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俺だけ【リミットブレイク】―最底辺Fランクが黒仮面で無双するたび壊れていく―  作者: スドタケ


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第30話 欠番五席の影

ヘリオスは、遠くから見ると白かった。


白い、というより、削り出された骨みたいな色をしている。


王都アルディアの城壁は、守るための壁だ。

高く、厚く、誰が見ても「ここから先へ入れるか」と問う形をしている。


ヘリオスは違う。


壁はある。

門もある。

見張りもいる。


だが、その全部が“守る”ためではなく、“測る”ために置かれているように見えた。


白い塔。

白い橋。

白い外壁。

その合間を、銀色の管と、黒い搬送路が蜘蛛の巣みたいに走っている。


人が住む街というより、巨大な解体台の上へ都市をそのまま載せたような光景だった。


「何ですか、これ……」


思わずレンが呟くと、隣を歩いていたガロが鼻を鳴らした。


「気色悪ぃだろ」


「気色悪いですね」


「慣れたくもねえ」


本音だった。


今回、レンがヘリオスへ来たのは、ゴードン班長から受け取った金属片がきっかけだ。


回収路の下から出た、ただの破片に見える断片。


だがセツナがそれを見て、王都で済ませるには嫌な匂いが強すぎると判断した。


ヘリオスの文書庫と、旧規格アーカイブ。

それに直接当たらなければいけない。


ただし、中立都市ヘリオスは、誰でもふらりと入れる場所ではない。


王都からの正式な照会。


持ち込み物の登録。


入域目的の申告。


その全部を通して、ようやく短期滞在が認められる。


だから今日ここにいるのは、レン一人ではなかった。


ガロ。

フィオナ。

そしてヘリオス側の案内役として、いつものようにセツナ・クレイン。


「ようこそ、とは言わない」


門前の検査台で、セツナはいつも通りの顔で言った。


「ここ、歓迎されるような場所じゃないから」


「自分の街に対して言う台詞か?」


ガロが不機嫌そうに返す。


「事実」


セツナは悪びれない。


白い検査卓の上へ、自分たちの荷物が置かれる。

魔術式の円。

機械式の細い針。

薄い青い光。


レンはそれを見ながら、少しだけ喉が乾くのを感じた。


「そんなに厳しいんですか」


「厳しくしないと、ここはすぐ腐る」


セツナの声は平坦だった。


「旧文明残骸、AI中枢、異能増幅装置、再生派、裏市場。ヘリオスは、面倒なものが全部集まる」


「誇ることじゃねえな」


「誇ってない」


検査は三段階だった。


最初は身元確認。

次に、持ち込み品と持ち出し品の照合。

最後に、簡易の波形検査。


この最後が、レンには少しだけ厄介だった。


黒仮面のことがある。


もちろん、仮面を持ち歩いているわけではない。


普段は見えない深い層へ沈んでいる。


でも、完全に反応が出ない保証はない。


検査輪が青白く光り、レンの前で止まった。


『警戒推奨』


頭の奥で黒仮面が短く鳴る。


うるさい、と思う間もなく、輪が一瞬だけ強く明滅した。


レンの背に冷たいものが走る。


セツナの目が、わずかに上がった。


だが次の瞬間には、光は普通の強さへ戻る。


「……微弱な干渉あり」


検査官が言う。


レンの心臓が嫌な跳ね方をする。


「旧残骸接触者にはよくある範囲。通していい」


セツナが平然と言った。


検査官が頷く。


「了解」


輪が外れた。


レンはようやく息を吐く。


ガロが横目で見てくる。


「何だ。顔色悪ぃぞ」


「この街、入るだけで疲れます」


「まだ入口だぞ」


「今ので十分です」


セツナが先に歩き出した。


「来て。長くいるともっと嫌になる」


ヘリオスの中は、外から見えるよりさらに妙だった。


白い塔の間を、荷台が静かに走る。


上層では文官や技術者が紙束と端末を抱えて行き交い、下層では解体師たちが巨大な残骸を切り分けている。


匂いが混ざっていた。


油。

焦げ。

消毒薬。

金属粉。

紙。

そして、ごく薄い血の匂い。


「住めるんですか、ここ」


レンが言うと、フィオナが小さく眉を寄せた。


