表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺だけ【リミットブレイク】―最底辺Fランクが黒仮面で無双するたび壊れていく―  作者: スドタケ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
25/70

第24話 王都決戦・後編

ノクスが最初に切ったのは、空気だった。


そうとしか見えなかった。


黒い人影が屋根の上から消える。

次の瞬間には、中央住区の石路地が斜めに裂けていた。

遅れて石畳が吹き飛び、建物の壁が崩れ、悲鳴が上がる。


黒い騎士はすでに横へ滑っている。

だが、紙一重だった。


『速度 増大』

『通常個体ではありません』


「見れば分かる!」


ノクスは止まらない。

二撃目。

三撃目。


黒い刃が閃くたびに、避難導線そのものが削られていく。

狙いは人ではない。

だが結果的に、人が死ぬ位置を正確に抉ってくる。


嫌な敵だ。

最低の敵だ。


黒い騎士はノクスの刃線へ無理やり割り込んだ。

一閃を弾き、二閃目を流し、その間に後ろの女と子どもへ「走れ」と叫ぶ。


「南へ行け! 止まるな!」


声に押され、避難民の列がまた動く。

だが、ノクスはその流れすら利用しようとした。


一度、わざと黒い騎士の視界から消える。

次の瞬間には、人の密集している南回廊の入口へ跳んでいた。


速すぎる。


黒い騎士も飛ぶ。

だが一拍遅い。


その時、広場の横の屋根を、火薬を孕んだ赤い煙が走った。


火邑サナだ。


《紅煙》。


火薬術式の炸裂で、南回廊の入口に一瞬だけ煙幕を作る。

ノクスの単眼が、そこで半拍だけ迷う。


その半拍で、黒い騎士が割り込んだ。


黒刃と黒刃がぶつかる。

甲高い音が、路地に刺さる。


サナが屋根の上から笑う。


「中央まで追い込まれてるとか、ほんと最悪ね」


軽い口調。

だが、その動きは軽くない。

色香だけの女ではなかった。


「シオン、早く!」


叫ぶ間もなく、白と紺の残像が頭上を走る。


シオンだ。


彼は北東外壁の一本目と二本目の中間を、レオナと共闘してほぼ制圧し、そのまま中央へ切り返してきた。

四天王会議後の共同調査で王都近辺にいたことが、ここで生きた。

たまたまではない。

来るべきものが来たから、踏み込んだのだ。


「《雷装》」


低い声。


紫電が閃き、ノクスの退路へ雷のような連撃が走る。

一撃。

二撃。

三撃。


レオナの《ブレイズクラウン》が面を焼くなら、シオンの《雷装》は線で追い込む。

ノクス相手にさえ、その鋭さは失われない。


「何をしている」

レオナも中央へ戻り問う。


「片づけていた」

シオンが短く返す。


その背後では、まだ他の十傑たちが戦っていた。


南側導線ではヴァルクとダリオが二本目の杭周辺に群れる中級ビースト群を押し返し、フィオナが前へ寄って結界と治癒で一線を保っている。

サナは中央と北東を繋ぐ斜路で、煙と短槍を使って飛行個体の視界を切り、兵たちが落としやすい流れを作っていた。


Bランクは隊列を立て直し、Cランクは生じた隙間を埋め、Dランク兵は震える腕で槍を突き出す。


そのなかに、ガロもいた。


南側の補給壕から飛び出し、大鉈を振るいながら怒鳴る。


「寝てんじゃねえ! こっから先に通したら街が終わるぞ!」


元Bランク。

腐っていた男。

だが今は違う。


そのすぐ後ろでは、ゴードンが回収係たちに怒鳴っていた。


「Fでもいい! 石運べ! 担架回せ! 道だけは塞ぐな!」


底辺まで全部使う。

恥も外聞もない。

でも、それがいまの王都を生かしている。


総力戦だった。


本当に、もう全員の戦いだった。


◇ ◇ ◇

ノクスは、黒い騎士、レオナ、シオンの三人を前にしても下がらなかった。


むしろ、そこでようやく本気になったみたいに見えた。


黒い刃が分裂するように見える。

いや、速すぎて軌跡が重なっているだけだ。


