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俺だけ【リミットブレイク】―最底辺Fランクが黒仮面で無双するたび壊れていく―  作者: スドタケ


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第14話 兄を探す妹

白鷺宮の朝は、

綺麗すぎるのが逆に不気味だった。


高い天井。

磨かれた床。

白い回廊。

昨日の騒ぎが嘘みたいに、

朝日だけは静かに差し込んでいる。


だが静かなのは見た目だけだ。


見張りは倍。

出入り口は封鎖気味。

使節団の荷は再検分。

侍従の足音まで張っている。


見えない敵が中にいる時の空気だった。


「起きてる?」


扉の向こうから、

フィオナの声がした。


レンは簡易寝台から身を起こす。


「はい」


「なら急いで。

 配置が少し変わったわ」


顔を洗い、

軽装へ着替え、

短剣と短槍を帯びる。


鏡代わりの窓ガラスに映る自分は、

まだ強い顔ではない。


それでも、

Fランクで何もできなかった頃よりは、

ずっと“現場の人間”に近づいていた。


『睡眠効率 63%』


「朝から採点するな」


『改善の余地があります』


「余計なお世話だ」


扉を開けると、

フィオナはすでに外套を整え終えていた。


今日の彼女はいつも以上に静かだった。


静かで、

やわらかいのに、

手放してはいけない糸だけは絶対に離さない顔をしている。


「今日はセツナの補助へ回って」


「またですか」


「ええ。

 本人の指名」


「嫌な予感しかしないんですけど」


「私も少しするわ」


フィオナは困ったように笑う。


「でも、あの子が誰かを指名する時は、

 必要だと判断した時だけ」


“あの子”。


年はたぶん大差ないのに、

フィオナはセツナをそう呼ぶ。


守るというより、

壊れ方を知っている人の呼び方だった。


◇ ◇ ◇


解析室は、

白鷺宮西棟の一室に移されていた。


机の上には、

繊維片、

認証札、

旧文明端末の欠片、

そして徹夜明けみたいな紙束。


セツナはそこに立っていた。


灰色の髪。

無表情。

寝ていないのが分かる目。


なのに、

手元だけは一切ぶれていない。


「遅い」


「今来たばっかりです」


「私基準では遅い」


「それで世界を回そうとしないでください」


「回らないから困ってる」


平然としている。


この女の会話は、

いつも刃先から始まる。


「で、何するんです」


セツナは机の端に置かれた金属札を示した。


「昨日拾った繊維の認証痕と、

 白鷺宮の通路鍵を照合した。

 完全一致ではない。

 でも、近い層がある」


「内部協力者?」


「断定はまだ。

 でも、外から適当に潜っただけじゃここまで来られない」


彼女は紙束を一枚抜いた。


そこに走り書きで記されていたのは、

複雑な通路番号と、

古い保管区画の略号だった。


「これ、

 兄の筆跡」


レンは目を止める。


セツナは表情を変えない。


変えないまま、

指先だけが少し強く紙を押さえた。


「三年前、

 兄は白鷺宮経由で搬入された旧文明資料を追っていた。

 その途中で消えた」


「消えた、って」


「記録上は失踪。

 でも私は違うと思ってる」


声が薄くなる。


怒っていないように聞こえるのに、

その奥で怒りが長く煮詰まっているのが分かった。


「兄は逃げる人じゃない。

 黙って消える人でもない。

 消されたか、

 何かに置き換えられた」


レンは息を呑む。


セツナはそこで初めて、

真正面からレンを見た。


「私は兄を探してる。

 生きていても、

 生きていなくても」


その言い方に、

情緒の逃げ道がなかった。


泣きたいから探すのではない。


決着をつけるために探している。


それがセツナという女だった。


「地下保管区画へ行く」


「今から?」


「今だから」


「危なくないですか」


「危ないから行くの」


簡潔で、

最悪な理屈だ。


でも、

たぶん正しい。


◇ ◇ ◇


地下資料庫は、

白鷺宮の地上の白さとは別世界だった。


低い天井。

古い石壁。

湿った空気。

灯りの届かない棚列。


ここに置かれているのは本というより、

“残したくない記録”の方だとレンは感じた。


セツナは迷いなく奥へ進む。


速くはない。

