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俺だけ【リミットブレイク】―最底辺Fランクが黒仮面で無双するたび壊れていく―  作者: スドタケ


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第23話 王都決戦・前編

王都の空が、二度目に裂けた。


北東外壁の向こうで、青い杭光が縦に伸びる。

一本。

二本。

そして、その少し離れた位置に三本目。


夜の空へ巨大な釘を打ち込むみたいな、冷たい光だった。


次の瞬間、鐘が鳴る。


一回。

二回。

三回。

間を置かず、さらに続く。


もはや警戒ではない。

王都全域へ向けた、戦争の合図だった。


「外周区画を切れ!」

「住民を中央へ寄せろ!」

「北東外壁線、全戦力展開!」


怒号が飛ぶ。

石畳の上を、人も荷車も担架も、全部がぶつかり合いながら流れていく。


レンは中央住区へ向かって全力で走っていた。


レオナは前へ出る。

自分は中央を支える。

それが役割だ。

分かっている。

分かっているのに、胸の奥だけが妙にざわついていた。


空がこうして裂けるのを見てしまうと、前も後ろもなくなる。

全部、同時に壊れそうに見えるからだ。


『中央導線 崩壊予測まで九十秒』


頭の奥で、冷たい声が鳴る。


「分かってる」


広場へ飛び込む。

すでに人の流れは半ば暴走していた。


北区から来た避難民。

東の市場から流れ込んだ荷車。

足を引きずる兵。

子どもを抱えた女。

荷物を手放せず、道の真ん中で立ち尽くす老人。


一つ一つは些細な遅れだ。

だが、それが折り重なると、人は簡単に死ぬ。


「止まって! 押さないで!」


レンは喉が裂けそうなほど声を張った。


「子ども連れは左! 荷車は右へ寄せて! 怪我人は広場中央へ行くな、南の回廊を使え!」


兵の怒鳴り声より、自分の声の方が通った。

内容が具体的だったからだ。


一人の女が動く。

それを見て隣も動く。

人の流れは、最初の一歩だけ作ってやれば変わる。


レンは荷車の車輪を持ち上げて向きを変えた。

樽を蹴り飛ばして道を空ける。

足をくじいた兵を背負って脇へ寄せる。

壁際で固まっている子どもたちを、まとめて南回廊へ押し込む。


「レン!」


ミアが走ってきた。

栗色の髪が乱れ、息も上がっている。


「北区の流れ、止まらない!」

「南の回廊は?」

「狭い!」

「狭くていい! 流せるだけ流す!」


ミアが舌打ちして、それでもすぐ動いた。


「子ども連れこっち! 歩けるやつは走れ!」


頼りになる。

こういう時だけは、本当に。


その時、広場の石畳が低く震えた。


北東の空。

三本の杭光が、今度は同時に強く脈打つ。


青い粒子が、空から降り始めた。


最初は雪みたいに見えた。

次に、それが違うと分かる。


光だ。

削れた空間そのものが、細かく砕けて落ちてきている。


「うそだろ……」

「何だよ、あれ……」

「空が……!」


住民の顔色が変わる。

兵の目つきも変わる。


『複数座標杭を確認』

『面制圧型の降下です』


王都を点で刺すんじゃない。

面で崩す。

そういうやり方だ。


レンは歯を食いしばった。


前より悪い。

はっきりそう分かった。


◇ ◇ ◇

北東外壁線では、すでに最初の迎撃隊が吹き飛ばされていた。


青い杭光の周囲に、円環状の歪みが展開している。

そこから、狼型、トカゲ型、虫型のビーストが、列を成して降りてくる。


ただの湧き出しではない。

隊列だ。

軍勢だ。


「前列、構えろ!」

「城壁へ近づけるな!」


矢が飛ぶ。

術式弾が裂ける。

先頭の何体かは砕け散る。

だが、その後ろから次が降りる。

さらに後ろから、その次が来る。


終わらない。


レオナは外壁を蹴って、その真下へ飛び込んだ。


《ブレイズクラウン》。


赤い炎が全身を駆け、熱が爆ぜる。

次の瞬間には、先頭の狼型三体がまとめて焼き斬られていた。


返す刃で虫型の群れを吹き飛ばす。

さらに踏み込み、トカゲ型の首を飛ばす。


速い。

重い。

そして圧倒的だ。


だが、一対一なら圧倒できても、今は数が多すぎた。

右を斬れば左から来る。

左を払えば、もう次が頭上から落ちる。


レオナは舌打ちした。


「うざい……!」


一本目の杭の周囲だけでなく、二本目、三本目の周囲でも同じように青い粒子が収束し始めている。

