【第1話 2】
それから三ヶ月後の、6月末――。
梅雨のジメジメとした重たい空気が、校舎を息苦しく包み込んでいた。
中庭に貼り出された第二学年第一回テストの結果を前に、ベール・ラムバートは全身の血の気を失ったよう青白い顔で立ち尽くす。周囲の生徒たちがヒソヒソと囁き合う不快なノイズが、耳元にまとわりつく。
「――おいおい、うそだろ……ベールが137位だって……?!」
同級生のカノアが、信じられない面持ちで学友の肩を揺すった。
「なぁ、ベール、何があったんだよ?! 小テストは満点に近かったじゃん?!」
前回9位だったゴールド特待生の順位が、あろうことか216人中137位という数字へと急降下していたからだ。制服の胸元に輝く純金バッジはどこか寂しく、パープルの生地に不釣り合いとなってしまった。
「実は……いや、これが僕の実力だよ。9位はまぐれだったんだよ」
ベールは唇を噛み、小さく拳を握りしめ、屈辱と悔しさを必死に押し殺す。
彼が転落した理由は、学科テストすべてを残り10分で解かないとならず、実技テストでは片手のみと制限された。もちろん、そうせざるを得ない理不尽極まりない事情があったからだが――。
「ギャハハハ!」
その元凶ともいえる生徒が、向こう側から下品な笑い声とゾウのような足音を響かせながらやってきた。「みなが憧れるピカピカ特待生から、落ちこぼれの劣等生となった気分はどうだ、天才くんよぉ!」
背後から現れたのは、栗のような頭部とずんぐりとした巨躯を持つ怪力番長、リーキー・ガルベスだった。「まさか余裕ぶっこいて残り10分で解くとは思わなかったよ。ベール、お前、ずいぶん調子に乗っていたよな?! いい気味だわ! ギャハハハ!」
10代とは思えない巨漢だが、話し方と見た目通り、ガルベスは座学を極端に苦手としている。
その反面、類まれな身体能力で実技テストは好成績、意外なことに足の速さは学年で5番手に入る俊足の持ち主なのだ。
ベールは親の仇でも見るような眼差しで睨みつけた。
「これで満足か、ガルベスッ!」
ガルベスはイラついたのか、両手でベールの両肩を鷲掴みにし、自慢の怪力で軽々と持ち上げる。
ギリリッと、万力で締め上げられるような激痛が上半身に走る。
「ゴールド特待生史上、過去最大の落ちこぼれ劇だってよ……傑作だな!」
ガルベスは醜く顔を歪め、耳元で嘲笑った。
「痛っ……! 離せ、ガルベス! このゴリラのパチモンがッ!」
「あァ? ベール、オレ様にそんな口を利いていいのか? あの桃色の手紙、校長や主任に渡してもいいんだぞ?」
「くッ……?! す、すまない……今度から言葉遣いに気をつけるよ」
「最初からそうやって謙虚でいればいいんだよ、ベールくん」
巨漢の男が腕の力を緩めると、男子生徒は地面に思い切り尻餅をつく。
「……そうだ、腹が減ったんだ。購買でホットドッグを買ってこいよ。もちろん、お前の奢りで! ギャハハハ!」
そんな彼を、少し離れた廊下の陰から眺めていた女子生徒、シーラ・マイヤーズが冷たい薄ら笑いを投げかけてくる。屈辱に肩が震えるベールは、奥歯を噛み締めることしかできなかった。
4月上旬――。
『あー、あの手紙? あんな気持ち悪いラブレター、すぐガルベスに渡しちゃったけど?』
『渡した?! ……どういうことだよ、シーラ』
『勝手にロッカーに入れたのは君だし、それをもらったのは私。もらったものをどう処分しようと私の勝手でしょ?』
『まさか……君がそんな子だったなんて……?! それでも貴族の娘かよ!』
『貴族かどうかは関係ない。私はそういう女です。悪うございました。これでいいかしら?
――そうだ、欲しかったアンティークのオルゴールと、新作のミステリー小説が出たのよねえ……』
シーラは目元と口角をつり上げ、好意を打ち明けてきた相手に勝ち誇ったように趣味の代物をねだる。
ベールは唖然とした。まるで熟練の詐欺師だと。とても初犯とは思えないほど、その果てなき悪意と欲望は躊躇などさらさらなく純情な男子生徒の胸を抉ったのだった――。
こうして、ベールが真心を込めて投函したラブレターは、よりにもよって学年一の問題児ガルベスの手に渡ってしまった。そして、ガルベスは誰に教わったか悪知恵を働かせ、魔法クラスの《恋愛禁止校則》を盾に、内容を公表されたくなかったら研究費を寄越せと脅迫してきた。
毎月支給される30万GGの研究費から、実に“27万GG”をもカツアゲされた。
手元に残るわずか3万GGでは、ベールが夢見ていた“風の魔法で車を浮かせて空を走らせる実験“など絶対に不可能だった。




