ロンリーボーイ ロンリーガール4
「ん・・・」
「「!!清水!」」
遅れて意識を取り戻した清水が、侑示と同じように部屋を見回した。
そして、侑示の姿をとらえたあたりで動きを止めた。
その目からは憎しみではなく、懐かしさと喜びが伺えた。
「あ・・・侑示・・俺・・」
ふらふらと立ち上がると、清水は唇を固く結び、頬を赤らめてうつむいた。
侑示は黒子から離れ、清水と向かい合った。
すると、俯いたまま清水は出口に向かって歩き出した。侑示とすれ違う瞬間、清水は一旦立ち止まった。
「清水・・・?」
決してこちらを見ないように、清水は床に視線を向け続けた。
「・・・一回しか言わないから。」
「清水、」
「ありがとう。」
言ったとほぼ同時に、清水は駆け出し、美術室を出て行った。
「おい!」
慌てて後を追うが、廊下を覗いたころには清水の姿は無かった。
『ありがとう』。清水の言葉が耳に残る。
「どうやら彼は傷つくどころか、救われたらしいな。」
「え?」
振り返ると、腕組みをした黒子が苦笑していた。
「侑示君、君が誤って清水君の記憶に入ってしまったおかげで、彼は僅かながら救われたのさ。」
侑示ははっとした。
あの時、清水少年が言っていたこと。それこそが・・・
「『ありがとう』だったのか。」
彼と自分だけの「真実」。それが清水の凍った心を溶かした。
「これで清水のやつ、少しは変わるといいが・・・」
美術室に戻り、侑示は壊れた彫像の破片を拾い集めた。
「それは彼次第だな。あくまで私たちが出来るのは後押しのみ。そこから先は自分との戦いだよ。」
同じように破片を拾いながら、黒子は続けた。
「作品は己の心を映し出す。この彫像も彼の叫びだったのかもしれない。」
両手の上には、多くの集めた彫像の破片があった。
破片はもう力を失ったかのように、白く濁った色をしていた。
赤猿は叫び続けていたのだろう。作り主である清水のSOSを、主に代わって。
そしてそれは、見事に侑示のもとに届いた。
役目を終えた彫像は命を終え、土に帰る。
「ですね。」
破片を適当な裏紙で包み、侑示は自分の鞄の中にしまった。ゴミ箱に捨てるのはなんだか惜しかった。鞄の埃を掃い手近の机に置くと、今度は床に散らばった画材やカンバスの残骸を拾い上げていった。黒子もしゃがみ、手伝う。
「そういえば・・・」
「ん?」
「先輩なんでここに来たんですか?謹慎は今日までだったはず。」
訝しげに黒子を見遣る。
「あぁ、なんだそのことか。」
可笑しそうに笑いながら、黒子は絵具を数本侑示に手渡してきた。
「ちゃんと放課後まで謹慎してたさ。んで、明日までにどうしても君に伝えたいことがあったんで、寄ってみたというだけだよ。」
「午前零時までが一日なんですけどね。」
絵具を受け取り、口をへの字に曲げた。
「細かいことは気にしないでくれよ。これは君にとってもいい話のはずなんだからね。」
黒子は立ち上がると、腰に手をあて、侑示を見下ろした。
体勢的に侑示は見上げる形になった。
「いい話・・?」
「そう、私はこの度晴れて、部を持つことになった!!その名も、『マスターズクラブ』!」
声高らかに言い放つ。
「ま、マスターズクラブ???」
怪しげな名前に動揺し、絵具をいくつか取り落としたが、今の侑示に気づく余裕はない。
「そうだ!我々の持つハンドマスターの力を駆使して、なるべく人のためになることをする。それがマスターズクラブだ!!」
スポットライトでも当たってるかのような勢いで、黒子は声高に叫んだ。
つか、それをいうならハンドマスターズクラブなんじゃ・・・?何のマスターだよ、それ!
「なるべく・・・ですか。」
「あぁ!なるべくだ!!断言はできない。我々の能力はとても不安定だからね!だから、共に頑張ろう!侑示君。」
つまり、失敗の可能性が捨てきれないということか。
正直、侑示にはどうでもいい話だった。でも、その話にとてもノリノリになっている黒子を見ていると、少々興味もわいてくるというものだった。
あーもう、そんなに目をキラキラさせて・・・
「解りました。」
「ん?」
「一緒にやります。」
「え、本当!?やっっ」
「ただし!」
喜びのあまり踊りだしそうだった黒子を、大きく張りのある声で止めた。
「その代わり、俺のことは侑示と呼び捨てをしてください。君付けだと妙な感じがするんで・・・。」
最後の方は声が小さくなってしまったので、聞こえているか解らなかった。
黒子は鉄砲玉を食らったような顔をしたが、すぐに満面の笑みを浮かべた。
「勿論だ、侑示。私のことも名前で呼んでくれてかまわないぞ。」
「え、・・・じゃぁ闇野さん。」
「却下。」
「は!?」
「名前だ。侑示。」
ずいっと顔を近づけてくる。
(くそっ、自分は苗字のくせに!)
「・・・・・黒子、さん。」
「『さん』?まぁ、いいとするか。」
くるりと、反対を向き、侑示から離れる。侑示はほっと息を吐いた。
妙に顔が近いと緊張する。
黒子は窓ぶちに寄り掛かり、口笛を吹きながら夕日を眺めていた。
表情は逆光になって伺えない。
「さて、明日からよろしく頼むよ。侑示。たぶん、忙しくなるからね。」
口笛が軽やかに響く。
侑示は両手を開き、見つめた。
透き通った手袋をつけた手は、もう以前の自分の手とは違う。彼女と同じ、力を操る者になった。ただ、それだけの事なのに、まるで全く違う世界に来た感じがするのは何故だろう。
「侑示」
呼びかけられ、顔を上げると、黒子の澄んだ瞳が飛び込んできた。
しばらくの間、侑示はその瞳を見つめた。そうしているうちに、なんだか気持ちが軽くなるのを感じた。
黒子のいる世界と自分がいた世界のどこにそれほどの違いがあったのか。いや、そんなに違いは無かった。だって、今自分が見ている景色は依然と変わらないぐらいの輝きを持っているのだから。
「はい、黒子さん」
そう言って、侑示は黒子の元に駆け寄った。
ひとまず、出会い編終了です。




