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【第2話 5】

 深夜0時過ぎ――濃密な夜霧が立ち込めるアップル市の高級住宅街を、ヘッドライトで照らしながら漆黒の軍用車が滑り込む。


 車体が停止したのは、ネズミ一匹すら逃さないよう、地の魔法による防壁で包囲された豪邸――マスタークラスの魔術師、ラムアビ・マーリン邸の門前だ。


「――いつ見ても、一人暮らしにしてはデカすぎる家ですね」

 後部座席のドアが開き、編み上げ軍靴がアスファルトを踏み鳴らす。

「西部の厄介事を片付けて、東部に戻ればこれとは……

 東も西も、ガイアの一日はすんごく長いですねぇ」


 降り立ったのは暗闇でも異彩を放つ、金色のポニーテールを揺らす若き女性佐官――ガイア帝国連邦捜査局東部統括軍事長官付き特命捜査官――クリス・ランスロット大佐だ。

 彼女は東部を管轄するランスロット大将のご令嬢で、ランスロット家のお家芸である水の魔法を使いこなし、ゴールドクラスの魔術師、金一ツ星を持つ。

 

 彼女は魔宝石《ブルーダイヤモンド》が装飾された、大きな魔術書を左腕で抱える。

 数々の汚職事件を摘発した功績から、弱冠24歳にして大佐の階級章を胸元に佩用し、ボーイッシュで凛々しい横顔には覇気が宿り、末端軍人からすれば近寄りがたい雰囲気をまとう。


「大佐、本当に今から捜査するんですか? もう深夜ですよ?」

「うん。だって、今日中にやったほうが効率的ですもん」

「しかし、捜査権はまだ州警察ですし、軍が補佐しているからといって、連邦捜査局の我々が越権捜査するなんて、御父上にバレたらまた叱られますよ?」


 すぐ後ろから苦言を呈するのは北部出身のバーン・シュミット少佐だ。

 火系統の魔術師で銀一ツ星、腰に魔法ステッキを据える。

 清潔感があり、精悍な顔立ち、秘書業務をこなす仕事ぶりに軍の女性職員からとても好かれている。


「ハハッ! そういうスリルこそ人生の醍醐味じゃん! おれは賛成でーす!」


 もう一人の小太りな部下、陽気なスタイルで生きてきた南部出身のビート・マルティン少佐が豪快に笑った。シュミット少佐と同じ火系統の魔術師で銀一ツ星、二人は同期で仲が良い。


「僕たちは三日三晩かけて、やっとオレンジ市からアップル市に戻ったんだぞ?」

「だからなんだよ、シュミット。もしかして、腹でも減ったのか?」

「さっき列車でハンバーガー食ったよ。腹が減ったのはお前だろ、マルティン」

「なんだよバレたか。じゃあ、これが終わったらバーでナンパしに行こうぜ」

「そんな元気はないよ。僕はいますぐ家に帰りたいだけだよ」

「二人とも、静かに!」


 クリスは青き瞳で睨みを利かせ、青を基調とした東部軍服の襟を正す。

 それを見て、口を閉じたシュミット少佐は緑を基調とした北部軍服の襟を、マルティン少佐は黄色を基調とした南部軍服の襟を正す。

 ガイア帝国軍連邦捜査局は州をまたいだ越境捜査を専門とする。そのため東西南北から軍人が集結し、班ごとにチームが結成されて各自事件を追う。クリス班は西部のオレンジ市警察署からの要請を受けて、マフィア絡みの事件解決に協力してきた帰りだった。


 ひどく眠そうなシュミットがアップル州警察から渡された報告書を読み上げる。


「――報告によれば、昨日から北部マーリン家分家の賢者ラムアビ卿が失踪したとのことです。国立第一高等学校は無断欠勤、近隣住民は外出を目撃しておらず、軍の警護担当には『大事な客人が来るから外してくれ』と伝言があり、当日は在宅中、お一人だったと推測される。今朝、警護担当が訪問したとき、すでに無人だったとのことです」

「その大事な客人とは誰なんです?」

「何度も尋ねたが、誰なのか答えてくれなかったと。機嫌が悪くなり、断念したと」

「その警護担当、明日の朝、海に浮かんでんじゃね?」

「マルティン、冗談がすぎるぞ」と、シュミットが相棒の軽口を諌める。


 クリスは夜空を見上げた。星々が輝いている。

「どう考えても客人が怪しいですねぇ……」

 そして目をつぶり、魔術書を抱きしめ、身体を小刻みに揺らす。

「軍需企業の利権か、悪魔実験の隠蔽か……。

 なんにせよ、『Deus vult(デウス・ウルト)』――神がそれを望まれて今に至るわけですが……」


「おー、大佐から謎の古代語が出たってことは、まーた巨悪を暴く魂胆でしょ?」

「その言い方は失礼ですよ、マルティン少佐」

 キリリとした目つきで、キッパリと告げる。

「いいですか、正義が巨悪を暴くことは、古今東西で繰り返されてきた人類の歴史です。

 ガイア帝国を受け継ぐ、この上級貴族たる崇高なる義務、ノブレス・オブリージュなのです」


 事件現場で愛用する白い手袋を嵌め、ニヤニヤと笑みを浮かべる。

「ここは父上や兄上たちの顔色などはガン無視して、ガンガン、効率的に捜査を進めます!」


 『効率的』というフレーズに二人は顔を見合わせた。

 シュミットは大量の冷や汗を垂らす。一方、マルティンはご満悦だ。

(出たな、大佐の『効率的』……問題を解決すれば一件落着だと短絡的に考えるせいで、どれだけの後処理が待っているのやら……クぅッ!)

