始まりの絵6
「能力者?」
逆光を背にした黒子は少し不気味に見えた。
「原因はわからない。けれど、私達のように何かしらの『力』を持った人間がこの世には存在する。我々はそれを能力者と呼んでいるのだよ。」
「ち、『力』!?」
その言葉がとても重みのあるものに感じ、侑示は後ずさった。
「私は、黒手。人の魂こころを読み、吸収する。物に宿ったものも同様にね。」
そう言いながら、昇降口に飾ってあった花を一輪摘むと、手袋を取った手で触れた。
「あ・・・・」
それは不思議な光景だった。
黒子の触れたところから、水が蒸発するかのように、花が急速に萎れていく。同時に、黒子の雪のように白い手の回りに、黒い光の粒が現れ、くるくると浮遊しながら輝きだした。
指先から溢れる魔法のような光は、まるで鼓動をするように輝き続ける。
どくん、どくん、とその音が聞こえてくるようだ。
なんと、美しい…
「・・・この光はね、この花の魂だよ。」
うっとりとして黒子は花を撫でる。その度に萎れた花びらが床に、ひらひらと舞い落ちて行った。
「光はやがて私自身同化する。つまり、私は今、この花の魂こころを吸収したことになるのだよ。理解したかね、侑示君?」
侑示はただただ呆然としていた。
自分はいったい何を見、何を耳にしているのだろう。輝く光が美しいのは当然のことだった。
その光は、命の光。真その花の一生を表す光だったのだから。
「簡単に言うと、ブラックホールのようなものさ。何でもかんでも触れたものの魂こころを吸いとり、読み取る。実に迷惑極まりない能力だよ。」
困ったように肩をすくませる黒子を見て、侑示は無意識のうちに言葉を発した。
「・・・じゃない。」
「え?」
唇を噛みしめ、侑示は叫んだ。
「迷惑なんかじゃない!」
少なくとも侑示にとっては。
「先輩、その能力で俺を助けてくれたじゃないですか」
絵にまつわる摩訶不思議な現象を黒子はその黒手で解決してくれた。あれ以来、教師たちも侑示の絵に必要に興味を示さなくなった。確かにやり方はひどく驚いたが、あれのおかげで侑示の生活が平穏になったのは確かなのだ。
「・・・侑示君。」
名前を呼ばれ、侑示は急に恥ずかしくなり、顔を伏せた。
俺は何を言っているのだ。最初は、てか昨日までちょっと迷惑、とか思ってたくせに。どの口が言っているのだろう。
耳まで赤くした顔を隠すように伏せていると、黒子の白い手が侑示に触れようと伸びてきた。瞬間、侑示はびくっと肩を跳ねさせた。途端に、しまったと思った。
後悔に背を押され、侑示は顔を上げた。
少し傷ついたような、困ったような笑顔の黒子が目に飛び込んできた。
「…っ!」
「いい。それが普通なんだ。」
黒子は手を引っ込めると、静かに手袋を着け始めた。
「誰も、心は見られたくないものさ。恥じなくていい。君は正常だ。」
黒子の言葉が胸に木霊する。
あぁ…何だか…
ぽん、と黒子は侑示の頭に手を置き、微笑む。
「仲間に会えて少し舞い上がっていたようだ。…透手、君の力は」
まっすぐ、黒子の瞳を見る。
「生み出す力。無から有を生み出す……それが、君だ。」
無から有を…?
「君は寂しかったのだろう?だからこそ君の描いた少年の絵は心を持ったよ。作り主である君の心をそのまま写したような心をね。影響が強すぎたんだ。まぁ、君自身がまだ力に慣れていないせいかもしれんがね。」
侑示は自分の手を見つめた。
この手には、黒子と同じ異端の力が宿っているという。
作ったものに心すら宿らせてしまう力が。
「…まるで」
「ん?」
「先輩と正反対ですね。」
一瞬、黒子はキョトンとすると、堰せきを切ったように笑いだした。
「なっ何ですか!?何が可笑しいんですか!!」
「はははははは、…君はまったく……全くもって、面白いよ。」
目尻に涙をためながら、黒子は可笑しくて可笑しくてしょうがないとでもいうように、ケラケラと笑った。
「ありがとう。」
「え?」
涙をふき、黒子はほほ笑んだ。
「普通こんな話をして、しっかり聞いてくれる奴などいない。そうして命を絶った仲間を私は何人も知ってる。一人で抱えきれず、でも信じられず、消えてしまいたくなる。」
命、絶つ・・・?
言葉の衝撃に侑示は飲まれた。
ふらつき、下駄箱に背をぶつける。鈍い音だけが響いた。
慌てて黒子が手を差し伸べてくる。その手をやんわりと断り、侑示は黒子を見つめた。
「ゆう」
「先輩も・・・あるんですか?消えたくなったこと。」
黒子が動きを止める。
その瞳に一瞬の陰が宿る。切なく、悲しい陰。
「あるよ。・・・ある。」
陰が消える。代わりに宿ったのは暖かい光。
「でも平気だ。君と出会ったからね。」