シオンが前へ出る。

《雷装》で最短の踏み込み。

だが、その斬線をノクスは紙一重で外す。


レオナが横から《ブレイズクラウン》を叩き込む。

炎が爆ぜる。

それでもノクスは真正面から受けず、斜め後ろへ流して距離をずらす。


十傑ですら近づけない。


ヴァルクが舌打ちする。


「邪魔になる……!」


ダリオも歯噛みした。

下手に寄れば、シオンとレオナの動線まで潰れる。

だから近づけない。


しかも悪いことに、周辺の杭からまたビーストが湧き始めていた。


「また来るぞ!」

「三本目の根元、増えてる!」

「中央を割るな!」


十傑たちは、ノクスへ加勢したくても、その周囲に湧く群れを止める方へ回らざるを得なかった。


極限だ。


その中で、黒い騎士だけが、まだノクスへ張りついていた。


『臨界域 39/100』

『継続可能』


ノクスの刃が、頬を掠める。

黒い騎士は半歩だけ外し、そのまま懐へ潜る。

短剣が胸部へ走る。

だが浅い。


ノクスが笑ったように、単眼が細く光る。


速い。

そして賢い。


前より、さらに厄介になっている。


『解析更新』

『胸部ではなく 首基部の奥に主制御』


「遅い!」


『更新には時間が必要です』


黒い騎士は歯を食いしばる。

今は怒る暇もない。


その時、シオンの《雷装》が真正面からノクスの注意を奪った。

さらにレオナが《ブレイズクラウン》で右側面を焼く。


たった一瞬。

でも、それで十分だった。


『今です』


黒い騎士は低く滑り込む。

膝を落とす。

首基部。

深く。

捻る。


ノクスの単眼が、初めて大きく揺れた。


「通った!」


誰かの叫び。


シオンがさらに一太刀。

レオナがその隙へ、炎を帯びた一撃を叩き込む。


ノクスの身体が吹き飛んだ。


石壁を三枚貫き、崩れた時計台の残骸へ叩きつけられる。


一瞬、音が消えた。


その一拍のあと、王都じゅうから歓声が上がった。


「やった……!」

「落ちた!」

「黒い騎士だ!」

「レオナ様とシオン様が……!」

「勝ったぞ!」


その歓声の中で、周辺に湧いていたビースト群が、まるで糸を切られたように一斉に引いた。


犬型も。

トカゲ型も。

虫型も。


残っていた個体までが、杭の外側へ後退を始める。


「あ……?」

「何だ……?」

「止まった……?」


兵たちが呆然とする。


本当に、勝ったように見えた。


レオナは大きく息を吐く。

シオンも刀を下げた。

サナが屋根の上から煙を払い、ヴァルクとダリオもようやく一歩だけ下がる。


何とか乗り越えた。

誰もがそう思いかけた。


だが、その場で一人だけ、顔をこわばらせた者がいた。


セツナだ。


彼女は解析板を握りしめたまま、空を見ていた。


「……違う」


誰にも聞こえないほど小さく呟く。


「オーバーロード級が、まだいない」


その瞬間だった。


頭の奥で、仮面の声が静かに鳴る。


『熱源反応あり』

『……オーバーロード級 接近』


黒い騎士の背筋が凍る。


次の瞬間、王都の中心上空が、音もなく裂けた。


今までの杭光とは違う。

もっと大きい。

もっと静かで、もっと深い歪み。


空そのものが割れて、その向こうに“夜より黒い何か”が立っているように見えた。


誰も声を出せない。


そこから、ゆっくりと一体の影が降りてくる。


人型。

だが人ではない。

黒く細い装甲。

胸部には縦長の青い炉心。

背中には、羽とも杭ともつかない六本の光刃。

顔の代わりに、ゆっくり回転する青い環。


着地と同時に、周囲の石畳が沈んだ。


「我 識別名 アストレウス」


声は、人間の声ではない。

だが言葉だった。


「……話せるのか」


シオンが低く呟く。


空気が凍る。


「王都圏制圧任務を開始する」


話した。


その事実だけで、場の温度が一気に落ちる。


「……オーバーロード級」

セツナが震える声で言う。


「固有名持ち……!」


