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俺だけ【リミットブレイク】―最底辺Fランクが黒仮面で無双するたび壊れていく―  作者: スドタケ


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第34話 仮面の秘密へ

王都へ戻ったあと、レンの小隊は解散になった。


命令書に書かれていた文面は、ひどく短かった。


カグラ旧薬草園跡における被害状況を鑑み、当該小隊を一時再編対象とする。


負傷者は治療優先。


残存隊員は各班へ暫定配属。


隊長レン・ノワールは、当面の間、作戦任務より外す。


それだけだった。


ニアの名前は、そこにはなかった。


死亡者名簿にはあった。

けれど、命令書にはなかった。


それが妙に腹立たしくて、レンは紙を握り潰しそうになった。

でも、握る力も途中で抜けた。


何かを怒るには、少し疲れすぎていた。


グラムは王都中央治療棟に運ばれた。


左腕は戻らない。


命だけは繋がった、とフィオナは言った。

けれど、その言い方は、助かったと同じ意味ではなかった。


グラムは目を覚ましたあとも、ほとんど喋らなかった。


「……盾は」


最初に言ったのは、それだけだった。


フィオナが静かに答えた。


「壊れました」


「そうか」


グラムは天井を見たまま、少しだけ目を閉じた。


それ以上、何も言わなかった。


ティナは泣き続けた。


泣いて、謝って、また泣いた。


「私がもっと早く処置できていれば」


「ニアを止めていれば」


「グラムさんの腕を」


言葉はばらばらだった。


リアムが何度か止めようとしたが、途中でやめた。

たぶん、自分も何か言えば壊れそうだったのだと思う。


リアムは暫定で北区防衛班へ移された。


ティナは医療支援班へ回された。


二人ともレンに挨拶へ来た。


リアムはいつも通りの顔を作ろうとして、失敗していた。


「隊長」


「……ああ」


「俺、しばらく北区だってさ」


「聞いた」


「ティナは医療班。あいつ、今はその方がいいかもしれねえ」


「そうだな」


そこで会話が止まった。


前なら、リアムは軽口を入れた。

年上らしく、少し雑に場を崩してくれた。


でも、その日は違った。


何を言っても、ニアの名前を避けているようになる。

何も言わなくても、ニアの名前だけがそこに残る。


リアムは少しだけ口を開き、閉じた。


最後に、低く言った。


「俺は、隊長のせいだとは思ってねえ」


レンは返事ができなかった。


思っていない。


そう言われる方が、きついこともある。


「でも」


リアムは続けた。


「隊長が自分のせいだって思うのも、たぶん止められねえ」


「……すまない」


「謝るなら、俺じゃない」


リアムの声が少しだけ震えた。


「俺じゃねえんだよ」


それだけ言って、リアムは出ていった。


ティナは、目を赤くしたまま頭を下げた。


「お世話になりました」


そんな挨拶をされるような関係だっただろうか。


レンは一瞬、分からなくなった。


「ティナ」


「はい」


「無理はするな」


言った瞬間、自分で空っぽな言葉だと思った。


ティナも、たぶんそう思った。


けれど彼女は、小さく頷いた。


「レン隊長も」


そこで声が詰まる。


「……ちゃんと、寝てください」


レンは何も言えなかった。


ティナはもう一度頭を下げ、廊下の向こうへ歩いていった。


その背中は、前より小さく見えた。


小隊は、なくなった。


リアムの軽口も。

ティナのまじめな声も。

グラムの短い返事も。

ニアの、小さな報告も。


全部、同じ場所には戻らない。


レンは空になった南区詰所の部屋に、一人で座っていた。


机の上には、ニアが使っていた小さな索敵鈴が置かれている。


触れようとして、やめた。


触ったら、鳴ってしまう気がした。


鳴ったら、もうそこにいないことが本当に分かってしまう気がした。


頭の奥で、黒仮面が何かを言った。


『精神応答の低下を確認』


レンは返事をしない。


