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始まりの絵5

「なんか昨日凄かったらしいよ?」


「何が」


「なんかね、美術室の彫像が大量に壊されたんだって。」


「何それ。誰がやったの?」


「2年の先輩だって。なんか有名らしいよ?悪い意味で。」


 好き勝手に話す少女たちの側をさり気なく通り過ぎ、侑示は下駄箱に向かって廊下を疾走していた。昼休みは残りわずかだが、そんなことも気にせず走っていた。


よく音が反響する階段を勢いよく駆け下り、侑示は下駄箱にたどり着いた。きょろきょろと辺りを見回し、2年の下駄箱にて目的の人物を見つけた。


「先輩!」


「あぁ、侑示君。なんだい?」


季節に合わない黒手袋を嵌め、今にも帰ろうとしていた黒子がそこにはいた。


鞄を片手に、爽やかに答えてくる。


「廊下を走るのは感心しないなぁ、早歩きしなよ。」


「そんなのどうでもいいっ・・!」


力任せに下駄箱を叩いた。


しかし、黒子は変わらず笑っている。


「・・・先輩、なんであんなことしたんですか。」


「あんなこと?」


「とぼけても無駄です。昨日のこと、なんで全部自分の仕業にしたんですか。」


黒子は昨日の美術室でのことを、全て自分がやったことだと職員室で宣言した。


日々の退屈さに耐えきれずに破壊したくなった、と。


その報告のどこにも、侑示の名はなかった。


「嘘は言ってないが。」


「全て自分がやったとか・・」


「事実だ。私があれらを破壊したのだから。」


涼しい顔で言う。むっとし、侑示は噛みつくように『嘘』を挙げていった。


「確かに・・。じゃぁ、退屈さに耐えきれなくてとか。」


「それも事実だ。私は常に退屈に頭を悩ませているのだよ。」


困ったとでも言うように黒子は肩をすくませた。


「君も聞いたろ?私にまつわる噂を。私には友人と呼べる人間がいない。家族も疎遠だ。故に日々を退屈して過ごしている。会話もなく、感情が揺れ動くこともない。時間がずっと止まっているように感じるんだよ。これを退屈と言わずになんという・・・?」


口元を僅かに緩ませ、黒子はほほ笑んだ。


「この退屈を少しでも救ってくれた君の絵に対して礼をして何が悪いのかね?」


「だからって、自宅謹慎は・・ってえ?お礼?」


驚き聞返すと、黒子は頷いた。


「君の生み出したあの絵は私に一時の幸福をくれた。もしかしたら私自身も君の力に当てられていたのかもしれないが、それでも、あの〈少年〉は私の退屈を紛らわせてくれたよ。」


楽しそうに笑う。


「一つのものにこんなにも惹かれたのは初めてだ。」


こんなに他人と会話をしたのをも。


口から零れるのは切ないぐらい悲しい言の葉。けれど、その表情は至って穏やかだった。


それが無性に、侑示を駆り立てた。


侑示が急に黙り込んでしまったので、黒子は困った顔をしながらも、その場を後にしようと体を昇降口に向けた時だった。


むんずと腕を捕まれ、黒子は咄嗟に動きを止めた。振り返ると、侑示がしっかりした眼差しで自分を見つめていた。


「侑示君?」


「すぐ戻ってきます。だから待っていてくれませんか?すぐなんで!」


「それはいいが、いったい」


「すぐ戻って来ます!!」


何をするつもりなのか聞く前に、侑示はすぐ近くの階段を駆け上って行った。


数分後、侑示は片手に大きくて、少し縦長の四角い白い布に包まれた物体を抱えて戻ってきた。息はすっかり上がってしまっている。


黒子は侑示が落ち着くのを待って尋ねた。


「それは?」


まだ少し脈は乱れているが、受け答えができないほどの物でも無かった。


一息おいて、侑示は言った。


「〈少年〉です。」


「なんだって?!」


慌てて黒子は今にも取り落としそうになっていた絵を受け止めた。同時にそれをじっと見つめる。その表情はどこか寂しげだった。


「先輩に持っていてほしいんです。」


びくりと黒子の肩が震えた。


「純粋に、この絵を気に入ってくれたのは、たぶん、先輩だけです!だからっ」


黒子のことは何一つ知らない。知っていると言えば、あまり校内で良い噂がないことと、昨日見せつけられた不思議な力のことのみ。けれど、侑示には解っていた。何故少女がこの絵に惹かれたのかを。


黒子は静かに絵を包んでいた布を取り外すと、絵の中の〈少年〉を見つめた。


その瞳を見て、侑示は確信した。


やはり、黒子はこの絵に自分を重ねている。


それは、侑示も同じだった。友人もなく、一人過ごす放課後を思い出して描いた作品。一人が好きだと思いつつも、どこか〈友達〉に憧れを抱いていたあの頃の思い出。


「いいのかい、本当に。」


そっと絵に触れ、黒子は呟くように尋ねた。


「はい。このまま学校にあっても同じようなことが起きかねないし。」


侑示の不安はそこにあった。


何故だかわからないが、侑示の生み出す作品には奇妙な現象が付きまとう。それは実のところ〈少年〉の絵に留まらなかったのである。


しかし、黒子なら、平気な気がしたのだ。


「・・・・わかった。有難く頂くとしよう。」


柔らかい笑みを浮かべ、黒子は大事そうに絵を抱いた。


侑示はほっとし、そのまま教室に戻ろうと踵を返した。


「あ、待ちたまえ。」


「はい?」


今度は黒子が呼び止める。


「君は聞かないのだな。」


「何をですか?」


「・・・私が昨日何をしたのか、をだよ。」


侑示ははっとした。そうだった、自分は昨日のことを何一つ理解できなかった。今度黒子に会ったら確認しようと心に決めていたというのに、自宅謹慎を言い渡されたことに考えを持って行かれ、すっかり忘れていた。


「教えてくれるんですか。」


「まぁ、あげる・・というか、君のためでもあるからね。」


「はい?」


「だって君も、だから。」


嬉しそうにえくぼを作り、黒子は言う。


「久々に出会ったよ、同じ能力者ハンドマスターを。」



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