始まりの絵4
「・・・は?」
何が起こった・・・?
呆然とする侑示の横で、黒子は一仕事やり終えたとでも言う風に息をつき、さっさと手袋をはめ始めた。
それを見た侑示は慌てて黒子の腕をつかみ、動きを止めた。
「ちょちょちょちょっと待って下さいよ!結局何をしたのか全く解らなかったんですが。」
突然の拘束を解こうともせず、黒子は「およ?」と驚いた。
「今ので解らなかった?」
「はい。」
「ほんとに?」
「本当に。」
「・・・・」
「先輩?」
「・・・つまりのところ、君は馬鹿なのだな。」
「あぁ!?」
こいつ、何がしたいんだ!俺をからかってんのか!?
普段あまり怒らない侑示だが、今回は頭にきた。何の説明もないまま、あんな摩訶不思議な非現実的なものを見せられて、何が『馬鹿』だ。言葉が足りなすぎるんだよ!!
胸中で怒りがぐつぐつと滾る中、目の前の少女は突然噴出した。
「ぷっ!ぷははははははは」
「何笑ってんですか。」
「はははは」
「おい!」
「君は実に面白い人間だね、侑示君。なるほど、そんな君だから彼を作り出すに至ったんだな。」
まだ笑いが止まらないのか、口元に手をやりながら言った。
「俺が作り出した?」
ぽかん、と口を開いた状態で固まる。
どういう意味か聞こうとした時だった。
室内の温度ががくっと下がった気がしたと思ったら急に、侑示の胸をつき黒子は壁際に下がらせた。ふいを付かれたため、侑示は激しく咳き込んだ。
「なっ・・・」
「下がって。どうやら君は色んなモノに影響を与えすぎていたようだ。」
―――え?
黒子の言葉の意味が解らず、困惑した状態で前方を見た。
「うわぉ!?」
思わず目の前を疑った。まばたきを繰り返し、口は間抜けに開きっぱなしになった。
美術室には異様な光景が広がっていた。綺麗に飾ってあったはずの彫刻が宙に浮き、じっとこちらを見つめているという、ありえない光景だった。
それだけじゃない。絵の中の〈人間〉もこちらを見つめてきていた。中には絵の中から出てこようとしてくる者もいる。
「何なんですか、これ!?」
「何って・・・彫刻。」
「わかってますよ!!!!じゃなくて、なんでそれが浮いてるかってことでぇぇぇぇ!!!!???」
言ってる最中に彫刻は次々と二人に、主に侑示に向かって突っ込むように飛んできた。
「だから下がって!」
「下がってますよ!これ以上押さないでっ潰れるっっ」
あまりにもぎゅぎゅうと押すものだから、侑示の体は壁と黒子の腕に挟まれ軽く変形しそうだった。
それに気づいた黒子が焦って力をゆるめる。
「すまない。」
「謝ってないで前見て前!」
咄嗟に黒子の腕を引き、侑示は突進してきた彫刻から黒子を守るように体を床に伏せさせた。
大きく何かが割れる音と崩れる音がし、白い粉が二人に降り注いだ。
「・・・大丈夫ですか?」
「あぁ、ありがとう。」
ゆっくりと起き上がり、侑示は恐る恐る後ろを振り返った。
もう、帰りたい・・・。
壁には大きく穴が、というか壁があったよね?ここ・・・。無いよ、なんか廊下が丸見えだよ。夕焼けが綺麗だよ・・。
侑示が現実逃避を始める横で、黒子はゆっくりと立ち上がっていた。
その目は彫刻達を射抜くように見つめている。
「・・・作り主の思いも忘れた作品にようはない。遠慮なく行かせてもらおう。」
そう言いつつ、黒子は両手の手袋の先を口で噛み、一気に手を引き抜いた。
現れた少女の手はやはり、生まれてこの方一度も日に当たったことのないような輝く白さを持っていた。
「来い。まとめて相手してやる。」
脇を締め、両手を体の前で構える。
それを見計らったように、再び今度は確実に、黒子に狙いを定めて彫像が襲いかかってきた。
「先輩!!!!」
悲鳴に近いその声に、黒子は不敵に笑う。
「問題ない。」
構えた拳に力を込め、飛んできた彫像に向けて一気に繰り出した。
びゅっと風を切る音と共に、黒子の拳は彫像にクリーンヒットした。
普通ならここで少女の拳の方が耐えきれず、裂けるはずだ。そう、普通なら・・。
「・・・うそ」
黒子の姿勢は右の拳を前方に突き出した状態で止まっていた。その手からは一滴の血も流れてはいない。だが、周囲に舞う白い粉塵が確実に、彫像が破壊されたことを物語っていた。飛んできた彫像はコンクリート並みの強度を持っているようにも思えるのに。
「さぁ、どんどん行こうか。」
言葉とともに、黒子は力強く床を蹴り、自ら彫像に向かっていった。
その行動に動揺したように、彫像たちは空中で動きを止めた。そこを黒子の白い拳が叩き割る。何十枚もの皿を一度に割ったかのような派手な音が何回も何回も美術室に響いた。
それはどこかリズミカルで、一つのメロディのようだった。
「これで、最後だ。」
一層力を込めて、黒子は拳を彫像に叩きつけた。
パン、と弾けるように彫像は砕け散った。白い粉塵が美術室の空間に広がった。
粉塵の中、侑示はただただ呆然としていた。
いったい何が起こったのだろう――――?
先ほどからずっと思ってきた疑問が、再度侑示の脳裡を駆け巡った。
ただの少女に見えた。本当に、どこもおかしくない、どこにでもいる女子高生に見えていたのに。
「せんぱ…!先輩まだいる!!」
侑示の声に黒子は素早く反応した。気配を感じたのか、弾丸のように飛んできた絵筆を、体を反り返らせて避けた。
ブリッジのような状態のまま絵筆が飛んできた方向を見る。
「あれは……猿?」
「…清水の作品だ。」
教室の後方にあるロッカー台の上で一匹の猿が両手いっぱいに絵筆を抱えて飛び跳ねていた。その顔は怒りに燃えており、今にも煙が出そうなくらい赤かった。
「何を怒ってるんだ?」
「おそらく私に筆が当たらなかったことにだろう。」
淡々と言う黒子の横で、侑示はげんなりとしていた。
自分の思い通りにならなかった事に対して怒るなんて、なんて作り主に似た猿なんだ。
猿は再度大量の絵筆を振り上げると、力いっぱいに投げつけてきた。
びゅんびゅんと絵筆が二人に向かって襲いかかってくる。
「うわぁっ!」
頭を手で覆い、侑示はその場にしゃがみ込んだ。そうしながら、横目で黒子を見遣った。
こんな状況であるにも関わらず、黒子は楽しそうに笑っていた。
狙いを外れた絵筆が二人の足元に次々と突き刺さる中、黒子は再び拳を構えた。
「まったく、その清水とやらはろくな奴ではなさそうだな。」
拳が純度の高い黒色に輝いていく。黒い光は黒子の拳を覆い、まるで黒い手袋をしているかのようになってきた。
「黒手第一開放。・・・・・いくぞっ」
ぐっと足に力を込め、猿に飛び掛かった。
「ブラック・インパクト!!!!」
放たれた拳は逃げようとした猿の真上から容赦なく叩きつけられ、破壊するとともに、黒い光が猿の体を飲み込んでいった。




