ロンリーボーイ ロンリーガール2
どこかで声がする。
寂しそうな、悲しそうな声が。
どこからだろう。不思議になり、侑示は辺りを見回した。
そこは、美術室ではなかった。
綺麗に手入れの行き届いた洋館。それも、映画などで出てきそうな立派なモノだった。
赤い絨毯が敷かれた廊下に、侑示は一人たたずんでいた。
(どうして、こんな所にいるんだ?)
「まぁ!坊ちゃまったらまた壁に絵を描いたの?全く、掃除するのは誰なんだと思ってるのかしら!」
そんな声がしたものだから、侑示はつい、そちらを見てしまった。
そこには一人のメイドらしき女の人がいて、何やら必死に壁を雑巾で拭いていた。
「仕方ないさ。旦那様は絵を扱った仕事をなされているわけだし、坊ちゃまが興味をもつのも無理もないことだ。」
もう一人、彼女の横でバケツを持った男が立っていた。彼はまるで物語に出てくる執事のような恰好をしていた。
「だからってねぇ・・・。我儘なのよ、あの坊ちゃま。特別な才能があるわけでもなんでもないのに、お父様が偉いからって画商たちは褒めまくるし・・・あーもう!だから付け上がっちゃうのよ!!」
メイドは吐き捨てるように言った。
「まぁ、確かに。でも間違っても坊ちゃまの前でそれ、言うなよ?首にされるぞ。」
執事が意地悪そうに笑う。
「当たり前でしょ。でも、イライラするわ。」
ぶつぶつ言いながら、メイドと執事は近くの階段を下りて行った。
(何、いまの)
侑示は唖然としていた。
(家政婦は見た、じゃなくて、家政婦は吐いただな。)
ふぅ、とため息をつくと、すぐ近くの部屋から人の気配がすることに気が付いた。
かすかな物音がした気がした。
(誰かいるのか?)
部屋の扉を開けようと触れると、手は扉を通過し、勢いで体ごと部屋の中に飛び込んでしまった。
(うわっ、びっくりした!・・・俺、ここの物に触れないのか?)
不思議そうに己の手と扉を交互に見た。
その時、部屋の奥から物音がした。
振り返ると、そこには幼い少年がいた。高そうなシャツに半ズボンの少年は、膝を抱えて唇を噛みしめていた。そして、その目には涙がたまっていた。
(もしかして、坊ちゃま?)
もう少し少年に近づいてみると、その顔はどこかで見たような顔つきをしていた。
(ん~絶対に知ってる顔だなぁ・・・・)
しばらく考え、そして何の前触れもなく答えを見つけた。
(あ、そうか!清水だ、清水に似ているんだ!!)
清水少年はいよいよ本格的に泣き出す気配だった。
唇を噛みしめても、膝を抱いていくら体を小さくしても、その悲しみの波は抑えられない。
ふるふると震え、大声をあげて泣き出すか、と思われた。
しかし、清水少年は堪えた。
大声は上げず、静かに大粒の涙をぽろぽろとこぼし始めた。鼻水も見っともなく垂れている。
(聞いていたのか、あの会話を)
清水少年は聞いてしまったのだ、あのメイドと執事の会話を。そしておそらく、これが初めてではあるまい。その度に静かに、こうして悔しく悲しい思いを抱いていたのかもしれない。
そう思うと胸が熱くなった。
侑示は、触れずと解っていても、清水少年の頭に手を伸ばした。
触れるか触れないかの距離で手を止める。
(大丈夫、大丈夫だよ。)
撫でてやれるわけじゃない。けれど、侑示は撫でるように手を動かし続けた。
(確かに、周りの人たちは君のお父さんの力目当てで君を褒めているのかもしれない。でも、でもね、清水・・・)
清水少年は泣き続ける。声を上げず、ただ涙だけを流し続けていた。そんな少年に、侑示はそっとほほ笑んだ。
(君の作ったあの猿の彫像には、確かに君の心が宿っていたよ。俺の影響で動き出してしまったけれど、魂は君が生み出したんだ。大丈夫、君には才能がある。)
少年に侑示の声が聞こえたとは思えない。なのに、清水少年の瞳はまるで侑示が見えているかのように、見つめてきている。
「 」
少年が何か言いかけた、と思った時、侑示の意識はまた闇の中に引っ張られていった。