このままでは城壁の守りが持たない。


「レオナ殿、下がってください!」

「下がったらなだれ込まれる!」


叫び返す。

そして、その直後だった。


北東の上空を、白と紺の残像が横切った。


雷みたいな速度だった。


一体目の狼型の首が、遅れて落ちる。

二体目の虫型の脚がまとめて断たれ、三体目のトカゲ型の眼窩に、一本の鋭い線が走る。


細身の名刀《紫電》。


霧島シオンが、外壁の縁へ静かに着地した。


長い黒髪を高く束ね、白と紺の戦装束をまとった細身の男。

女と見紛うほど端正な顔立ち。

だが、その目だけは一切の柔らかさを持たない。


日輪皇国カグラの四天王。

東方の軍事国家から、四天王会議後の共同調査のため、王都近辺へ出向いていた男だ。

本来は周辺座標杭の調査と、カグラ側の警戒線確認が役目だった。

だが今はもう、そんな余裕はない。


王都が落ちかけている。

だから来た。


「《雷装》」


低い声が落ちた次の瞬間、白と紺の残像が再び走った。


細い。

鋭い。

最短最速で急所だけを断つ斬撃。


レオナの《ブレイズクラウン》が爆発的な威力で面を焼くなら、シオンの《雷装》は一点一点を確実に抜く。

正反対の強さだった。


それが今は、完璧に噛み合っている。


右側から押し寄せる群れをレオナが炎で薙ぐ。

取りこぼした個体をシオンが雷のような連撃で落とす。

さらに上空を旋回していた飛行個体へも、シオンの踏み込みが届く。


「上は抑える」


シオンがそれだけ言う。


「頼む」


レオナが応える。


短いやり取り。

だが、その間にも二人は止まらない。


レオナが前へ出る。

シオンが側面を抜く。

炎と雷が、杭の周囲に群れていた中級以下の敵を、文字通りバッタバッタと薙ぎ払っていく。


外壁の兵たちが、息を呑んだ。


「すげえ……」

「カグラの四天王……」

「レオナ様と並んでる……!」


熱が戻る。

崩れかけた前線の温度が、一気に上がる。


レオナは珍しく、短く言った。


「……助かる」


シオンは視線も寄こさない。


「後で礼を受け取る」

「図に乗るな」

「乗っていない」


それでも、その口元はほんの少しだけ動いていた。


◇ ◇ ◇

その少し後方、杭の外周を横切るように、赤い煙が薄く流れた。


火邑サナだった。


黒髪を高くまとめ、軽装の戦装束の上から薄い外套を羽織った女。

カグラ十傑ハイランカーの一角。

本来はシオンと同じく、共同調査の一員として王都近辺へ滞在していた。


《紅煙》。


短槍が振るわれるたび、火薬術式を含んだ赤い煙が円弧を描く。

派手だ。

だが派手なだけではない。


杭の真下へ視界攪乱を流し、敵の隊列を一瞬だけ乱す。

その乱れを、外壁の兵が突く。

さらにサナ自身も、煙の向こうから滑り込むように入って、短槍の石突きと刃で二体、三体と落としていく。


「ほら、止まったら死ぬわよ」


妖艶な声音。

それでも戦場の中では、ひどく頼もしかった。


シオンとレオナほど圧倒的ではない。

だが、二人の作る穴を広げ、前線を繋ぐには十分すぎるほどの力だ。


「カグラ組、左の杭へ寄せるな!」

「了解」


サナの指示が飛ぶ。

軽い口調のくせに、兵たちは逆らわない。


強いからだ。

それが分かる動きだった。


◇ ◇ ◇

北東外壁だけではなかった。


王都の別の場でも、十傑たちがそれぞれの戦いを始めている。


南寄りの補給路では、ヴァルクが黒剣グレイファングを振るっていた。

正面から来る群れを強引に抉じ開ける剛剣。雑で乱暴に見える剣。

だが実際には一番現実を見ている剣だ。


「下がるな! 崩れたら通るぞ!」


怒声と同時に、トカゲ型の首が飛ぶ。

さらに踏み込み、二体目の胸を抉る。

その横で、ダリオが大盾バルクを叩き立てて、狭路そのものを壁に変えていた。


「この線は越えさせん!」


重い声。

重い盾。

重い槍。


古い軍人。

だが、こういう時ほど強い。


さらにその背後では、フィオナが白い結界を何重にも張っていた。

本来は後方医療と結界支援が役目だ。

だが今は前に寄っている。


「三歩下がって! そこで止まって!」


短く指示しながら、負傷兵を治し、結界を立て、流れ込んだビーストの進路を一瞬だけ止める。

前衛で斬るタイプではない。

それでも、彼女が一歩前へ出て支えるだけで、崩れかけた線がつながる。


王都のあちこちで、十傑と兵たちがなんとか踏みとどまっていた。


