【第1話 5】
夜8時過ぎ――夜の冷たい川辺。
ヒュルリと吹き抜ける夜風の中、その男子生徒は人目を忍び、新品同様に磨いたハンマーを鉄橋の上から暗い水面へと投げ捨てた。
ドボン、という重い水音が、夜の静寂に吸い込まれて消えていく――。
「ただいま」と掠れた声を絞り出すと、ダイニングテーブルで夕食をとっていた母アグネスが朗らかに振り返った。
「ベール、おかえり。ずいぶん遅かったわねえ」
テーブルの上には、仕事帰りのアインが買ってきたのであろう、人気店のハンバーガーと瓶のコーラが置かれている。
「……こんな時間まで何していたんだ? とっくに夕飯の時間は過ぎたぞ」
ビールのジョッキを傾けていた父アインが、怪訝そうに息子を見つめた。
「ああ……魔法研究をやっていたんだ。発表会が近いから」
「そうか……ところで、ベール――」
言葉少なに自室へ引っ込もうとする息子の背中へ、父が低く鋭い声をかける。その表情は、アップル州警察に籍を置く百戦錬磨の刑事そのものだ。
「何……?」
「今日、魔法クラスの生徒に捜索願が出たんだが、何か心当たりはないか? 2日前、3年生のスタントンとポーラという生徒が姿を消したんだが」
心臓が破裂するかと思うほどの衝撃が走る。しかし、息子はその刑事の問いに、必死に表情を隠す。
「うーん……聞いたことがないな。先輩たちのことはわからない」
「そうか……いや、変なことを聞いてすまなかったな」
「もう、パパったら。仕事の話は持ち込まないでよ」
母アグネスが笑いながら割って入る。
「ベール、もし好きな女の子ができたら、真っ先に母さんに紹介してちょうだいね」
「何言ってるんだアグネス、魔法クラスは恋愛禁止だぞ。バレたら最悪退学だぞ。ベール、間違っても駆け落ちなんて馬鹿な真似はするなよ」
「そんな度胸、僕にはないよ」
「ベールになくても、相手の女の子に度胸があるかもしれないじゃない」
「おいおい、息子を唆すなよ」
「じゃあ、そのビールとおつまみを少しは控えなさいよ。新婚の頃のスマートなあなたに戻ってほしいわ」
仲睦まじく談笑する両親の温かい声を遮るように、自室のドアを閉め、内鍵をかけた瞬間――ベールはその場へ崩れ落ちた。
「ハァッ……ハァッ……、ウッ、オエッ……!」
声を押し殺しながら、激しい過呼吸と吐き気が込み上げる。涙と脂汗が止まらない。さきほどの記憶がひたすら脳を、胸を刺しに来るのだ。
(僕が……僕の手で、賢者ラムアビ卿を殺した……ッ!)
生まれて初めて背負ってしまった『殺人』という巨大な原罪の重みに、全身の関節がガタガタと悲鳴をあげる。
震える指先でスクールバッグの底を探り、凶器である『黒い石』を取り出す。
窓から差し込む青白い月明かりを吸い込み、漆黒の深淵の奥底で、極小の星雲のような光が怪しく渦を巻いていた。その迷える子羊は何もかも忘れて、呟いた。
「キレイだ」と。
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