いて、俺本人は後から追いかける」


その言い方が、妙に残った。


名前が先に歩く。


レンにも覚えがある。


黒い騎士。


自分の知らない場所で噂だけが大きくなっていく。


英雄として語られ、敵からは黒色戦術個体と呼ばれる。


中身のレンは、何も追いついていないのに。


「それで嫌になったのか」


「嫌になった、って言えるほど単純なら楽だったな」


カイは少し笑う。


「期待されるのは嫌じゃない。負けたくない。強いと言われると、やっぱり少し嬉しい。でも、使われるのは腹が立つ」


「面倒だな」


「だろ」


カイはそこで、レンを見る。


「だから、お前がやりやすかった」


「俺が?」


「お前は俺を札として見ない。普通に嫌そうな顔をするし、普通に噛みつく」


「腹立つことを言うからだろ」


「そう。それがいい」


カイの声が、少しだけ低くなる。


「北方山道で、お前が俺の背中に来た時、初めて思った。こいつは俺を看板として見てない。戦場で、隣の一人として見てるって」


レンは視線を落とした。


「助けたかっただけだ」


「それで十分だろ」


カイはまっすぐ言った。


「助けたいと思った相手に、ちゃんと届くやつは少ない」


レンの胸が痛んだ。


届かなかった相手がいる。


ニア。


グラム。


温室で焼かれた被験者たち。


しばらく、店のざわめきだけが流れた。


「俺は、弱い側だった」


レンはようやく言った。


「Fランク回収係で、死体を運んで、壊れた機械を拾って、誰かが戦った後を片づけていた。戦場に立つ人間じゃなかった」


「今は違う」


「違う。でも、全部変わったわけじゃない」


レンは手元を見る。


「弱い側にいたから、見えるものがある。逃げ遅れた人間の顔とか、助けを呼ぶ声とか、強いやつらが通り過ぎた後に残るものとか」


言葉にすると、胸が詰まった。


「それを見捨てたくなくて動いた。でも、カグラで判断を間違えた」


カイは口を挟まない。


「本隊を待たずに踏み込んだ。助けられると思った。結果、部下が死んだ。グラムは腕を失った。ティナも、リアムも、前の場所には戻れない」


声が少し震えた。


「俺が、決めたんだ」


カイは黙っていた。


慰めなかった。


それがありがたかった。


「お前のせいじゃない、って言ってほしいわけじゃないんだろ」


「……ああ」


「じゃあ言わない」


カイは短く答えた。


「でも、一つだけ言う」


レンは顔を上げる。


「お前がそれを背負うのは勝手だ。でも、死んだやつまで、お前の持ち物みたいに抱えるな」


息が止まった。


「その人には、その人の意地があったんだろ」


カイは続ける。


「お前の判断で死んだとしても、最後の一歩までお前が全部決めたわけじゃない。たぶん、その子は自分で出口を開けたんだろ」


ニアの声が蘇る。


開いた。


あの小さな声。


レンは唇を噛んだ。


「……そうだな」


「なら、お前が全部を自分の罪にするのは、少しだけ傲慢だ」


きつい言葉だった。


けれど、不思議と嫌ではなかった。


レオナとも、フィオナとも違う。


カイは同じ高さから、遠慮なく殴ってくる。


「お前、本当に嫌なこと言うな」


「褒めてる?」


「褒めてない」


「だろうな」


カイは笑った。


レンも、少しだけ息を吐いた。


笑ったわけではない。

でも、張りつめていたものがわずかに緩んだ。


運河の向こうで船の鐘が鳴った。

ルクスの空が橙色に染まり始める。


カイは窓の外を見ながら言った。


「親友って感じでもないよな」


「急に何だ」


「俺たちの場合」


「そういうことを口にする時点で違う気がする」


「だよな」


カイは少し考えて、笑った。


「悪友だな」


「悪友?」


「親友って言うには綺麗すぎる。ライバルって言うには、まだ俺の方が強い」


「わざわざ言うな」


「事実だろ」


「腹立つな」


「そういうの込みで、悪友」


