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裏アカ彼女は、クラスの地味男子  作者: あしゅ太郎


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21. 逸れたはずの疑い、残ったまなざし

 翌日の教室は、表向きにはいつも通りだった。

 朝のざわめき。眠そうな欠伸。机を寄せる音。窓際で交わされるどうでもいい雑談。

 何も変わっていないはずなのに、俺には教室全体に薄い膜が一枚張っているみたいに感じられた。

 今村の疑いを逸らすための写真は、昨夜のうちに琉生へ送ってある。あとは、あれを自然なタイミングで見せるだけ。そうすれば少なくとも、遊園地で琉生の隣にいたのが俺だという話はいったん流れるはずだ。

 頭では分かっている。なのに、胸の奥は少しも落ち着かなかった。

 ポケットの中のチャームに、指先が触れる。小さな金具の感触だけが、妙に現実味を持っていた。

「琉生ー」

 ホームルーム前、前方の席から声が飛ぶ。呼ばれた琉生が、面倒そうな顔でそちらを見た。

「何」

「この前の遊園地のやつ。結局あれ、彼女だったの? 黒髪清楚系、気になるじゃん」

 その一言で、教室の空気がそちらへ寄る。みんな、あからさまには見ないふりをしているけれど、しっかり耳は澄ましていた。

 琉生は肩をすくめると、少しだけ間を置いてスマホを取り出した。

「……お前らの好奇心に付き合う義理、別にないんだけどな。ほら」

 その言い方の軽さに、余裕なんてないのを俺は知っている。でも、その顔はちゃんと注目されることに慣れたやつの顔で、いつも通りだった。

 差し出された画面を、人だかりが一斉に覗き込む。今村も、その輪の中で少しだけ目を細めていた。

 画面には、昨夜ファミレスで撮った一枚が映っていた。パフェの置かれたテーブル越しに、翼芽さんと琉生がやわらかく笑い合っている。近すぎず、でも他人には見えない。休日の空気がそのまま切り取られたような、ごく自然なツーショットだった。

「うわ、マジでいた」

「普通にかわいいじゃん。……黒髪ってこういう感じか。お姉さんっぽいな」

 小さな納得が教室に広がっていく。俺はその声を聞きながら、机の上のプリントを見つめたまま動かなかった。一度は疑いが逸れた。そう思っていいはずなのに、今村だけはまだ画面を見ていた。

「……へえ」

 小さく漏れたその声に、心臓が跳ねる。

「何だよ」

 琉生が聞くと、今村はいつもの調子でにっと笑った。

「いや。ちゃんと彼女いたんだなって。そりゃ時任じゃないわな」

 最後の一言を、わざと軽く投げる。周りはそこでどっと笑った。

「でしょ」

 琉生はあっさり返してスマホを引っ込める。今村もそれ以上は追及せず、自分の席に戻っていった。

 でも俺には分かった。今村の視線の奥には、まだ消えきらない何かが残っている。

 結局、あいつが見ているのは写真の彼女じゃない。俺と琉生の間に流れているもの、そのものだ。

 ***

 その日の放課後、俺は逃げるように帰宅した。

 夜、いつもの時間にスマホが震えた。

『明日のコーデ、これでいってもいい?』

 鏡越しに撮った、琉生の私服の写真。前なら、どんなにそっけなくても一言は返していた。それはもう、半分習慣だった。

 なのに、その夜は画面を見たまま指が動かなかった。結局、何も返せないまま朝を迎えた。


 翌朝、教室に入ると琉生はもう席についていた。一瞬だけ視線がこっちを向く。昨夜の未返信を気にしているのが分かる。でも、俺はそのまま目を逸らして席に着いた。

 自分でも最低だと思う。でも、どうしたらいいのか分からない。

 昼休み、廊下ですれ違いざま、今村が俺にだけ聞こえる声で言った。

「よかったじゃん」

「……何が」

「彼女、ちゃんと別の人で」

 言い方だけなら、ただの確認みたいだった。けれど、そのあとに続いた一言が、俺の呼吸を止めた。

「じゃあ、琉生とお前の空気が変なのは、……また別の話ってことだよな」

 足が止まりそうになる。今村はそれ以上何も言わず、ひらひらと手を振って去っていった。

 軽い。軽いのに、残された言葉だけが重い。

 やっぱり、完全には逸れていない。あいつは正体じゃなく、「熱」を見ている。

 その日の午後の授業は、ほとんど頭に入らなかった。ノートを取るふりをしながら、今村の言葉だけがぐるぐる回る。

「俺と琉生の空気が変」だと、そこに気づかれているのに、ここでいつも通り振る舞ったら、それこそ何もかも認めるみたいで嫌だった。

 放課後、またスマホが震えた。

『昨日のやつ、やっぱ変だった?』

 短い一文。探るようでもあり、気遣っているようでもある。

 少し迷ってから、俺はそれだけ返した。

『別に』

 すぐに既読がついた。でも、そのあとは何も来なかった。それがまた、妙に落ち着かなかった。

 ***

 さらに翌日の昼休み。不自然な距離が始まって、もう二日が経とうとしていた。

 廊下を歩いていると、角の向こうで今村が琉生と話しているのが見えた。俺は反射的に、壁の陰で立ち止まる。

「最近さ」

 今村の声だ。隠す気もないのか、いつも通りのボリュームで響く。

「お前ら、逆に不自然じゃね? 時任の方、昨日からずっと露骨に避けてるし」

「気のせいだろ」

「そう? でもお前、明らかに気にしてんじゃん」

 そこで俺はそれ以上聞けなくなった。心臓が嫌な音を立てる。

 逃げてる。そう思うのに、止まれなかった。

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