だが一度も立ち止まらない。


頭の中で地図が完成している歩き方だった。


「兄はここを使っていた。

 白鷺宮の表記体系と、

 ヘリオスの旧式記号を混ぜる癖があった」


「そんなので分かるんですか」


「家族だから」


その一言だけが、

急に個人的だった。


セツナは古い棚の裏から、

半ば剥がれた札を見つけた。


白鷺宮の管理札の裏に、

細い針みたいな筆跡。


――門を開ける鍵は、人間側にある


短い一文。


続けてもう一行。


――私が沈んだら、整いすぎた記憶を疑え


レンの背筋が冷たくなる。


整いすぎた記憶。


ミミック。

擬態。

命令経路。


全部が一つの言葉で繋がった気がした。


その時だった。


背後で、

乾いた音がした。


振り向く。


暗がりから、

侍従服の男が立っている。


白鷺宮で何度か見た顔だった。


だが笑い方が、

人間のそれではない。


「見つけるのが早いな」


男の頬が崩れる。


皮膚の下から黒い繊維が浮き、

輪郭が歪む。


レンは一歩前に出る。


セツナは下がらない。


下がらないまま、

静かに言う。


「……兄じゃない」


声が、

ほんの少しだけ震えた。


それでも次の瞬間には、

刃だけが真っ直ぐ抜かれていた。


男が跳ぶ。


レンが受ける。

重い。

普通の人間の踏み込みじゃない。


『左』


頭の奥で声が鳴る。


レンは半歩だけずらし、

肩口を浅く裂く。


その隙へ、

セツナの突きが入った。


細く、

速く、

冷たい一撃。


急所だけを選ぶ、

解析者の戦い方だった。


敵が後退する。


棚の影へ潜ろうとした瞬間、

セツナが低く言う。


「右奥。

 逃がさない」


感情より先に構造を見る女。


怒っている時ほど、

声が静かになる。


レンはその指示通りに動き、

逃げ道へ先回りした。


敵は一瞬だけ迷う。


その迷いを、

セツナは見逃さない。


短剣が喉元へ走る。


擬態体が崩れ、

黒い繊維となって床へ散った。


しばらく、

誰も喋らなかった。


地下の湿った空気の中で、

セツナだけが息を整えもせずに立っている。


やがて彼女は、

散った繊維の間から小さな欠片を拾い上げた。


兄の認証札だった。


半分だけ焼けている。


セツナはそれを掌に乗せたまま、

何も言わない。


泣かない。

崩れない。

叫ばない。


その代わり、

目の奥の光だけが変わった。


冷たさが消えたわけじゃない。


ただ、

冷たさの底にあった執念が、

はっきり形を持った。


「レン」


「はい」


「次から、

 私は回り道をやめる」


彼女は認証札を握り込む。


「兄を消したものと、

 この宮の内側で手を組んだもの。

 両方を同時に掘る」


その声音には、

もう迷いがなかった。


地上へ戻ると、

白鷺宮の空気はさらに張りつめていた。


南棟でも不審者。

文書搬送路でも襲撃未遂。

警備兵が走り、

侍従が青ざめている。


会合の場そのものが、

もう狙われている。


レオナが回廊の中央でこちらを見つけ、

一歩で距離を詰めた。


「無事か」


開口一番、

それだった。


レンは少しだけ目を見開く。


「……はい」


「怪我は」


「軽いです」


「軽くない顔をしている」


横からフィオナが来て、

セツナの腕を取る。


「あなたもよ」


「平気」


「そういう時のあなたは、

 たいてい平気じゃない」


フィオナの声はやわらかい。


やわらかいのに、

反論を許さない。


レオナがレンの肩をざっと見て、

ようやく息を吐く。


その一瞬の緩みを、

セツナは見ていた。


何も言わない。


言わないまま、

ただ静かに理解したような目をする。


フィオナが守る強さなら、

レオナは失うことを怖れ始めた強さだ。


二人ともまるで違う。


そして自分は、

その二つの違いを、

たぶんもう見落とさない。


ヴァルクの報告命令が飛ぶ。


地下で拾った札。

兄の残した文。

内部鍵に近い波形。


全部を出した時、

場の空気は決定的に変わった。


敵は外から来ているだけじゃない。


この宮の中に、

“人の側の鍵”が残っている。


静かな戦いは、

もう始まっているどころではない。


白鷺宮の白い壁の内側で、

すでに喉元まで来ていた。

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