(来た来た、大佐の『効率的』……汚職事件を解決するにも、普通はお偉いさんへの根回しが必要だが、このクリス・ランスロットの前ではそんな非効率なもんはイラねぇぜ♪)


 連邦捜査局の権限を使い、クリスを先頭に正々堂々と門を抜ける。

 困惑する警察官と憲兵に見送られながら、三人は無人の豪邸へと踏み入った。




「――どういうことだ? 報告書には書いていないぞ?」

 シュミットは州警察の報告書を見直すが、部屋の内情は記載されていなかった。

「おっかしいな、失踪事件だろ? なんでこうも荒れてんの?」

「どうしたもこうしたも、本当は失踪事件ではないのでしょうね」


 三人は物が散らかった、というより人の手で荒れされたリビングを見て、それまでの現場経験から直感的に事件性を察知する。クリスが高そうな壺を手に取り、不敵に笑う。

「この大雑把なやり方は絶対に軍ですね。奴ら、何を探していたのやら……」


 三人は二階を一通り観察し、捜査で荒らされたリビングや寝室をさらに散らかし、キッチンへと軍靴で踏み入れる。「――すっげぇ、入ってんじゃん! 賢者ラムアビ卿は大食いだったのか?」


 マルティンが冷蔵庫の中を漁る中、クリスは隣の食品庫に足を運んだ。

 人二人ほどのスペースで、壁沿いの棚には缶詰や瓶類、パスタなど小麦類が積まれている。

 そこで物色し、またも不敵に笑った。


「見せかけの華やかさの裏に腐臭を隠す……いかにも我が国らしいやり方だなあ」

「大佐、何を見つけたんです?」

 シュミットが尋ねると、ピクルスが入った市販の瓶を渡された。


「これ、賞味期限が1年前ですね。食べちゃダメですよ」

 几帳面な性格のシュミットに、クリスが説明する。

「ここの棚にある瓶……全て賞味期限切れなんですよね」

「それはあり得ないですね」


 一方、マルティンはお気楽な様子で冷蔵庫を探っていた。

「大佐、シュミット、ベーコン食べる?」

「いらんわ! てか、食うな!」

「マルティン少佐、賞味期限、ちゃんと見ました?」

「え、ベーコンにはないっしょ?」

「メチャクチャあるよ!」

 ツッコんだ上官はその勢いで頼む。「二人とも、火を貸して」


 部下二人はすぐさま腰から魔法ステッキを抜く。

 上官が命じる。「煙でこの棚を調べてほしいのです」

 了解です、とシュミットが魔力を込めると、先端の魔宝石《ルビー》が輝く。

 モクモクと白煙が発生する。あっという間に食品庫が煙たくなり、三人はキッチンへと避難する。

 再び中に入ると、ベーコンレタスサンドを握るマルティンが気づいた。


「大佐、ここ! 煙が揺れてまっせ」

「へー、空気があるってことは……隠し扉かな?」


 シュミットが魔法ステッキの取手部分で瓶類をふるい落とし、上から点検していく。

 すると、一番下の棚にあたる床、缶詰の下に細長い板が挟まれていた。

 それをどかすと、なんと魔法陣が現れた。

 サイズは手のひらサイズだが、その形式からシュミットの目元が鋭くなる。


「これは……偽装結界ですね。何かをカモフラージュしていますよ」

「賢者ラムアビ卿が設置したのかな? じゃあ、燃やしちゃって」

 シュミットが火の魔法で結界を燃やすも、「大佐、これ消えませんよ」

 その魔法結界は見かけによらず、とても頑強なものらしい。


 クリスが告げる。「じゃあ、とっとと爆破しちゃおっか♪」

「……テロリストのようなセリフですね」

「ここは効率的に、ドカーンと!」


 シュミットは魔法ステッキでさきほどの板に魔法陣を描く。

 そして、その板を爆破箇所に重ねて、ドカンと爆発音を鳴らした。

 強力な爆破魔術だったので壁ごと大破した。

 すると、その壁の中から地下へと続く階段が現れたのだ。

 しかし、大量の水で沈んでいた。


「シュミット少佐。元から池でした、なんてないですよね?」

「ええ……毎回こんな池にしていたら大変ですからね。何かを隠すために沈めたのでは?」

「そうだね。――ただ、相手が悪かったね。残念でしたぁ♪」


 ランスロット家はガイア帝国で皇帝を守護する四天王とされる名家で、水の魔法を代名詞とする。

 そのご令嬢であるクリスは魔術書を部下に預け、魔法ステッキを腰のホルダーから抜き、濁った水の中にその先端、青き魔宝石をつける。すると、みるみるうちに大量の汚水が吸収されていく。


 全ての水を処理したあと、魔術書を受け取った上官が告げた。

「じゃあ、ここからは私一人で行きます」

「ダメですよ、大佐。危なすぎる」

「そうそう、こっからが冒険じゃないっすか! ここは三人で――」

「ダメですッ!」と、のんきなマルティンに一喝する。

「二人とも思い出して、私は女の子ですよ? 

 男の子とこんな真っ暗な場所に入るなんて……

 しかも、2対1だなんて……私、怖くて怖くて……」


 急にか弱い女の子を演じる上官に、部下二人は真顔だ。

「大佐、僕らが怖いです」

「そうそう。水の牢獄に閉じ込めて、水爆実験とかしそう」

「私、そんなマッドサイエンティストじゃないし」

「では大佐、ゴキブリが出たら叫んでください」

「じゃあ大佐、このベーコンサンド持ってく?」

「いらんわ! ――では、行ってきます!」


 上官は部下と敬礼を交わした。

 魔法ステッキをランプ代わりにし、真っ暗な地下室へと降りていった。


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