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俺だけ【リミットブレイク】―最底辺Fランクが黒仮面で無双するたび壊れていく―  作者: スドタケ


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エピローグ まだ終わっていない

王都は、残った。


そう言い切るには、

失ったものが多すぎた。


中央住区の導線は最後まで崩れなかった。


ミアたちが喉を枯らし、

ゴードンたちが石と担架を回し、

名も残らない兵たちが、

歯を食いしばって流れを支えたからだ。


多くの子どもが助かった。

多くの母親が朝を迎えた。

その代わりに、

多くの兵が帰らなかった。


そして王都の人々が、

もっとも深く名を呼んだのは、

ダリオ・グランツだった。


最後まで壁だった男。


黒い騎士を敵視していたはずの男が、

最後には誰より前で、

王都とその黒い騎士を守って死んだ。


その事実に、

兵も市民も、

ただ深く頭を垂れた。


レオナは一命を取りとめた。


脇腹の裂傷。

折れた肋骨。

大量の出血。


フィオナと治療班が、

執念みたいな手つきで命をつなぎとめた。


眠ったままの彼女の顔は、

戦場にいる時よりずっと静かだった。


その寝台の脇へ、

シオンが一度だけ無言で立ち、

短く目を閉じて去っていった。


セツナは瓦礫の中から、

アストレウスの炉心欠片を拾っていた。


兄の認証波形と同じ揺れが、

そこにほんの僅かに残っていたからだ。


生きているのか。

死んでいるのか。


まだ分からない。


それでも彼女の目から、

最後の逃げ道だけは消えていた。


もう、

真実が怖いとは言わない顔だった。


サナは王都を離れる前に、

中央広場の屋根へ一度だけ立った。


赤い煙玉を一つだけ石の上へ置き、

誰にも見られないまま去った。


遊んでいるようで、

あの女はいつも痕跡だけを残す。


「次に燃える場所は、

 見落とさないで」


そう言われた気が、

レンにはした。


黒い騎士への熱狂は、

戦いのあとでむしろ強まった。


オーバーロード級を倒した。

最後まで中央を守った。

レオナさえ救おうとした。


希望。

羨望。

感謝。

心酔。


真実も誤解も混ざったまま、

その名はもう半ば神話だった。


だが当の本人は、

城外の荒地で見つかった。


血と泥にまみれ、

仮面のないまま倒れていた、

ただの一兵士。


レンだった。


記録上は、

中央住区で避難誘導を支えたあと、

行方不明になった負傷兵。


それ以上でも、

それ以下でもない処理。


彼は重傷だった。


全身の熱傷。

神経負荷。

極度の消耗。

そして記憶の一部欠損。


細かい会話だけが、

穴みたいに抜け落ちている。


誰に何を言われたか。

どこで何を運んだか。

昨日のちょっとした顔。


そういう“小さい記憶”だけが、

ぼろぼろとこぼれていた。


それでも大きなことだけは覚えていた。


ユウが死んだこと。

ダリオが最後に盾を出したこと。

王都が戦ったこと。

そして、

血の匂いの中で、

誰かが自分を呼ぶ声があったこと。


寝台で目を覚ましたレンは、

しばらく天井を見ていた。


頭の奥は静かだった。


静かすぎて、

逆に気味が悪いほどに。


『……生存を確認』


ようやく声が鳴る。


弱い。

遠い。

それでも消えてはいない。


「終わってないんだろ」


『はい』


短い肯定。


王都は救われた。


だが、

再生派も、

人型AIも、

オーバーマインドも、

仮面の正体も、

何一つ終わっていない。


数日後。


まだまともに歩けないレンの寝台のそばへ、

レオナが来た。


彼女自身も包帯姿だった。

それでも自分の足で来た。


二人はしばらく何も言わない。


先に口を開いたのはレオナだった。


「……王都は残った」


「そうですか」


「多く死んだ」


「はい」


また沈黙が落ちる。


レオナは寝台のレンを見下ろす。


黒い騎士の面影はない。


そこにいるのは、

痩せて、

疲れて、

まだ回復しきっていない青年だけだ。


なのに、

何かが引っかかったままだった。


戦場で自分が庇った熱。

血の匂い。

近すぎた瞳。


確信には遠い。


だが、

遠すぎるわけでもない。


レオナは少しだけ目を細める。


「お前」


「はい」


「……死ぬな」


レンはほんの少しだけ笑った。


「それ、

 前にも聞いた気がします」


「何度でも言う」


短い言葉だった。


でも、

今度は前よりずっと深い。


レオナは踵を返し、

扉の前で一度だけ止まる。


振り返らないまま、

静かに言う。


「レン」


名前だけ。


それだけ残して、

彼女は部屋を出ていった。


レンは閉じた扉を見ていた。


その時だった。


寝台脇の影が、

音もなく揺れた。


黒い液体ではない。


もっと薄く、

もっと冷たい、

“向こう側から覗く目”みたいな揺れ。


『警告』


頭の奥の声が、

これまでで一番低くなる。


『外部接続を検知』


レンが身を起こしかけた瞬間、

窓ガラス一面に、

青い環が映った。


そこには何もいない。


なのに、

確かに“見られている”。


次の瞬間、

声が落ちた。


人の声でも、

仮面の声でもない。


もっと深い、

もっと巨大な、

海の底みたいな無機質な声。


『深淵接続個体。

 識別名 レン・ノワール』


レンの全身が凍る。


『観測を継続。

 回収優先度を最大へ更新』


窓の青環が、

すっと消える。


世界が元に戻る。


だが戻ったのは見た目だけだった。


『……見つかりました』


仮面の声が言う。


弱い。

遠い。

それでも、

初めてはっきりと恐怖を帯びていた。


レンは何も言えない。


窓の外では、

修復の槌音が鳴っている。


壊れた王都が、

それでも立ち上がろうとする音。


その同じ空のどこかで、

自分を知る“何か”が、

今もこちらを見ている。


王都の戦いは終わった。


だがレン・ノワール個人の戦いは、

ここでようやく、

本当に始まってしまったのだ。

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