カイは拳を差し出した。


握手ではない。


軽くぶつける形だった。


「俺が看板にされそうになったら、お前が噛みつけ」


レンはその拳を見る。


「俺がまた一人で抱えそうになったら」


「俺が笑って邪魔してやる」


「そこは止めろよ」


「止める。でも、たぶん先に笑う」


「最悪だ」


「悪友だからな」


レンは少しだけ迷って、その拳に自分の拳を当てた。


軽い音がした。


誓いというには雑で、友情というにはひねくれている。


でも、今の二人には、それくらいがちょうどよかった。


「今後、俺が調子に乗ったら殴れ」


カイが言う。


「顔以外な」


「注文が多い」


「お前が潰れそうな時は、俺が引っ張る」


「笑いながらか」


「たぶんな」


「最悪だ」


「だから悪友なんだろ」


今度は、レンも少しだけ笑った。


本当に少しだけだった。


けれど、カイは見逃さなかった。


「今笑ったな」


「笑ってない」


「売れるな」


「売るな」


「冗談だよ」


「ルクスの冗談は信用できない」


「成長したな」


「お前のせいだ」


その時、店の入口に影が立った。


リゼットだった。


紫の外套を肩にかけ、グラスを片手に持っている。


「いい顔になったわね、レンくん」


レンは少し身構えた。


「聞いていたんですか」


「少しだけ」


「それ、たぶん全部ですよね」


「大事なところだけ」


カイが心底嫌そうな顔をする。


「リゼットさん、趣味悪いですよ」


「ルクスで趣味が良すぎる女は長生きしないの」


リゼットは少し離れた席に腰を下ろした。


近づきすぎない。

だが、視線だけは逃がさない。


「レンくん。あなた、弱い顔を隠さないのね」


「隠せていないだけです」


「それがいいのよ」


リゼットは微笑む。


「ルクスには、強いふりが上手い男が多すぎる。弱いところを見せたまま前へ出る男は、珍しいわ」


「俺はまだ、前に出られているか分かりません」


「出るわよ」


妙に確信した声だった。


「あなたは、そういう目をしてる」


カイが割って入る。


「リゼットさん、口説かないでください」


「あら、妬いてる?」


「面倒になるから嫌なんです」


「なら、余計に面白いわ」


リゼットはレンへ視線を戻す。


「次にルクスへ来たら、私にも時間をちょうだい」


「任務なら」


「任務じゃない方がいいわね」


「……考えておきます」


「真面目」


彼女は笑い、甘い香りだけを残して去っていった。


カイは大きく息を吐く。


「気をつけろよ。あの人、本気で気に入った相手には面倒だぞ」


「お前の周り、面倒な人ばかりだな」


「お前も追加された」


「やめろ」


「無理だな。もう悪友だし」


レンは窓の外を見た。


ルクスの海に、夕陽が沈みかけている。


王都から遠い街。

金と情報と香水と嘘の国。


その中で、不思議と息がしやすくなっている自分がいた。


傷は消えていない。


ニアは戻らない。

グラムの腕も戻らない。

ティナの涙も、リアムの沈黙も、まだ胸に残っている。


でも、一人で抱え込むだけが、背負うことではないのかもしれない。


隣で、カイが魚の残りをつついている。


「おい、それ俺の分」


「食わないのかと思った」


「勝手に取るな」


「悪友だからな」


「便利に使うな」


レンは皿を取り返した。


カイが笑う。


その笑い方は、もうただの軽口ではなかった。


いつか本当に、同じ高さで立つ時が来るのかもしれない。


その時までには、もっと強くなっていたいと思った。


誰かに背中を預けるために。

誰かの背中へ、もう一度間に合うために。


ルクスの夕鐘が鳴った。


綺麗な誓いではなかった。


けれど、戦場で折れない約束としては、それで十分だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