「長くいると頭が痛くなりそうね」


「実際なる」


セツナは前を見たまま答える。


「慣れるけど、慣れたら終わりだと思ってる」


「何が終わるんだ」


ガロが聞く。


「まともさ」


即答だった。


少し歩いた先で、広い吹き抜けに出る。


そこに、白い塔が一本、真ん中を貫くように立っていた。


「文書塔」


セツナが言う。


「ここに旧記録、押収資料、禁書指定前の研究写本が集められてる」


「集めてるだけで嫌な予感しかしないな」


ガロが吐き捨てる。


「するだけまだ健全」


セツナは肩越しに言った。


「感じなくなった人から壊れるから」


白い塔の中は、さらに冷えていた。


石ではなく、何か別の素材で組まれているらしい。

壁に触れると、冬の朝みたいな冷たさがある。


螺旋階段。細い回廊。

そして、鎖で閉じられた書架。


王都の図書室とは別物だ。

知識を積む場所ではない。

危険物をしまい込む倉庫に近い。


「こっち」


セツナが最上階ではなく、中腹の封鎖区画へ入る。


扉の前で、二重の認証があった。

紋章と波形。

短い鍵句。


レンはそれを見ながら、思わず言う。


「そこまでするんですか」


「そこまでする」


セツナは振り返らない。


「ここにあるのは、消えた方が都合のいい資料だから」


中へ入ると、空気が一段静かになった。


人がいない。

いや、いる。

でも音を立てない。


薄い光の中で、白衣の記録官が二人、机に向かっていた。

どちらも顔色が悪い。


「慣れると、みんなこうなる」


セツナがさらっと言う。


「嫌な街ですね」


「だから最初からそう言ってる」


レンは返事をしなかった。


ここへ来る前までは、金属片の出所と規格線を調べる程度の話だと思っていた。

だが今は違う。


街そのものが、“触れてはいけないものを抱えてる場所”に見える。


セツナは奥の保管机へ金属片を置いた。


「まずこれを見る。そのあと、旧記録に当たる」


「旧記録って、何のですか」


「最初の襲撃」


レンは少し黙った。


最初のオーバーマインド襲撃。


教本にも簡単な記述はある。


だがどの国でも、あの時代の話は妙に曖昧だ。


英雄譚として削られすぎているか、逆に悲惨すぎて語られないか、そのどちらかだった。


「何でそこへ繋がるんだ」


ガロが問う。


セツナは端末を起動しながら答える。


「この規格線、現行品じゃない。古すぎる。

古すぎるのに、単なる旧文明規格とも違う。

こういう中途半端な線は、だいたい『途中で消された研究』にぶつかる」


フィオナが静かに言う。


「欠番……ですか」


セツナは頷いた。


「たぶん」


その言葉だけで、部屋の温度がもう一段下がった気がした。


最初に見せられたのは、文書ではなかった。


映像記録。


正確には、旧戦闘記録の断片投影だ。


完全な映像ではない。

抜けている。

ノイズも多い。

それでも、何が起きたのかは分かる。


白い平原。

その向こうから、夜そのものみたいな黒い群れが来る。


空が落ちる。

塔が折れる。

都市壁が、紙みたいに裂ける。


「……何ですか、これ」


レンは思わず声を漏らした。


今まで見てきたビーストやガーディアンの比ではない。

数だけじゃない。

質が違う。


大気そのものが敵に変わったみたいな襲撃だった。


「最初のオーバーマインド襲撃」


セツナが言う。


「人類が、空や情報、旧文明の主導権を、一夜にして奪われた日」


映像の中で、人が死ぬ。


兵が死ぬ。

砲台が沈む。

都市が裂ける。


それなのに、記録はどこか静かだった。

静かすぎるから、余計に怖い。


そして、そこで光が落ちた。


白でもない。

赤でもない。

黄金に近い灼光。


空を裂いて、地を焼いて、敵機の群れを一列で消し飛ばす。


レンは思わず息を止めた。


「……これが」


セツナが映像を止める。


「《ソーラーフレア》」


その名だけは、レンも聞いたことがあった。


書物にしか残らない、戦略級異能。


伝説扱いされるほどの大火力。


だが実在を裏づける資料は、ほとんど表へ出ていない。


映像の中では、その一撃で空が一瞬だけ昼になっていた。


「人が撃ったのか、これ」


ガロの声が低い。