Bランクは隊をまとめ、Cランクは穴を埋め、Dは血を吐きながら槍を構え、Eは補給と担架、Fですら瓦礫を運び、遅れた子どもを拾い上げ、走っていた。


総力戦だった。


王都にいる、動ける者すべての戦いだった。


◇ ◇ ◇

中央住区では、さらに最悪の事態が起きていた。


二本目の杭が、外壁外ではなく、王都の外周寄りの上空へ直接開いたのだ。


そこから落ちたビーストの一部が、避難導線へ回り込んできている。


「東側、抜かれる!」

「まだ子どもが残ってる!」

「誰か――」


間に合わない。


レンは一瞬だけ迷った。


中央住区。

人が多い。

近い。

見られる。

ミアもいる。

さっき助けた子どもたちもいる。


でも、もうそんなことを言っていられる状況ではなかった。


レンは近くの兵士へ怒鳴った。


「灯り落として!的になる!」


兵は反射的に中央の街灯柱へ術式弾を撃ち込み、光を落とした。

広場の明度が一瞬で変わる。

杭の青い閃光だけが、逆に強くなる。


人は本能で目を細める。

視線が空へ向く。

ミアは子どもたちを庇って給水車の陰へ押し込み、自分もそちらへ身体を寄せる。


その一瞬の、視線のズレだった。


レンは転がった幌布を蹴り上げる。

給水車の黒い影へ半歩滑り込む。


『装着 受理しました』


黒い液体が足元から這い上がる。

頬を覆う。

視界を染める。

世界が一段静かになる。


『戦闘補助 起動』

『臨界域 25/100』


次の瞬間、給水車の影から飛び出したのは、もうレンではなかった。


黒い騎士が、中央住区の石路地へ現れた。


遠くから見た者には、青い杭光の逆光の中で、影そのものが人の形を取ったようにしか見えない。

ミアも子どもたちも、目を庇っていた一瞬だった。

誰も“変わる瞬間”だけは見ていない。


だが、次に見た時には、黒い騎士がいた。


先頭の狼型の首が落ちる。

二体目の脚が払われる。

三体目のトカゲ型の喉が裂ける。


「黒い騎士……!」

「来た!」

「中央にも……!」


歓声と悲鳴が同時に上がる。


黒い騎士は路地を使った。

正面から全部を受けない。

壁へ流し、石段へぶつけ、狭い場所へまとめて数を潰す。


『右』

『低く』

『そのまま前進』


前よりも、はっきり見える。


最近の実戦。

護送路。

王都警戒。

杭戦。

積み重ねたものが、仮面の中で少しずつ噛み合ってきている。


敵の速さだけじゃない。

味方の位置。

逃がすべき流れ。

斬るより先に守る順番まで、前より鮮明だ。


「南へ走れ!」


仮面越しの声が、路地へ響く。

それだけで人が動く。

後ろを振り返りそうになった母親が、ぐっと子どもの手を引いて走り出す。


中央は、まだ崩れていない。


直後だった。


『高危険個体 接近』

『識別 ノクス』


レンの背筋が凍る。


早すぎる。


もう司令級がきているのか。


東側の屋根の上。

崩れた鐘楼の影。

黒い細身の人影が立っていた。


単眼。

黒刃。

不気味なほど静かな立ち姿。


ノクス。


前よりも、はっきり分かる。

敵もまた、こちらを覚えている。


ノクスの単眼が、まっすぐ黒い騎士を捉える。


『こちらを認識しています』


黒い騎士の喉が、静かに鳴った。


次の瞬間、ノクスが消えた。


同時に、中央住区の西側で爆音が上がる。


囮だ。


中央を崩すためではない。

黒い騎士を切り離すための動き。


ノクスは分かっている。

自分を追えば住民が死ぬ。

住民を守れば、自分が後手に回る。


最低の敵だった。


黒い騎士は、路地の先で泣いている子どもを背に庇いながら、屋根の上のノクスを睨んだ。


ノクスはすぐには来ない。

来なくてもいいと知っている。

この混乱の中で、どちらを選ぶか見ている。


『臨界域 33/100』

『継戦可能』


レンは黒い刃を握り直した。


中央住区は崩さない。

ノクスも通さない。

どっちもやるしかない。


遠く、北東外壁の方角で、炎と雷が同時に空を裂いた。


レオナとシオンだ。

向こうも、本格的に始まっている。


王都決戦は、もう完全に開いていた。


空も、地も、壁の外も、王都の内側も。


全部が同時に壊れ始めている。


そして、そのど真ん中に、ノクスの青い単眼が静かに光っていた。

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