【第2話 4】
地下室から逃げ延びた先輩生徒、ポーラ・マルモンと誓いのキスをしたベール・ラムバートは放心状態にいた。そのとき、なぜか刑事である父親がやって来たのだった――。
ベールの目線の先には父親と、見覚えのある黒人がいた。
「と、父さん?!」
「お前、ベールか?! なんでここにいるんだよ?!」
「いや、なんでって……父さんこそ」
「俺は刑事だから……賢者ラムアビ卿がいなくなって大変なんだよ」
「い、いなくなった?!」
「ラムバート警部、軍の戒厳令中ですよ。今のは聞かなかったことにしてあげますから。あとで、ビールをおごってくださいね」
その黒人刑事はフレンドリーに話しかける。
「覚えているかな、僕のこと。年末に挨拶したんだけど」
「たしか……ホールトンさんですよね?」
ホールトンは微笑みながら銃を下げた。
「さすがゴールド特待生、記憶力がよろしいですね。誰かさんとは大違いですよ」
「その誰かさんとは俺のことか? まだまだボケる年じゃねぇよ」
軽口を叩く部下に、現場責任者で先輩刑事でもある太り気味の男も銃を下げる。
だが、息子は気づく。二人とも引き金から指を抜いていない。
「ボケていないなら、息子さん相手でもちゃんと聴取してくださいよ?」
「ああ。――ベール、さっきまで誰といたんだ?」
刑事二人から鋭い眼光を向けられたベールは生唾があふれ、ふいに喉を鳴らす。
それは父親も同じだった。足元の濡れた地面を知り、その目つきは獲物を狙うハンターそのものだ。
息子は深呼吸して、男子生徒に戻る。「……好きな子だよ。キスしてた」
「き、キス?!」
最悪な回答を予想していた父親は息子からの、まさかの返答に言葉を失う。
「フハハ! これは申し訳ない、ベールくん」
時間が止まった親子の時計を動かしたのは、無関係な男の笑い声だ。
「僕も男だ。君ぐらいの年なら、好きな子とキスぐらいしていた。恥ずかしがることはないさ。むしろ、邪魔したならごめんね」
「そういうことじゃないぞ、ホールトン――いつから付き合ったんだ?」
「今日だよ。帰り道に告白して」
「そうか……今日か……」
刑事の顔か、父親の顔か、止まらない振り子時計に困惑するアインはそのまま話を続けるしかない。
「気持ちはわかる。だが、学校にバレたら、退学もあるんだぞ?」
恋愛禁止校則のことだろう。息子は自分の嘘を信じた父親を信じることにした。
「わかっているよ。そのぐらい。でも、好きなんだよ」
「そうか……なら、いいんだが」
「え、いいんすか?!」と、部下の男はオーバーな身振りで驚いた。
「もっと聞くことがあるでしょ? 相手が誰とか、どこが好きなのか、とか」
「ホールトン、ここはバーじゃない。路地だ。それに暗い。しかも、俺たちは捜査中だ」
「そうでしたね。OK、ボス!」と、ホールトン刑事は敬礼で返す。
父親のアインは息子にいう。
「母さんには俺から伝えておく。味方がいたほうがいいだろ?」
「ありがと、父さん」
「じゃあな。気を付けて帰れよ」
刑事二人は体の向きを変える。
だが、ベールが止めた。「待って!」
「話したよ。だから、なんというか……何があったの?」
笑い顔のホールトンが真顔になる。その凛々しさは言葉にも表れる。
「君には関係がないことだよ。ここは大人しく家に帰ってほしい」
「話が違う!」ベールは一歩踏み出す。
「こっちは銃で脅された。こんな恥ずかしい話、それに父親の前でさせられた。学生だろうと、知る権利があるよ!」
「たしかに正論だが……」
上司が部下の言葉を折る。
「その通りだ、ベール。お前は正しい。だが、まだ言えない。というより、あっちには軍がいる。見ればわかるだろ?」
「……今日、ラムアビ名誉教授に魔法の研究を見てもらう約束があったと言ったら?」
二人の刑事は顔を見合わせ、一歩二歩と近づく。「どういうことだ?」
「だから、知る権利がある」
「ベール、続きは家で話す。いいな?」
息子は頷いた。部下の異論を聞きながら、父親は夕闇に消えていく。
そして数時間後、母親が寝静まった夜、父親はビールとコップを持って息子の部屋を訪れ、賢者ラムアビ卿が行方不明となり、もしかしたら死んでいる可能性があることを伝えた。
過去の苦すぎる失恋話とともに――。