アストレウスの青い環が、ゆっくりとこちらを向いた。


「観測対象 黒色戦術個体」

「優先排除対象に指定」


それは黒い騎士を見ていた。


レオナが一歩前へ出る。

シオンも並ぶ。

だが二人とも、城壁での攻防や、さきほどのノクス戦で消耗が大きい。


それでも、行くしかない。


「《ブレイズクラウン》!」

「《雷装》」


炎と雷が、同時にアストレウスへ走る。


だが、弾かれた。


正面からではない。

アストレウスの周囲に展開された、薄い青膜が二人の一撃を外へ流したのだ。


「なっ……」


レオナの目が見開く。

シオンの目つきも変わる。


格が違う。


アストレウスは、ノクスとは別次元だった。


「出力低い」

「人類側主力個体 二」


冷たい声。


次の瞬間、アストレウスの光刃が横薙ぎに走った。

レオナとシオンは同時に飛び退く。

だが、その余波だけで外壁の一角が吹き飛ぶ。


十傑たちも顔色を変えた。


近づけば死ぬ。

そう分かる。


それでも、周辺の杭ではまたビーストが湧き始めていた。

ヴァルク、ダリオ、フィオナ、サナ、ガロ、ゴードン、BからFまでの全員が、そちらを止めるしかない。


王都の本命は、黒い騎士に預けるしかなかった。


『臨界域 52/100』

『単独戦闘を開始します』


黒い騎士は一歩前へ出た。


アストレウスが、ゆっくりと首を傾ける。


「深淵接続個体」

「不完全」


「……うるさい」


黒い騎士は地を蹴った。


最初の一撃は、紙一重でかわされた。

二撃目は流された。

三撃目の反撃が肩を裂く。


速い。

重い。

硬い。


しかも、こちらの動きを読んでいる。


『出力増加』

『臨界域 61/100』


黒い騎士は再度踏み込む。

刃を振るう。

アストレウスの炉心へ届きかける。

だが、届かない。


あと一歩。

あと半歩。

そこが遠い。


『臨界域 69/100』

『熱暴走の兆候あり』


頭の奥で、高い電子音が鳴る。


『熱暴走 脳内温度上昇中』

『臨界域 72/100』


黒い騎士の視界がわずかに滲んだ。


まずい。


ここで一気に上げれば、強制停止が発動しかねない。

止まれば終わる。

でも、上げなければ押し切れない。


アストレウスの光刃が、胸を掠める。

黒い騎士は石畳へ膝をつきかけた。


レオナが叫ぶ。


「立て!」


シオンも、血の滲む口元のまま前へ出た。


「まだだ」


二人は最後の力を振り絞る。


レオナの炎が最大まで膨れ上がる。

シオンの雷装が肉眼では追えないほど細くなる。


「《ブレイズクラウン》!」

「《雷装》!」


炎と雷が、交差してアストレウスへ突き刺さる。


だが。


弾かれた。


青膜が二人の一撃を外へ流し、その余波で逆に二人とも吹き飛ぶ。


レオナが石畳を転がる。

シオンも膝をついた。


もう動けない。


その光景を見た瞬間、王都中の空気が凍った。


レオナの目に、初めてはっきり涙が浮かぶ。


シオンも、口元を血で汚したまま、わずかに目を伏せた。


これまでか。


そう、誰もが思った。


アストレウスの光刃が、黒い騎士へ振り下ろされる。


終わる。


その刹那だった。


「通させるかあああ!」


重い声。


ダリオ・グランツが、飛び出した。


大盾バルクを真正面へ構え、アストレウスの一撃を受け止める。


轟音。


大盾が悲鳴を上げる。

石畳が沈む。

ダリオの足元が割れる。


それでも止めた。


一瞬だけ。


だが、止まりきらない。


光刃が盾を貫き、そのままダリオの腹を深く抉った。


「が……っ」


血が噴く。


時間が、止まった。


「借りは……返したぞ……」


黒い騎士の視界で、ダリオの巨体がゆっくり揺れる……。


昔、見た光景……。


その背中の向こうに、ユウが重なる……。


また。


また目の前で。


また、自分のせいで……。


『同調率 上昇』

『臨界域 79/100』

『危険 危険』


うるせぇーーー!


