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6 ねがいごと

意思を持つかのように燃えさかる炎は、明らかに魔法でできたものでした。


女王は緊急事態を臣下に告げ、自分だけ外に出る支度をはじめました。

それを見て危険だと必死に止める臣下に、女王は静かに答えます。


「この国で、魔力を持つのは私だけでしょう。下がっていなさい。あなたたちも、私の守る国民の一人なのです 」

女王が初めて臣下たちにみせた、氷が解けたような柔らかい微笑。

それを見た臣下たちは呆けたような表情の後、自然と膝を折り、首を垂れていました。それは、忠誠の姿。

北の国に住まう者たち全ての敬意の念でした。

「ありがとう 」

そう言って、戦姿に着替えた女王は、氷の馬にまたがり城の外へと駆けてゆきました。



「一時的に「網」を消して、障壁の強化をしましょう 」

「そうね。まだゲートになくなってもらっては困るから。強化された壁を越えてこれる者なんて、居ないでしょうから、良いわ 」

気がつけば後ろにいた魔女と話しながら進む女王は、国の正面門の前で馬から降りました。

二人は自身を守る結界を施して、門を開けました。襲う様に迫りくる炎も二人に触れる前に掻き消えてします。

「この中を進むのって、けっこう勇気いるわね… 」

「そうですね。でも、原因を取り除かなくては、障壁の消耗が激しすぎます 」


赤い炎の嵐の中を進む女王は、一つ考えが浮かんでいました。

しかし、それはあまりにも己の希望が強すぎる願望に近いものでした。

だから、それを否定しようと女王は歩みを進めます。


「それにしても、北の国にこんな攻撃仕掛けて、相手はただじゃすまないわよ 」

冷ややかに言い放つ魔女。魔法国ワールズの眷属国である北の国への攻撃は、そのままワールズへの攻撃とみなされます。

そして、この世界で魔法の国を敵に回して無事であった者はいないのです。


「そうですね…本当に、一体誰でしょう 」

チラリと浮かぶ可能性を頭から消し去りながら、一歩一歩と女王は歩みを進めます。

そうして歩き続けた先に、炎が一層強く渦巻くその場所を見つけました。

渦の外から中の様子は見ることができません。しかし、中には誰かの気配を感じます。


「姿を、現しなさい。この北の国に危害をくわえると言うならば、私が相手をいたしましょう 」

そう言うと、女王は魔法を発動させました。炎を押さえて、無効化させる氷の魔法。

その魔法で、炎の渦は容易く消え去りました。炎をくらう氷。赤い渦が消え去ったその場所を見て女王は息をのみました。


そこには、愛おしい赤い子どもが立っていたのです。



別れた時と何一つ変わらない姿で、最愛の子どもは静かに立っていました。

親愛の笑みを浮かべて、ただ立っていました。


触れたい。

抱きしめて、その存在を感じたい。

今度こそ、自分のものにしてしまいたい。


そんな衝動を抑え込んで、女王は厳しい表情を作りました。

しかし、言葉は出てきません。何を言えばいいのか分からないのです。

どんな言葉であれ、拒絶の意が子どもの口から出たならば、女王はきっと絶望してしまうと、そう確信していました。

だから、何も言えませんでした。


「ドラゴンの子ども、あなたは、一体何をしたいの? 」

声を上げたのは、魔女でした。杖を構えたまま、厳しい表情で糾弾するその姿に女王は、はっとさせられました。

今の自分は、氷の国の主であり、国を守る王であるのだ。

そこに、一片の恐怖など、あってはならないのだ。


「教えて、エド。あなたは何をしにきたの? 」

女王の言葉に、子どもはさらに笑みを深くします。

子どもの視線はただ一人、女王にだけ向けられていました。


「きまっているよ 」

歌う様に、晴れ晴れとした表情で言葉を発する子ども。

とても強力な魔法で、今も北の国を攻撃しているとは思えません。


「へいかの ねがいを かなえにきたんだ 」

「私の、願い…?」


一歩、また一歩と近づいてくる子どもを、ただ見つめるしかできない女王。

手を伸ばせば触れられる距離まで近づいて、子どもは止まりました。

「そうだよ。へいかが、こころのそこでねがっていることだよ 」



ねぇ、へいかは、なにをこわしてほしい?

あなたをしばる、きたのくに?

あなたにすがる、こくみん?

あなたをすてた、りょうしん?

あなたにやくわりを、おしつけた、このせかい?


「ねぇ、」と問いかける子どもに、女王は何も言えません。

ただ、何故だか、悲しくて、苦しくてしかたないのです。そうして女王は思わず、涙を一粒落してしまいました。

それを見た子どもは、今までの余裕が嘘のように狼狽しだします。


「へいか、へいか。どうか、なかないで。ねぇ、ねがいをいって。そうしたら、なんでもかなえてあげるから 」

そう言う子どもの顔も、どこか泣き出しそうに歪んでいました。


あぁ、触れたい。

抱きしめたい。私だけのものにしてしまいたい。

ずっと、ずっと、離れたくない。


「私と一緒に、生きてくれる? 」

必死で、かすれる声で絞り出した言葉は、とても小さい音でした。

でも、ドラゴンの子どもはその言葉をしっかりと聞きました。



「それが、あなたの のぞみならば 」

そして、微笑みながら了承したのでした。


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