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正義か悪じゃ語れないっ!?  作者: 豚座34
■エピローグ
22/22

「半端者は二元論では語れない」

 朝焼けが眩しかった。見上げた空は、地平線から黒と群青と瑠璃色と白とオレンジが曖昧なまま塗られたキャンバスのようだった。同じような景色でも、俺は夕焼けよりも朝焼けのほうが好きだった。

 少し遠くに折れ曲がった影が見える。今頃、現地は大変なことになっているに違いない。


 ずいぶん遠回りをした気がするけど、今回はこれで一件落着だ。


 カナタを誘おうと思ったが、そう思った時にはもう既に姿を消していた。スカイタワーの異常事態に人が集まってくることを恐れたのだろう。俺たちもすぐに移動した。


 黒いタイツの皆さんも、いつもどおり現地解散だった。良いものが見られたぜ小僧と背中をバシバシ叩かれて、おまけに蹴られた。全く理不尽だ。


 辺りの車通りや人通りは疎らだが、街はもう起きようとしているのがわかった。

 歩きながら、景色はどんどん変わっていく。


「キリカさん、今日は祝勝会です。カレーで乾杯です」

「良いわねミサキ。ついでにマモル君の歓迎会もやりましょう。なんだかんだやらずにいたからね」

「そうと決まればダッシュですよ!」


 うおお、と朝日を背にして走り出す安須野。アイツ、カナタビームが直撃したんだよな。いったいどこからそんな元気が出るのか。


「ちんたらしていてどうするんですか? マモルさんがカレーを作るんですよ!」

「俺の歓迎会なんじゃないのか!?」

「キス魔のマモルさんの扱いなんてその程度で十分です! 不潔です!」


 そう叫ぶと、安須野は更にスピードを上げた。

 ひどい悪口だった。まるで俺が変態であるかのような扱いだった。


「お疲れ様マモル君」

 キリカさんは俺の左隣に寄り添った。

「お疲れ様でした総統」

 俺は自然、キリカさんの歩調に合わせる。


 俺の着ていたTシャツはすっかりダメになっていた。ボロになったところから入る風がこそばゆい。

 キリカさんはいつの間にかいつもの軍服を着ていた。霧散したはずの服はすっかり元通りだった。悪の秘密結社の超科学力だろうか。


「はい。このマント羽織っていいよ。さすがにそのままでいるよりはましでしょ?」

 自分のつけていたマントを外して、俺の肩にかけてくれた。

「ありがとうございます」


 うん、ズタボロの服に棘々肩パッドのついたマント。なんとも世紀末だ。でも、良い匂いのする世紀末だ。


 なんとなく、キリカさんの顔を見ることが出来なかった。気恥ずかしさと叱られるかもしれないという気持ちが渦巻く。普段はおっぱいがいっぱいと単純だからその反動なのかもしれない。秘奥義も封印しているし、ちょっとは真面目にしていろとゴッドの思し召しか。


「――私に聞きたいことがあるんじゃないの?」

 キリカさんは唐突に口を開いた。

「正直ね、昨日あの娘が押しかけてきて、マモル君って実はあいつらの回し者なのかなって思っちゃった」

「……そうなんですか」


 キリカさんは一瞬だけどねえと言って、大きく伸びをして、カッカッカと笑うキリカさん。やっぱり、キリカさんは本当に優しい人だ。


「……別に、隠すようなことじゃなかったですよ」

「え?」

 今度は俺が、キリカさんに言うべきことを言う番だ。

「なんとなくですけど総統も普通の人とは違うのかなって。ケンさんのこともありましたし。でも、悪の秘密結社なんですよ。そんなの当たり前じゃないですか!」

 つい力が籠もる。

「安須野だってだいぶ変なやつですよね。むしろ、平々凡々な俺がこんな個性的で面白い人たちの中に混じっていいのかなって思うくらいです……こんな俺が、総統の右腕になっていいのかなって」


 なんか結局言いたかったことがめちゃくちゃになっちゃったな。思ったことを言葉にするのは難しい。

 俺たちはゆっくりとした歩調で歩いた。二の句を続けることは出来なかった。何を言ったらいいかわからなかったからだ。

 いつの間にか橋の袂まで辿り着いていて、キリカさんは少し遠くを見ていた。朝靄でぼやっとしている対岸の街の様子を見ていた。


「この街には昔、実にヘンテコな塔が建っていたの。彼は『十二階』なんて呼ばれて皆に親しまれていたわ。彼は誰よりも高く、誰よりも最先端で、誰よりもヘンテコだった。誰もが彼に憧れていた」


 キリカさんは懐かしい思い出を語るみたいに話し始めた。


「しかし、ある日大きな地震がこの国を襲った。各地で凄まじい被害が出た。もちろん、この街も例外ではなかった。そして、彼も自身の影響で、その身は半分に折られてしまった」

「その塔は、それからどうなったんですか?」俺は言った。

 キリカさんは俯いて続けた。

「結局、その塔は取り壊されてしまった。そのままにしておくのは危険だったから。でも、あれだけ人々を魅了した塔、すぐに再建されると思われていた。誰もがそう思っていたはずなのに、ついに今日まで『十二階』は再建されなかったわ」


 今となっては、なんてことない昔話だとキリカさんは笑った。

 橋の上は風が強かった。キリカさんの髪が靡いていて、表情は伺えなかった。


「――なかなか面白い娘だったね」

「カナタですか?」

「うん。幼馴染なんでしょ? 大変だね。正義と悪じゃ敵同士だ。うまくいかないよー」キリカさんはニコニコと笑っていた。

「ずいぶん他人事ですね……」

「一般論だよ一般論」


 キリカさんはポケットに手を突っ込み、ぶっきらぼうに歩く。


「でもさ、マモル君は選んだ。私の右腕でいることを。私と同じ世界を見ることを。そして私も選んだ。あなたを私の右腕にすることを。あなたと一緒に見る世界、みんなと一緒に見る世界、余所見なんてしてられないや」


