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俺だけ【リミットブレイク】―最底辺Fランクが黒仮面で無双するたび壊れていく―  作者: スドタケ


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第27話 王国の刃、各国の怪物

王城西棟、第二会議室。


夜の王都を見下ろすその部屋には、戦場の匂いを知る者だけが持つ、あの静かな圧が満ちていた。


円卓を囲んでいるのは、聖王国アルディアの四天王。


レオナ・ヴァレンハイト。

霧島シオン。

イヴァン・ドラグノフ。

ミレーヌ・オルフェ。


その脇に、十傑からフィオナ。

さらに、端末を抱えたヘリオス所属の解析官、セツナ・クレイン。


王城の会議室には、ふつうもっと別の種類の緊張がある。

政務官や貴族たちの、腹の探り合いのようなものだ。


今夜ここにあるのは、それとは違った。


生きるか死ぬかを見てきた人間だけが共有できる、無駄のない重さだった。


「始める」


セツナが言った。


抑揚の薄い、いつもの声。

だが、静かなだけで軽くはない。


端末が起動し、円卓の上に青白い立体映像が立ち上がる。


最初に浮かんだのは、巨大な中枢部の破砕断面だった。


アストレウス。


王都決戦の夜、王都を半壊させかけたオーバーロード級。


イヴァンが頬杖をついたまま、低く唸る。


「見たくもねえ面だな」


「同感だ」


レオナが短く返す。


《アストレウス》の名が出るだけで、部屋の空気は少しだけ重くなる。


あの夜のことを、誰も忘れていない。


王都の防衛線が一枚ずつ剥がされていったこと。


炎も、雷も、剣も、想定したようには届かなかったこと。


勝ったのではない。


食らいついて、ようやく止めた。それが本当のところだ。


セツナが映像を切り替える。


砕けた中枢部に、細い線が走る。枝分かれした制御痕がいくつも浮かび、別系統の信号が重なっていく。


「王都決戦で破砕した《アストレウス》の中枢部から、同系統設計の痕跡を複数確認した」


シオンが問う。


「同格の個体が、まだいると見ていいのか」


「可能性は高い」


「断定はできねえのか」


イヴァンの声に、セツナは首を振った。


「残骸は完全じゃない。でも、一体で終わりだと考える方が不自然」


「不自然、ね」


ミレーヌが指先で頬を支えたまま、柔らかく笑う。


「ずいぶん優しい言い方ですこと」


「優しく聞こえるなら、そっちの耳が悪い」


セツナは表情も変えずに返した。


ミレーヌは笑みを深くしただけだった。


いかにも仲が悪そうに見える二人だが、レオナからすると、こういう応酬をしている時の方がまだ安心できる。


本当に危ないのは、ミレーヌが黙っている時だ。


この女は笑っている時ほど、何か別のことを考えている。


セツナは続けた。


「さらに、王都決戦後に回収した混成個体の中枢部から、人型司令級の識別コードが複数出た。ヘリオスでは今後、この系統を“ノクス級”で統一呼称する」


フィオナが小さく息をつく。


「……あの夜の、あれですか」


「そう」


人型。

細身。

異様に速く、判断が早く、まるで“狙うべき相手”を最初から知っているように動く個体。


王都決戦の終盤で現れ、ほかでもない黒い騎士だけを執拗に追った司令級。


レオナは無意識に腕を組み直した。


嫌な記憶だった。


あれを“嫌な記憶”で済ませられるだけ、自分はまだましな場所にいるのかもしれない。


現場にいた兵の中には、あの細い影を夢で見る者もまだいるだろう。


イヴァンが顔をしかめる。


「人型ってのが一番気に入らねえ」


「どういう意味だ」


シオンが視線だけ向けた。


「敵は化け物の顔をしてた方がまだ楽だってことだよ。人型は余計な想像を呼ぶ」


「たしかに」


レオナも短く同意した。


人に似たものは、人のように動く。


人のように狙い、人のように待つ。


そこへ理屈の通らなさが重なると、ただ強い敵よりよほど厄介だ。


セツナが次の図を出す。


今度は、複数の制御線を束ねる大きな層が浮かんだ。