『睡眠不足。判断能力低下』


返事をしない。


『レン』


その声だけ、少し違って聞こえた。


だが、それにも返せなかった。


あの時、黒仮面になればよかった。


秘密を守ろうとした。自分を守ろうとした。


正体がばれるとか、誰に見られるとか、そんなことを考えた一拍があった。


あったのだ。


その一拍で、ニアが死んだ。


何度も、そこへ戻る。


何度戻っても、結果は変わらない。


それなのに、頭の中だけは何度でもあの瞬間をやり直す。


仮面を使えば。

走れば。

叫べば。

本隊を待てば。


全部、遅い。


扉が叩かれた。


返事をしなかった。


それでも扉は開いた。


「入るぞ」


レオナだった。


非戦闘時の黒い軽装。

赤金の髪は後ろでゆるくまとめられ、黒の短いマントだけを肩にかけている。


「……レオナさん」


ようやく声が出た。


ひどくかすれていた。


レオナは部屋を見回し、何も言わずに椅子を引いた。


向かいではなく、斜め横に座る。


真正面に座らないところが、彼女にしては珍しかった。


「ちゃんと食べてるか」


「はい」


「嘘だな」


「少しは」


「少しじゃ足りない」


会話はそこで切れた。


レオナは机の上の索敵鈴へ目を落とした。


「ニアのか」


「……はい」


「そうか」


それだけだった。


慰めの言葉はない。


助けられなかったのはお前のせいじゃない、とは言わない。


たぶん、レオナはそういう嘘が苦手だ。


「私は」


しばらくして、レオナが言った。


「何度も間に合わなかった」


レンは顔を上げる。


レオナは窓の外を見ていた。


「四天王なんて呼ばれても、間に合わない時はある。強いから全部守れるわけじゃない。むしろ、強いほど、守れなかった数も覚えてる」


その声は荒くない。

でも、ひどく重かった。


「だから、お前に軽く言うつもりはない。忘れろとも、前を向けとも、今すぐは言わない」


レオナはそこで、レンを見る。


赤い目が、まっすぐだった。


「ただ、潰れるな」


短い一言。


それだけで、胸に残った。


「潰れたら、死んだ奴が残したものまで落ちる」


レンの喉が詰まる。


「……俺は」


言葉が出ない。


言えば、全部こぼれそうだった。


レオナは少しだけ目を細めた。


「言わなくていい」


「でも」


「今のお前が言うことは、たぶん全部、自分を刺す言葉だ」


何も返せなかった。


本当に、その通りだった。


レオナは立ち上がる。


帰るのかと思った。


だが違った。


彼女はレンのそばへ来て、片膝をつく。


目線が近くなる。


強い炎の女が、今は声を低くしている。


「レン」


「お前は、まだ終わってない」


レンは顔を上げられなかった。


レオナの手が、ほんの一瞬だけレンの頭に触れた。


乱暴ではなかった。

不器用なくらい、そっと。


「今はそれだけ覚えてろ」


そう言って、彼女は立ち上がった。


扉の前で一度だけ止まる。


「食べて。寝ろ。命令だ」


「……四天王権限ですか」


「私の権限だ」


それだけ言って、レオナは出ていった。


部屋に、彼女の熱だけが少し残った。


レンは机の上の索敵鈴を見た。


まだ触れなかった。


でも、ほんの少しだけ、息がしやすくなった。


ヘリオスでは、その頃、別の熱が生まれていた。


白い解析室。


壁一面に並ぶ端末。


宙に浮かぶ薄い記録板。


焼けた中枢片。


回収された制御針。


温室第三棟から持ち帰られた、焦げた黒い金属片。


セツナは、丸二日眠っていなかった。


目の下に薄い影がある。

髪も少し乱れている。


それでも手は止まらない。


向かいにいるのは、ヘリオス研究員の一人、ラウル・メイナードだった。


細い眼鏡をかけた中年の男で、普段は感情を出さない。

そのラウルでさえ、今日は何度も眼鏡を直していた。


「黒仮面、という呼称は正確ではないな」


ラウルが言う。


「それは噂の名前」


セツナは端末を操作しながら返す。


「じゃあ正確には?」


「戦術補助インターフェース。おそらくAI側の近接戦闘用。人型端末へ装着し、演算、反応、戦闘記録の最適化を行う」


