ロンリーボーイ ロンリーガール1
あれから一週間、侑示は変わらず学校に通っていた。
ただ一つ変わったというならば、その手に透き通った手袋をつけていることだろうか。
「ふう・・・」
侑示は作業する手を一旦止め、絵筆を置いた。
肩の力を抜き、カンバスを見つめた。
そこには一人の少女が描かれていた。そう、黒い手袋をした少女の姿が。その表情は優しくほほ笑んでいる。孤独さの微塵も感じさせない、満たされた笑顔だ。
侑示は少女の頬をそっと撫でた。
これは、希望だ。未来に対しての。
自然と頬が緩む。
侑示の眼は無意識に自身の手袋に向いた。
これは黒子から貰った特別性の手袋だ。侑示はまだ自分の能力をうまく制御できず、常に能力が発動した状態にあったのだ。それを防げるようにと、黒子が特別に用意してくれたのがこの手袋だった。能力者ハンドマスターの力を通さず、普通に過ごすことを可能にする手袋。黒子がどこからそんなものを用意してきたのかは知らないが、これは有難いものだった。
傍から見たらビニール手袋を常に着けているようにも見えかねないが、そんな視線も今の侑示にはどうでもよかった。
「あれ・・侑示来てたのか。」
下校時間も迫ってきた頃、清水が嫌そうな顔で美術室に入ってきた。
こっちもお前など見たくなかった。
「清水こそ、今頃どうしたんだ。もう下校時刻になるぞ。」
「うるさいな。関係ないだろ。」
吐き捨てるように言い、清水は教室の後ろにあるロッカー上に飾ってあった自分の作品に手を伸ばした。
正確には、黒子が壊し侑示が再生した作品、だが。
意地悪そうだった猿は、どこか性格の良さそうな優しい表情となっていた。
はたして清水が気付くかどうか気になり、少し神経を張り巡らしていると、清水が怒ったように手を震わせているのが解った。
流石の清水も気が付いたのだろうか?
指摘される前に言ってしまおうと思い、振り返った。
「しみ」
「この間!俺見てた!」
あまりに端的な言葉に一瞬思考が停止した。
「は・・・?」
「お前、この間アイツとここの作品壊しまくってただろ!?」
あの時の猿のように顔を真っ赤にした清水が、少しびくつきながら侑示を睨んだ。
ざっと血の気が引いた。
清水は見ていたのか、あの時の光景を。
どう反応してよいか解らず、侑示は無表情で固まった。
「しかも、お前、俺の・・・」
その先は言われなくても解った。
「あぁ、お前の作品も壊してしまった。だから寸分違わずに作り直しておいた。・・・すまなかった。」
最後のすまなかったを言い切る前に、清水は猿の彫像を侑示の足元めがけて投げつけた。
彫像は床に当たり、粉々に砕けた。破片が飛び散る。
清水の荒い息だけが美術室に響いた。
「はぁはぁ・・・・こんな、こんなものいらない!お前、俺を馬鹿にしてるんだろ!?そうなんだろ!!お前もあいつらと同じだ。俺を見てなんかいないんだ!!くそっどいつもこいつも!!!」
いつもとは違う感情をさらけ出す清水に、侑示は戸惑った。驚き、立ち上がった拍子に椅子が倒れる。
「ほんとに、どいつもこいつも・・・・」
清水はうろうろと美術室を歩き回ると、やがて侑示の絵の前で止まった。
何だか嫌な予感がした。
「清水・・?」
突然、パレットに置いてあった絵筆を手に取ると、ぐちゃぐちゃと様々な絵具を混ぜだした。
「ちょっと!清水何をっ」
「うるさい!」
止めようとした侑示の腕を振り払い、清水は絵具を混ぜ続けた。絵具はだんだんと黒くなっていく。そして、
「清水!よせっっ」
「お前にも同じ思いを・・味あわせてやる!!!」
絵筆が黒い放物線を描きながら、カンバスに叩きつけられた。
そのまま黒々とした線で少女の絵を塗りつぶすように描いていく。
「やめてくれ!清水、その絵は!」
その絵は、先輩の—―!!
「はい、そこまでにしようね。『清水』クン。」
止めに入った、清水の手首をがっしりと掴む手は、黒い手袋をしていた。
驚き、その人物の顔を見る。
「せ、先輩。」
「やぁ、侑示君。お久しぶり。」
にっこり笑う。
腕を捕まれた清水が暴れ出す。
「はなせよっ!化け物!!」
絵筆を持ったまま腕を振り回すため、絵具がそこらじゅうに飛び散った。筆はそのまま黒子の顔をひっかく。頬に黒い線が描かれた。
「おっと。危ない、目に入ったらどうするの。」
黒子は清水の腕をひねりあげ、絵筆を取り落とさせた。清水はそれでも暴れるのを止めずに、空いている片方の腕を振り回した。
「清水!」
侑示は慌てて抑えに入る。その衝撃でカンバスが床に落ちる。そこを、清水の足が踏みつけてしまった。ぐしゃり、と嫌な音がした。
「あ・・・」
先輩の、絵が・・・
清水が足を上げると、凹み、穴の開いたカンバスが目に飛び込んできた。
侑示の表情が凍る。目頭が熱くなってきた。
それを、清水は目ざとく見ていた。
にやりと口を歪ませると、勢いよくカンバスに足を振り下ろした。
「あぁ!!!」
「貴様っ」
黒子が両腕を拘束してカンバスから離そうとするが、清水は踏み潰すのを止めない。
ぐしゃぐしゃと、容赦なく踏み潰し続けた。
「なんだよ、コレがそんなに大事なのか!?」
ははは、と笑いながら楽しげに足を振り下ろす。
怒りがわき起こり、侑示は清水の足にしがみついた。
「やめろっ清水!なんで・・・」
「うるさい!離せよ!!」
力任せに腕をふり、黒子を突き飛ばす。黒子は強く床に叩きつけられた。
「先輩!」
「ほら、お前の大事なモノが壊れていくぞ!いいのか?侑示!」
高笑いをする。清水の高笑いとカンバスが壊されていく音が頭の中に響き渡った。
その時だった。
「お前・・・許さん。」
いきなり背筋を何かが這ったような、そんな感触が襲ってきた。
周りを見ると、黒煙のようなものが周囲に蔓延している。
触れると、嫌にぞくぞくとした。
「・・・・先輩?」
恐る恐る黒子を見遣る。
予想通り、黒煙は手袋を取った黒子の手から発生していた。その手はあの日と同じく、黒々とした光を帯びていた。
流石の清水も黒煙にびびったのか、足を止めた。
「な、なんだよこれは!」
今度は黒煙から逃れようと暴れ出す。だが、黒煙は清水にしつこく付きまとっているようだった。
「うわぁぁぁ!!」
清水の悲鳴の中、黒子がゆらりと不気味に立ち上がる。
「お前はしてはならないことをした、『罰』を受けるがいいっ」
黒子の手がさらに光を増した。
侑示はうっかり、その光をまともに見てしまった。
「う、わっ!」
一瞬、ほんの一瞬だった。
侑示の視界はブラックアウトした。




