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博士とマスターズクラブ

春が過ぎ、夏が来た。


アブラゼミとひぐらしが、合唱をする中、侑示可那斗は汗だくになりながら立ち続けていた。


校則違反ギリギリの長さに伸ばした黒髪は汗ですっかり湿っている。しかし、侑示はもうノースリーブのシャツ一枚になっているため、暑いからといって脱ぐものもなかった。


たがしかし、暑い。こうなると解っていたらジーンズのパンツなどいうチョイスは避けたと言うのに。


今ほど黒子を恨んだことはない。


「はぁ……」


今日は学生なら誰でも、だらだらと過ごしたいであろう休日だった。


他でもない、侑示もその一人だった。


今日は近所の画材屋に行って、足りない画材を買ったらすぐに家に帰り籠る予定であった。


なのに、何故。


何故このようなことに……


原因は30分前に戻る。








「おお!侑示じゃないか!」


画材屋を出てきたところで侑示は予想外な人物に声をかけられた。


声がした方を振り向くと、涼しげに手を振る闇野黒子の姿があった。


「黒子さん、こんにちは。お買い物ですか?」


休日に遭遇するのは初めてだったりしたので、侑示は若干動揺しながら挨拶した。


おう!と明るくそれに答えた黒子も今日は私服だった。


黒のシンプルなポロシャツに、白のゆるふわスカーフ、白のラインが入った黒のハーフパンツに、踵の高い黒のサンダルを履いていた。シンプルだが、意外にもオシャレだったので、侑示は目をはった。


セミロングの茶髪を今日はポニーテールにしているところも、侑示的にはポイントが高かった。


変人黒子にしてはなかなかだ。


「いやー今日は人と会う予定があってね。それで仕方なくね。そういう侑示はどうしたんだい?」


参った参ったと言いつつ、黒子は問いかけてきた。


「俺は画材を買いに……」


「おお!また新作を描くのだな?楽しみだ!」


こちらが言い終わる前に黒子は瞳を輝かせて、ずいっと顔を近づけてくる。


曖昧に頷くと、黒子は今にも飛び上がりかねないくらい喜んで、手を叩いた。


その様子に侑示は複雑な感情を抱いた。




思えば黒子と出会うきっかけとなったのも自分の描いた絵だった。


侑示の描いた少年の絵に黒子が惹かれ、話しかけてきたのが出会いだった。


その絵には不思議な力があり、人を惹き付けてしまう魅力があったのだ。




そう、自分と、黒子には不思議な力がある。


侑示は自身の両手を見た。その手には一瞬見ただけでは解らないほど透明な手袋がつけられていた。


黒子曰く、この力は色を司っていて、それを持つ人間のことを能力者(ハンドマスター)というらしい。


能力者はその手から力を発動させていて、それは常にオンの状態になっているという。そのため、このような能力抑制の手袋が必要なのだ。


と、まぁ、ここまでは黒子の受け売りである。その当の本人も黒い手袋をこの暑さだというのに、しっかりと装着していた。


黒子が黒色なら、侑示は透明色を司る能力者らしい。その能力内容は、無から有を作り出す力、物に心を与えたり出来る力だ。これのせいで春先は色々あっていい迷惑だった。


ふぅ、と息をつき、目の前で画材屋を物珍しげに見ている黒子を見やった。


一見普通の黒子もブラックハンドとしての特別な力を持っている。


さっくりと言うと、彼女の能力はブラックホールのような力だった。触れたものの心や記憶を吸収したり、破壊したり、放出したり……。


(あれ?俺あまり黒子さんのこと知らない??)


攻撃力が凄まじいのは知ってるが、それ以上は侑示ですら知らなかったことに思いあたる。


「はぁ……」


「ん?どうしたんだい、侑示」


「何でもないです。……それでは、俺はそろそろ帰るので、失礼します」


「え、え、え!ちょちょっと待って!」


侑示が帰ろうと踵を返しかけると、黒子が腕を掴み引き留めた。


「何ですか」


「い、いや。実はこれから人と会うんだが」


「それはさっきも言ってましたね」


そうだったか、と慌てたように目をキョロキョロし出した黒子を、侑示は訝しげに見た。


「いやぁ、それがさ、その人物凄く気難しくてね。手土産がないとキレるのだよ」


へー、と思いつつ黒子の手荷物を見る。


「あれ、手ぶらですね」


まさか……


「忘れたんですか」


「はははは……というわけで!侑示!悪いが私が手土産を確保して戻ってくるまで、ここで博士を引き留めておいてくれ!じゃ!」


黒子は頼んだぞ、という風に肩を叩くと、駅の方に向かって走り去ってしまった。


「はぁぁぁ!?ちょっと、黒子さん!!」


なんてこった。華麗にスケープゴートにされた。


黒子の姿はもう見えなくなっていた。流石の素早さである。


画材屋の前にはがっくりと肩を落とした侑示一人が残された。


まぁ、こうなってしまっては仕方がない。


侑示はなるべく日陰に移動して、その待ち人とやらを待つことにした。


「確か、博士とか言ってたか?」


まさかとは思うが白衣とか着ていたりするのだろうか。というより、博士と呼ぶような知り合いって、もしかしなくとも能力に関係する人なのかもしれない。


そんなことを思いながら待ち続けたのだった。






あれから30分。黒子どころか博士とやらも一向に現れる気配がなかった。


「俺は騙されたのか?」


なんと達の悪い。それより何より、黒子にこのようなことをされる理由が思い当たらなかった。


汗がだらだらと背中を伝う不快さに、眉を寄せた時だった。


「クリアハンド」


「は?」


俯いていた顔をあげると、そこには白衣を纏ったやたらと長身の男がいた。


頬は痩け、痩せた細い顔に無精髭を生やし、黒い髪はボサボサになっている。両腕を白衣のポケットに突っ込み、気だるげに立ち、気力のない瞳で侑示を見ていた。


見上げるようにしていた侑示は、ぽかーんと口を半開きにした。


「クリアハンドかね?」


再び男は低めの声で尋ねてきた。


「……えっと、はい」


もしかしなくとも、この人が博士なのだろう。侑示は素直に頷いた。


「そうか、君が、君が……!」


言いながら、がっと、博士は勢いよく侑示の両肩に掴みかかってきた。


「うわ!」


驚き博士を見ると、今度こそ侑示はぎょっとした。


さっきまであれほど無気力だった博士の瞳が、爛々と輝いていたからだ。


「あの、なに!?」


「早速、気に入られたようだね。侑示」


「黒子さん!?」


声のした方角を見ると、黒子が相変わらず涼しげな顔で腕組して立っていた。


「気に入られたってどういうことですか?!この人なんですか!」


博士は侑示の体をそこらかしら触り続けている。気持ち悪いことこの上ない。


「その人は博士だ。だから言っただろう?博士は手土産がないと機嫌を損ねると」


おいおい、まさか。


「俺が土産ですか!!!!」


博士を引き剥がそうともがきながら、侑示は叫んだ。


黒子は一瞬きょとん、とすると、やがてにんまりと笑い、


「その通り!」


とどや顔した。


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