ノクス級。

オーバーロード級。

その両方を上から束ねる、さらに上の制御系。


イヴァンが眉をひそめた。


「それが統括司令級、ってやつか」


「仮称だけど」


「仮称で済む話じゃねえな」


「分かってる」


セツナはそう言って、円卓の中央に浮かぶ構造図を見た。


「アストレウスの制御痕と、ノクスのコードを照合した結果、両方を上位で束ねる制御層の存在が示唆された。つまり、オーバーロード級をさらに運用する意思決定階層がある」


「オーバーロード級の上に、また上がいる」


レオナが低く呟く。


「笑えねえな」


シオンが机を軽く指で叩いた。


「では、敵はこの一年、静かだったのではなく、編み直していた」


「そう見てる」


セツナの返答は早い。


「レオナ、シオン、十傑、それから黒い騎士。王都決戦で見せた人類側の手札を、向こうも再計算している」


その言葉で、部屋の空気がまた少しだけ変わる。


黒い騎士。


名前を呼ばれただけなのに、沈黙が一段深くなる。


ミレーヌがそれを見逃さずに笑った。


「やっぱり、あの方の話になると皆さん少しだけ雰囲気が変わりますのね」


レオナが目を向ける。


「何が言いたい」


ミレーヌは肩をすくめた。


「いえ。ただ、王都決戦のあと、敵も味方も、あの黒い騎士を無視できなくなった――それだけですわ」


イヴァンが腕を組み直す。


「無視できねえのは事実だ。あれが割り込まなきゃ、もっと死んでた」


「そうだな」


シオンも否定しない。


「だが、正体不明のまま味方に置いていい存在でもない」


「分かってる」


レオナは短く言った。


分かっている。

分かっているつもりだ。


戦力として見るなら、黒い騎士は明らかに異物だ。


王都の記録にも、各国の軍制にも、ああいう存在は想定されていない。


突然現れて、誰より深く食い込み、そして消える。


戦場において、正体の分からない刃ほど厄介なものはない。

それは敵でも味方でも同じだ。


それなのに――。


レオナはわずかに視線を落とした。


黒い騎士を思い出すたび、警戒とは別のざわつきが混じる。


強い。


危うい。


あれほどの速度と判断で踏み込みながら、どこか壊れかけた気配を隠しきれていない。


気に食わない。

目が離せない。

知りたい。

だが問い詰めるのも違う気がする。


そんな曖昧な感情を、レオナは自分の中でうまく言葉にできないまま抱えていた。


最近は、それにもう一つ、別の影が重なることがある。


レン・ノワール。


Cランク小隊長。


年は若く、王都決戦の前までは最底辺に近いところにいた男。


いまも四天王と比べれば、戦力としてはまだ遠い。


なのに時々、妙に引っかかる。


助けに入る時の躊躇のなさ。

危ない方へ足が出る癖。

人を庇う時だけ、考えるより先に身体が動くところ。


もちろん、確信などあるわけがない。

階級も、立場も、何もかも違いすぎる。


けれど、黒い騎士の名を聞くたびに、まったく無関係だと言い切れない何かが胸に残る。


知りたい。

でも、知ってしまえば何かが壊れる気がする。


その感覚だけは、やけに確かだった。


「でも不思議ですわね」


ミレーヌが指先をくるりと回した。


「あの方、いつも“助ける”場面にだけ現れる」


「それがどうした」


レオナが返す。


「得体は知れなくても、そういうのって少し反則でしょう?」


ミレーヌの笑みはやわらかい。

だが、その奥の観察眼は鋭い。


レオナは黙った。


フィオナがそこで、柔らかく話を戻す。


「感想を言い合っても仕方ありません。いま必要なのは、その“次”にどう備えるかです」


シオンが頷く。


「その通り」


シオンは余計な情緒を嫌う。

だからこそ、フィオナのこういう差し方には頷けるものがあった。


セツナが端末を操作した。


「対抗策は二つ。一つは各国共有の警戒線再編。もう一つは、残骸利用の異能共鳴機関」


イヴァンが露骨に顔をしかめた。


「危険な匂いしかしねえな」


「危険」


セツナは認める。


「でも危険じゃない方法で、危険な相手には勝てない」