「そういう記録になってる」


セツナが答える。


「戦略級異能者。所属不明。当時の混成戦線に単独参加。

その後、消息不明」


フィオナが小さく言った。


「それが……欠番五席?」


セツナは頷いた。


「今のところ、その可能性が高い」


机の上に文書束が広げられる。


欠損や伏字。

削除跡に認証印。


まともな資料ではない。

むしろ、まともに残したくなかった痕跡の方が多い。


「五席って、何なんですか」


「今の四天王や十傑が生まれる前、人類はまだ兵器に頼って戦っていた」


セツナは映像の中の焼けた都市を見た。


「でも、オーバーマインドの反乱で、その兵器の管理権を一夜で奪われた」


「それで人類は……」


「滅びかけた」


セツナは続ける。


「その戦局をひとりで押し返した異能者がいる。後に戦略級異能者と呼ばれた人物」


「《ソーラーフレア》の使い手……」


「そう。その人物は現代の四天王にも十傑にも属さない。けれど、その出力は四天王さえ凌駕した可能性がある」


セツナは欠けた資料を指で押さえた。


「四天王の外側にある、存在しないはずの第五の席。ヘリオスの裏記録では、そう呼ばれている」


「欠番五席……」


「その人が、《ソーラーフレア》を……」


「その可能性が高い」


そこでセツナの声が少しだけ低くなる。


「ただし、ヘリオスの裏記録では、その人物は英雄ではなく“接続対象”として扱われてる」


「接続対象?」


「人とAIの中間層に接続できる、最初期の適合者。少なくとも、記録上はそう扱われている」


その言葉だけで、レンの胸の奥が冷えた。


人とAIの中間層。


それは、自分の中にある黒仮面を嫌でも連想させる言葉だった。


だが、それを知っているのはレン自身と、限られた者だけだ。


頭の奥で、黒仮面が短く鳴った。


『関連語句、一部照合』


心臓が強く跳ねる。


「何だ」


思わず心の中で返す。


『回答制限』


またそれか。


セツナがレンを見た。


「今、何か言った?」


「いえ」


フィオナの視線が、少しだけレンの横顔へ寄る。


彼女は何も知らないわけではない。

けれど、知っているからこそ、ここでは踏み込まなかった。


セツナは資料の一枚を引き抜く。


「見て」


そこに残っていたのは、名前の断片だった。


所属、欠損。

異能、欠損。

接続適性、最高。

最終出撃記録、オーバーマインド第一次襲撃時。


そして、その下。


A—el No—r


完全ではない。

だが、見えすぎている。


レンの喉が乾いた。


ノワール。


それだけなら、同姓の可能性もある。

だが、レンにとっては違った。


父の名は、アベル・ノワール。


幼い頃から、ほとんど記録らしい記録が残っていない男。

死んだのか、消えたのか、それすら曖昧なままの名。


「アベル・ノワール……?」


レンの声がかすれた。


けれど、すぐに違和感が来る。


記録は、七十年以上前のものだ。

父親であるはずがない。


なのに。


胸の奥だけが、否定しきれなかった。


フィオナがわずかに目を伏せる。

ガロの表情も、少しだけ硬くなった。


セツナはすぐには答えない。


「まだ断定はしない」


「年齢は合わない」


「だから、今ここで父親だとは言わない」


セツナが続ける。


「……でも」


「でも、無関係だと切り捨てるには、名前が近すぎる」


その声は、いつもより慎重だった。


「名前だけなら、偶然で済ませられる。でも、これはただの名簿じゃない。

欠番五席、接続適性、最初の襲撃、《ソーラーフレア》。そこに、あなたの父親と読める名前が残っている」


「……父親、かもしれないってことですか」


誰もすぐには答えなかった。


その沈黙が、何より雄弁だった。


ガロが低く言う。


「似た名前なんざ、いくらでもある」


「ある」


セツナも頷いた。


「だから、今は断定しない。ただ、調べずに捨てていい偶然でもない」


金属片。

欠番五席。

《ソーラーフレア》。

A—el No—r。

人とAIの接続適性。


線はまだ細い。


だが、細い線が一本だけではなかった。

それが気味悪かった。


レンは机の縁へ手を置いた。


頭の奥で、黒仮面がもう一度だけ鳴る。