「つまり、AIがAIを強くするための仮面」


「簡単に言えばそうだ」


ラウルは記録板を拡大する。


「だが問題はここだ。通常、この種のインターフェースは人間の神経に合わせていない。人間が使えば、脳が焼ける」


「なのに、黒い騎士は使ってる」


「使っているように見える」


「そこを濁さないで」


「科学者は断定を嫌う」


「私は嫌いじゃない」


「君は科学者に向いていない」


「知ってる」


短いやりとりのあと、沈黙が落ちる。


画面には、黒い騎士が戦った現場の残留記録が並んでいる。


灰冠迷宮。

ノクス級との交戦痕。

王都決戦。

アストレウス・リコールの敵識別ログ。


どれも断片だ。


誰も黒仮面そのものを解析したわけではない。

黒い騎士の正体も分からない。


分かるのは、戦場に現れる黒い騎士が、人間の反応速度を超えた動きを見せること。


そしてAI側が、その存在を「黒色戦術個体」として記録していること。


「おかしい」


セツナが言った。


「何が」


「AI側の装備なら、なぜAI側を壊してる?」


ラウルは腕を組む。


「奪取された」


「誰に」


「人類側の誰か」


「その記録はない」


「記録が消された可能性はある」


「それを言ったら全部そうなる」


セツナは焦げた金属片を見た。


温室第三棟から回収したものだ。


そこには、ヘリオスの正規管理番号が残っていた。


セツナの中で、それはまだ刺さっている。


ヘリオスは中立ではなかったのか。


いや、分かっている。


ヘリオスが完全に綺麗な場所ではないことくらい、最初から知っている。


旧文明技術が集まる場所には、金も、欲も、思想も集まる。


それでも、自分の足場がここまで深く腐っているかもしれないと思うと、胸の奥が冷えた。


ラウルが別の記録を出す。


「最初のオーバーマインド襲撃時の旧文献に、ひとつ妙な記述がある」


「欠番五席?」


「その周辺だ」


画面に古い文字が浮かぶ。


多くは欠けている。

読める部分だけが、かえって不気味だった。


危険物を封じる。


人類に渡してはならない。


本隊にも残してはならない。


波長設計、血統固定。


太陽炉の残滓を鍵とする。


セツナは眉を寄せた。


「分かりにくい」


「古文献とはそういうものだ」


「もっと簡単に」


ラウルは少し考えた。


「当時、誰かが危険なAI装備を封じた。その装備は人類に渡すにも危険で、AI本隊に残すにも危険だった」


「それが黒仮面?」


「可能性はある」


「誰が封じた?」


ラウルは、欠けた名前欄を指した。


「完全ではないが、欠番五席の周辺記録に紐づいている」


セツナは黙った。


欠番五席。

《ソーラーフレア》。

A—el No—r。


七十年以上前の、年齢の合わない名前。


「なぜ五席がAI側のインターフェースを持っていた?」


「分からない」


ラウルは正直に答えた。


「考えられるのは三つ。奪った。渡された。あるいは、もともと五席自身がAI側と接続していた」


「三つ目が一番嫌」


「私もそう思う」


セツナは記録を睨む。


「波長設計、血統固定。これは?」


「特定の神経波長でしか起動しないように封じた、という意味だろう」


「誰でも使えない」


「そうだ」


「特定の血筋なら使える?」


「そう読める」


セツナの指が止まった。


黒い騎士の正体は分からない。


けれど、仮面が誰にでも使えるものではないなら。

そして、その鍵が欠番五席の血筋にあるのなら。


可能性はかなり絞られる。


ただし、まだ名前は出さなかった。


出した瞬間、戻れなくなる気がした。


ラウルが言う。


「君は、誰か心当たりがあるのか」


「ない」


即答した。


少し早すぎた。


ラウルは眼鏡の奥からセツナを見る。


「嘘が下手だな」


「科学者に向いてないから」


「そうだったな」


セツナは息を吐く。


「でも今は、名前で追うべきじゃない。証拠が足りない。人を疑うと、間違えた時に取り返しがつかない」


「珍しく慎重だ」


「珍しくない」


