【第2話 2】
昼休み、主任室――。
ベールを前に、温和すぎる外見と性格の校長とは異なり、裏表がなさすぎて透き通った氷の男と評されるオルコット主任はデスクの上で腕を組んだ。
「校則第十条において、校内における魔法の対人攻撃行使は厳禁です。防御目的であれば正当防衛が考慮されますが……君が放った風の魔法、やんちゃな子供が愛用する『マッハパンチ』ですね?」
「ガルベスが殴りかかってきたため、咄嗟に手が出ました」
「君らしくもない言い訳ですね。平民特待生の枠を守るためにも、粗暴な振る舞いはよろしくないです。先日のテスト成績の件もありますし……」
「……重々承知しておりますよ」
オルコット主任は冷徹な眼光を眼鏡の奥で光らせ、一枚の紙を差し出す。
「休憩時間に、同級生のカノア・モッコくんが事細かく話してくれました。騒動のきっかけはラブレターだと……」オルコット主任は腕を解き、体勢を低く、顔を近づける。ただ目の前の生徒を逃さまいと狙いを定める肉食獣だ。
「――校則第九条『見習い魔術師の生活態度および品位保持』その第二項但し書きを覚えていますね?」
主任の冷たい吐息が、ベールの額をかすめるほどの間近で落ちる。
「『国家魔術師を目指す生徒間の私的な恋愛感情の表出、ならびに不純異性交遊は、精神の集中を阻害し、校内秩序を乱す重大な背信行為とみなし、厳罰に処す』……だったと思いますが」
ラブレターを出すまで、ベールは何度も校則を読んだ。
また、校内裁判の判例も読み込み、失点にならぬよう配慮し、先人たちのポエムを多用した。
「話が早い……さすが学科試験6位だっただけありますね」
主任はゆっくりと体を起こし、メガネのフレームを丁寧に拭き始めた。
「それで……ラブレターとは?」
「3か月前、一学年の年間最終テストの結果の日です。
放課後、シーラ・マイヤーズのロッカーに入れました。
彼女に好意を抱き、身勝手な想いを伝えようとしました。
校則に抵触した事実は、弁解の余地がありません」
自ら退路を断つような潔い自白に、主任の眉がわずかに跳ねた。
「その罪を受け入れる潔さ、感心しますよ。だが、話はそれだけで終わらない。
――その手紙を買い取ったガルベスが、君の魔法研究費を毎月ゆすり取っていたという証言がある。
今朝、君はマイヤーズくんに対しても研究費の返還を迫ったそうですが」
再びメガネを着用し、一つ咳を吐き、話を続ける。
「――マイヤーズくんも、この恐喝に関与していたのですか?
ご存知のとおり、彼女は軍のオーケストラ楽団を率いるマイヤーズ伯爵の娘です。
貴族の立場を悪用していた場合、魔術師にふさわしいか否か、しっかりとご両親とも話す必要があります。なぜなら、特待生への魔法研究費はガイア帝国が歩む未来への投資なのですから」
肉食獣の目が、獲物の急所を鋭く睨む。
だが、そのオールバックの男は鼻をかいたあと、笑顔で言った。
「――黙秘します」
その平然ぶりに、オルコット主任は面を食らった。
「……もう一度尋ねましょう。ラムバートくん。彼女がガルベスと結託し、君の研究費を巻き上げていたのですね?」
「黙秘します。僕の口から申し上げることは何もありません」
二度の問いに対し、ベールの笑顔は氷のようだ。硬い決意はすぐには溶けないとオルコット主任は何度も頷き、メガネを外し、指先でブリッジを揉む。
「……賢い君のことです。お分かりのよう、来週の成果発表会で、君がどのような成果を出すのか、私をはじめ教授会は注目していますからね」
「その発表会で、僕の『研究』のすべてを話しします。手元に残った予算で、何を成し遂げたのかを」
「よろしい。それまでの間、頭を冷やし、魔法クラスにおいて特待生という立場がどういうもので、ひいてはガイア帝国、東西南北にある魔法クラス、その大運動会のことを考えてください。昨年、我々東部は西部に負けて準優勝なのですから」
ガイア帝国では、魔術師を育成する魔法クラスは東西南北に各1校しかない。
毎年末に行われる大運動会とは見習い魔術師たち、全四校生徒による一大イベントで、教授たちによる魔法バトル大会もあれば、陸上競技などのスポーツ大会、クイズ大会、料理大会、芸術大会など多種多様な競技を行い、その合計得点で順位が決まる。
東部と西部はライバル関係にあり、昨年は西部が優勝した。
「我が教授会では優勝旗を奪還すべく、夏休みに強化合宿を計画しています。来週にも発表する予定です。もちろん、あなたも参加しますよね?」
「もちろん!」と、ベールは力強く宣言する。
「失恋のうっ憤がたまったガキにはもってこいの大会ですから。くだらない色恋沙汰など忘れて、ホットドッグ早食い競争でまた優勝しますよ」
「よろしい!」と、オルコット主任は資料を引き出しにしまったあと、ぎこちない笑顔を見せる。
「――では一ヶ月間、校内清掃係を命じます。放課後の男子トイレや廊下など、大運動会の雑巾がけ競争に向けて準備してください」
一礼して主任室を退出した瞬間、ベールは廊下の冷たい空気を深く肺に吸い込み、力いっぱいに吐いた。そして、廊下にしゃがみこんだ。
(……うまくいった。ありがとう、カノア)
シーラの関与をここで告発すれば、彼女はおそらく停学になり、ただの告発者と加害者の関係で終わってしまう。
(手紙を売ったこと、研究費をピンハネしたこと、その決定的な弱みを握ったまま、あいつを泳がせる。 昨夜の件が万が一バレそうになった時、シーラ、お前には『共犯者』になってもらうからな)
オールバックを整えながら、ベールはまっすぐに廊下を歩いた。
その歩みの果てを知らぬままに――。