「言い切るな」


レオナが低く言う。


セツナはレオナを見た。


「言い切らないと、誰も持たない」


短い沈黙が落ちる。


それはたしかに、セツナらしくない種類の言葉だった。


ヘリオスの技術は便利だ。

便利だからこそ、人を狂わせる。


再生派に流れた技術。

半AI化された兵。

異能を増幅しようとして壊れた人間。


そういう話は、もう皆が知っている。


それでも、それを使わなければ届かない相手がいる。

その事実だけが、誰にとっても重かった。


シオンが問う。


「どこまで引き上げられる」


「理論上は四天王クラスの出力上限を一時的に越えられる」


「理論上、か」


「まだ試作段階。でも、前回のまま戦って勝てる相手じゃない」


イヴァンが低く笑う。


「セツナ、お前そういう時だけ腹括るよな」


「腹を括らない技術者は、たぶん一番質が悪い」


「違いねえ」


ミレーヌがそこで口を挟む。


「でも、技術はいつも“人を守る”顔で人を壊しますわ」


セツナは少しだけ眉を動かした。


「だから?」


「だから、わたくしは好きですの。ああいうの」


わざと言っている。

それが分かるから余計に腹が立つ。


レオナが目を細める。


「その話、面白くないぞ」


「冗談ですわ」


「なお悪い」


イヴァンが鼻で笑い、シオンは無表情のまま腕を組んでいた。


会議はそこからさらに続いた。


各国の警戒線再編。


王都外周の情報共有。


ノクス級遭遇時の共通対応。


再生派の活動域。


ヘリオスへの監視。


十傑との連携強化。


どの話題も重い。

そして、そのどれもが王都決戦より先の戦いを前提にしていた。


静かだった一年は、休みではない。

次の地獄へ向けて息を整える時間だった。


◇ ◇ ◇


散会後、回廊へ出たところで、セツナがレオナを呼び止めた。


「一つだけ」


「何だ」


「レンの小隊、南東監視路で混成寄り個体を落としてる」


レオナの目がわずかに動く。


「……そうか」


「Cランクとしては悪くない」


「お前が他人を褒めるのは珍しいな」


「事実」


セツナは端末を抱え直す。


「あと、北区で助けた子供たちの話、まだ続いてる」


「何の」


「レンの」


レオナは少し黙る。


助けに走る。

危ない方へ行く。

損得で動かない。


その性質だけなら、妙に共通している。


だが、そこから先を考えようとすると、胸のどこかが強く拒む。


「……お前は、何か知ってるのか」


レオナが低く問う。


セツナは珍しく、すぐには答えなかった。


「まだ」


その一言だけだった。


否定ではない。

けれど肯定でもない。


レオナは窓の外へ目をやった。


夜の王都。

灯り。

巡回の列。

遠くで鳴る鐘。


そのどこかに、あの黒い騎士も、レンもいる。


重なるはずがない。

なのに、まったく無関係だと言い切ることもできない。


知りたい。


だが……


知ってしまえば、いま自分の中で曖昧なまま揺れているものが、何か決定的な形を取ってしまいそうで怖い。


レオナは短く息を吐いた。


戦場では、迷いは邪魔だ。

でも、人を知る時にだけ、迷いは刃より正直だ

―そんなことを、ふと思った。


自分らしくない考えだと分かっている。

分かっていても、切り捨てきれなかった。


廊下の先では、シオンが足を止めていない。


イヴァンは部下へ指示を飛ばし、ミレーヌは笑いながら誰かとすれ違っていく。


皆、次の戦いへ向かって動いている。


その中で、レオナだけが一瞬、立ち止まっていた。


王都決戦の夜、黒い騎士は確かにこの国を救った。


それでも、救われた国の側が、あの影のことをまだ何一つ知らない。


知らないまま、また次の戦いが来る。


その現実が、どうしようもなく胸に刺さった。


レオナはゆっくりと踵を返した。


立ち止まっている暇はない。

それでも、立ち止まった一瞬のことを、しばらく忘れられそうになかった。

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