『同調率 100%』

『強制停止 OFF』


『臨界域 86/100』


ユウ…。

ダリオ…。

守れなかった。

また。

また……。


『臨界域 91/100』


ダリオの血が石畳を打つ。

その赤が、黒い騎士の視界で妙に鮮やかに見えた。


ピィーーーーー


頭の中に警告音が鳴り響く。


「ブチッ!」

頭の奥で、何かが切れた。


黒い騎士の全身から、黒く禍々しいオーラが湧き上がる。

熱い。

冷たい。

両方だ。


人の輪郭が、少しだけ崩れる。

その代わりに、鬼神のような人間離れした凄まじい圧が立ち上がる。

周囲を圧倒する気迫。


周囲の兵たちが、一歩下がった。

敵であるはずのアストレウスですら、初めて明確に動きを止めた。


「危険個体認定を更新」

「回避行動――」


その声が終わる前に、黒い騎士は消えていた。


速い、ではない。

見えない。


次に現れた時には、アストレウスの懐にいた。


一撃目。

光刃を弾く。


二撃目。

青膜を断つ。


三撃目。


『そこです』


仮面の声と、自分の怒りと、ユウの記憶と、ダリオの血と。

全部が重なった、たった一つの一撃。


黒い刃が、アストレウスの炉心を斜めに断ち切った。


その場に沈黙が落ちた。


アストレウスの青い環が、わずかに揺れる。


「……深淵に触れたか」


その一言だけ残して、オーバーロード級の身体が、真横にずれた。


次の瞬間、炉心が遅れて砕ける。


青い光が内側から爆ぜ、黒い装甲が夜へ散った。


王都に、しばらく本当の静寂が落ちた。


誰も声を出せない。


それから。


遅れて、歓声が爆発した。


「勝った……!」

「オーバーロード級を……!」

「黒い騎士だ!」

「生き残った……!」

「王都が……!」


だが、その歓声は途中で裂けた。


黒い騎士が、動かなかったからだ。


いや。

動いた。


だが、それは敵へ向く動きではなかった。


黒いオーラがさらに濃くなり、周囲へ滲む。

青い瞳から、人の気配が薄れる。


『人格境界 消失寸前』

『侵食率 増大』


黒い騎士が、ゆっくりと近くの兵へ顔を向けた。


まずい。


誰もがそう理解した。


レオナは、吹き飛ばされたままの身体を無理やり起こした。

肋が痛む。

呼吸も浅い。

でも、止まれない。


「やめろ……!」


声が届かない。


黒い騎士の腕が上がる。

兵が怯えて後ずさる。


その瞬間、レオナは迷わず飛び込んだ。


真正面から。

黒い騎士の懐へ。


「戻れええええッ!」


炎もない。

剣もない。

ただ身体ごとぶつかる。


黒い騎士の刃が、レオナの脇腹を深く裂いた。


血しぶきが飛ぶ。


さらに衝撃で、二人まとめて石畳へ叩きつけられる。


「レオナ様!」

「だめだ!」


悲鳴が上がる。


黒い騎士の瞳が、そこで初めて大きく揺れた。


レオナの血。

レオナの顔。

その近さ。


意識の深い底で、レンがほんの少しだけ戻る。


「……やめろ……」


かすれた声。


黒いオーラが、わずかに引く。


レオナは血を吐きながら、それでも黒い騎士の襟元を掴んでいた。

泣き腫らした赤い目で、真っ直ぐ彼を見据える。


「戻れ……!」


それは命令ではなかった。

祈りに近い叫びだった。


次の瞬間、黒い騎士の輪郭が揺らぐ。


影。

黒い液体。

夜の裂け目。


そのまま、姿が消えた。


石畳の上に残ったのは、血と、壊れた空気と、倒れたレオナだけだった……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