「そうか」


ラウルはそれ以上踏み込まなかった。


セツナは別の記録を開く。


黒い騎士の戦闘跡。


AIの予測を読むような動き。

負傷を無視した加速。

敵の中枢を一撃で貫く精度。


そして時々、不可解な停止がある。


勝てるはずの局面で、ほんの一拍、動きが乱れている。


まるで、中の人間が迷っているように。


セツナはその一拍を見つめた。


「人間が中にいる」


「だろうな」


ラウルが答える。


「AIなら迷わない。迷う理由がない」


「でも、その迷いがあるから、人類側に立ってるのかもしれない」


セツナは小さく言った。


ラウルは少しだけ目を細めた。


「君らしくない言い方だ」


「そう?」


「ああ。機械ではなく、人間を見る言い方だ」


セツナはしばらく黙った。


温室第三棟の光景が、頭をよぎる。


硝子筒の中の人間。

壊された兵士。

ヘリオスの管理番号。

ネレイス。

焼かれた被験者。

ニアの死。


人を数字にすると、ああなる。


研究対象。

接続適性。

照合予定。

焼却対象。


その果てに何があるか、もう見てしまった。


「機械だけ見てると」


セツナは言った。


「人間を壊す装置を作る」


ラウルは答えなかった。


その沈黙が、肯定に近かった。


解析室の灯りが少し落ちる。


端末が一つ、警告音を鳴らした。


セツナが振り向く。


「何」


ラウルが操作する。


画面に、温室第三棟で焼け残った記録の一部が浮かんだ。


黒色因子照合。

次回照合対象、未確定。

ネレイス帰還。

観測継続。


セツナの目が鋭くなる。


「ネレイスは戻ってる」


「そうだな」


「そして、まだ観測してる」


ラウルは低く言う。


「黒い騎士をか」


「たぶん」


セツナは椅子から立ち上がった。


「なら急ぐ」


「何を」


「黒い仮面の正体じゃない」


セツナは端末を閉じる。


「誰が仮面を使っているのかを暴く前に、仮面が何なのかを先に掴む。順番を間違えると、また人が死ぬ」


ラウルは何も言わず、古文献の複写を渡した。


「持っていけ」


「規則違反」


「今さらだ」


セツナは受け取った。


そして一度だけ、解析室の奥を見た。


ヘリオスは信用できない。


けれど、すべてが敵でもない。


その中間で立つしかない。


それが、今の自分の足場だった。


◇ ◇ ◇


夜。


王都中央治療棟の窓辺に、レンは立っていた。


グラムは眠っている。


ティナは別室で休まされている。

泣き疲れた子どものように眠っていると、フィオナが言っていた。


リアムは北区へ戻った。


ニアの索敵鈴は、レンの手の中にあった。


ようやく触れた。


小さく、冷たい。


鳴らす勇気はまだなかった。


頭の奥で、黒仮面がまた声を発する。


『応答してください』


レンは窓の外を見る。


『レン』


返事をしない。


『ネレイスへの対抗には、次回以降、装着判断の即時化が必要です』


その言葉だけが、胸を刺した。


即時化。


つまり、迷うなということ。


迷ったせいで、ニアは死んだ。


分かっている。


分かっているのに、返事ができない。


廊下の向こうから、誰かの足音がした。


レオナではない。

フィオナでもない。


伝令兵だった。


「レン・ノワール小隊長」


レンは振り返る。


「何でしょうか」


「ヘリオスのセツナ・クレイン様より、至急の解析報告です。明朝、王都作戦室へ出頭を」


差し出された封書には、ヘリオスの白い封蝋が押されていた。


レンはそれを受け取る。


封を切る気にはなれなかった。


それでも、そこに何かが待っていることだけは分かった。


仮面のこと。

ネレイスのこと。

欠番五席のこと。

そして、たぶん自分のこと。


窓の外では、王都の灯りが揺れている。


レンは索敵鈴を握りしめ、目を閉じる。


まだ立てない。


でも、止まったままではいられない。


ニアが開けた道を、自分が閉ざすわけにはいかなかった。

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