 カナタちゃんに言わせればマモル君は一旦こちら側に付くだけってことらしいけど、とキリカさんは苦笑する。


「だからこそね、マモル君は器の大きい男になりなさい。清濁併せ持つというか……うん、その中途半端を極めてみるのはどうかな?」

「中途半端を極める?」

「私たちは半端者同士。元ヒーローの成りそこないで今は悪の秘密結社の総統に、正義の味方と悪の親玉の両方に仲間はずれにしないでくれと頼む馬鹿野郎。だったらさ、私たちはこの『中途半端』の地平を征服してみようじゃない!」

「なかなか大変な道ですね」

「私の右腕だもん。私の隣を歩くんでしょ? それなら、多少は無理をしてくれないとね」


 アッハハと豪快に笑いながら、一歩二歩とスキップでキリカさんは先を行く。

 黒くて長い髪がゆらゆらと、朝日の色に照らされて眩しい。そういえば、焦げていたはずの髪も、重傷を追っていたはずの腕もなんともないようだった。


 俺はそのことを聞こうとして、追いかける。

 キリカさんは全くそっぽ向いていた。目覚めようとする街を見ていた。キリカさんの街を見つめていた。


「……マモル君はどこまでも良い人だから、結局あの娘の言うことを信じた方が正解だったのかもね」


「え? なにか言いました?」


 キリカさんは再び俺に歩調を合わせて、俺の顔を覗き込んだ。


「なんでもなーい! それよりさ、アレなんだったの。ぶっちゅーってしてたやつ。最近の子はアレくらい普通なわけ? お盛んなわけ? わからないわーそういう貞操観念」

「アレってアレですか?」

「それ以外なにがあるの」


 一生ネタにされるぞコレ。まあ、良い思いはしたんだけどさ、ちょっと釣り合わないぞ。カナタめ。あの小悪魔め。

 キリカさんはニヤニヤしながら俺を小突いた。こいつめこいつめゲロっちまえよ、とうるさいことこの上ない。

 ゲロはあなたの先輩特許でしょうに。全くキリカさんめ。この大悪魔め。


「……俺たちだって四六時中あんなことしてるわけじゃありません。小学校以来ですよ」

「へー」

「なんですかその顔」


 親戚のオバサンか、という突っ込みは飲み込むことにした。オバサンというワードが良くない。俺でもそれくらいはわかるのだ。


「べつにーなんも。でも、マモル君。キミって自分の平々凡々なんて言うけどさー、やっぱりちょっと普通じゃないよね」

「そうですか?」

「うん。胸を張っていいよ。ここらで一番『普通じゃない』女からの評価だから」キリカさんはニッコリと笑って顔を近づけてきた。「マモル君は特別だ。」


 キリカさんの顔があまりにも近くてドキドキした。

 それこそ、キスできるなんて期待感を

 ちくしょう。この人はなんでこう、完璧なんだ。

 キスされるのかも、なんて期待したことは黙っていなければ。バレたらまた何か言われるに違いない。


 橋のゴールはすぐそこだった。その先では安須野が腕を組んで待ち構えていた。『いそいでください』と言っているのが口の動きでわかった。


「競争だ! マモル君」


 安須野の姿を見てキリカさんはそれから猛然と駆け出していく。


「え!? ちょっ!」



 ――まずは器の大きい男に、いずれは中途半端を征服、か。

 そしていずれは『本物』に。

 早くなれよ『主人公』に。

 バカも夢を見て、夢に憧れて、夢に焦がれて天に登る。

 全く、バカもおだてりゃ世界一だ。



 すぐに頭を振って、俺はまっすぐ走り出した。キリカさんがずいぶん先にいて、あともう少しでゴールだった。


「待ってくださいよ、総統!」


 俺がそう言うと、キリカさんは急に立ち止まる。

 俺が追いつくと彼女は後ろ手に指を組み、走るのを辞めてスキップしていた。俺も彼女に歩調に合わせて隣に並ぶ。

 キリカさんは朝焼けに照らされる街を背景にこちらを向いて微笑む。


「あ、一つだけ訂正させて。カナタちゃんは私のこと人造人間みたいに言っていたけど、そうじゃなくて改造人間だから。知っておいて。出流原キリカは、本当に私の名前……この世にただひとつの、自分の名前」


 そうか。それじゃあ、ここではこう呼ぶべきだろう。


「――はい、キリカさん!」


 そしてまた、俺たちは走り出す。

 帰ろう。俺たちの悪の秘密結社へ。




 面白おかしい世の中なんて。ドキドキハラハラの青春活劇なんて。みんなみんな、あの四角形の中の出来事だと思っていた。憧れて、夢焦がれて、なおも届かない四角形の王国。正義と悪のお話。


 届かなテレビの向こう側――いや、違うな。

 面白おかしい世の中も、ドキドキハラハラの青春活劇も、みんなみんなここにある。ここが世界の中心だ。



 正義なのか悪なのか、はっきり出来ない男が主人公なのか、だって?

 知っているか『視聴者』ども。

 この物語の『主人公』は、そういう中途半端な男なんだ。



 中途半端を極めようとする男の物語。それを正義か悪かの二元論なんかで、語れるわけがないだろう。






              了/エピローグ「半端者は二元論では語れない」

              完/「正義か悪じゃ語れないっ!?」


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