『深層保護領域に、該当識別子を検出』


背筋に冷たいものが走る。


「識別子?」


心の中で問い返す。


『閲覧権限なし』


「ふざけんな」


『事実です』


レンは息を吐く。


ふざけている場合じゃないのに、いちいち腹が立つ。


セツナがその表情を見て、少しだけ目を細めた。


「……一度、別の資料も当たる」


「何をですか」


「再生派の押収文書」


セツナは言う。


「欠番の五席が、ただの失踪者じゃなく“回収対象”として扱われた痕跡がある。

それが本当なら、この人は消えたんじゃない。

どこかで、誰かに探され続けていた」


レンの胸の奥が嫌な音を立てる。


どこかで。

誰かに。


父親かもしれない人間が、最初の襲撃で消え、その後もどこかで“対象”として扱われていた。


人としてではなく。

兵器として。

実験体として。

あるいは、もっと別の何かとして。


フィオナが静かに言った。


「今日は、ここまでにした方がいいかもしれません」


レンはようやく視線を上げる。


フィオナの言葉は柔らかい。

でも、その奥にあるのは診る側の判断だった。


これ以上一気に開けると、レンの心が追いつかない。

たぶん、そういう意味だ。


セツナも否定しない。


「続きは押収文書を揃えてから。中途半端に開くと、余計な想像だけが増える」


それも、その通りだった。


でも、もう遅い。


余計な想像は、すでに始まっている。


文書塔を出ると、ヘリオスの空は夕方へ傾いていた。


白い塔が赤く染まり、搬送路の影が長く伸びる。

昼間よりも、街がもっと骨っぽく見える。


レンは回廊の途中で立ち止まった。


足が止まった、というより、少し整理する時間が必要だった。


「レン」


フィオナだった。


彼女は少し離れた位置へ立ち、無理に近づいてこない。

そういう気遣いができる人だ。


「大丈夫、と言うつもりはないわ」


最初にそう言った。


レンは少しだけ笑う。


「そうですね」


「でも、今すぐ答えを決める必要もない」


フィオナはまっすぐレンを見る。


「血縁だったとしても、そうでなかったとしても、今のあなたがあなたであることは変わらない」


その言葉は、慰めにしすぎていないからこそ、少しだけ心に残った。


レンは壁へ背を預ける。


「……変わる気がするんです」


「何が変わるの」


「知らなかったことを知ったら、前と同じ顔ではいられない気がします」


フィオナは一瞬だけ黙り、それから小さく頷いた。


「それは、たぶんそう」


否定しない。


だからよかった。


「でも」


フィオナは続ける。


「変わることと、壊れることは同じではないわ」


レンはその言葉を胸の中で繰り返した。


変わることと、壊れることは同じではない。

いまの自分にはそういう言葉が刺さる。


「ありがとうございます」


レンが言うと、フィオナは少しだけ笑った。


「礼を言われるほど上手くは言えてない」


「そんなことないです」


その時、少し離れた回廊の先で、ガロが壁にもたれていた。


こちらを見ている。

だが来ない。


来ないでいてくれるのが、たぶん今のあの人なりの気遣いだ。


レンは小さく息を吐いた。


「……戻りましょうか」


フィオナが頷く。


「ええ」


歩き出す。


ヘリオスの白い街は、夕暮れになると少しだけ静かになる。

静かになるだけで、まともになるわけではない。


危ないものは、静かな時ほど奥で育つ。


それは街も、人も、たぶん同じだ。


レンは白い塔を振り返った。


欠番五席。

《ソーラーフレア》。

ノワール姓。

最初の襲撃。


まだ何一つ確定していない。

それでも、もう知らないままではいられない場所まで来ていた。


頭の奥で、黒仮面がごく短く鳴る。


『深層照合を継続』


「勝手にやるな」


『停止は非推奨』


「命令だ」


少し間があった。


『……一時保留』


その逡巡が、かえって気味が悪い。


レンは夕焼けの残る空を見上げた。


知らないことは、まだ山ほどある。

でも、知らないままにしておくのが一番危ない。


それだけは、もう嫌というほど知っていた。

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