【第1話 1】
3月中旬、ガイア帝国アップル州アップル市――。
「――おい、来たぞ」
「私、ワンチャン、特待生あるかも?!」
「マジで100位には入っててくれ……かあちゃんに怒られたくねぇ……」
国立第一高等学校東部管区校、魔法クラスがあるアップル校舎の中庭は異様な熱気で賑わっていた。というのも、年三回ある年間テストの最終テストが先週行われ、その結果発表が行われるためだ。
一学年につき生徒は200名をこえ、その三学年分となれば650名を超える生徒たちがパープルカラーのブレザーでステージまで連なる花道を飾り、万雷の拍手で校長と主任を出迎える。
「みなさん、ごきげんよう。お元気でよろしいですね」
エレーナ・オルコット校長は母親のよう朗らかに生徒たちへ微笑む。
「今日は待ちに待った年間最終テストの発表日です。上位30名に入った優秀な生徒は来年度の特待生として認定され、その証であるバッジと魔法研究費が支給されます。
1位から10位のゴールド特待生には月額30万GG、11位から20位のシルバーには20万GG、21位から30位のブロンズには10万GGです。くれぐれも無駄遣いしてはなりませんよ?」
忠告をする校長に、陽気な生徒たちは指笛を吹き鳴らして色めき合う。というのも、来週に卒業式を控える3年生は学校最後のイベントでもあるのでハイテンションな面々が多い。
一方、その後輩たちの表情は悲喜こもごもする。特待生となれば、研究費以外にも多大な優遇措置がある。とりわけ、学年共通のパープル制服の胸元に授与される金・銀・銅の特待生バッジ――校舎内で浴びる羨望の眼差しは心の栄養だと、生徒会長が学校新聞で自慢するほどだ。
「――それでは、結果を発表する。みな、掲示板に注目です!」
夫でもあるチャーリー・オルコット魔法クラス統括主任が若手教員を手招きした。生徒たちはステージに設置された掲示板を食い入るように眺める。
歓声と悲鳴が交差する中、とある男子生徒が力強く拳を握りしめた。
「――あ、あった……」
掲示板の前に立つベール・ラムバートの口から、意図せず安堵の吐息が漏れる。まだ実感がわかず、喉から声が出てこない。
「ベールは何位だった? 俺は66位」
「きゅ……9位だよ」
「9位?! まじかよ、やったじゃん、ゴールドバッジじゃん!」
陽気な同級生カノアが背中を叩いて祝福する。ベールは唇を噛み締めた。この1年間、血の滲むような努力が実を結んだ瞬間だった。
世の中には天才がいる。魔法クラスに入る天賦の才を持つ同世代の彼ら彼女らは家柄にも恵まれており、とくに貴族階級は幼少期から英才教育、中には帝王学さえ手ほどきを受けてきた。
一方、平民家庭であるベールはそもそも魔法クラスに入るために時間や要領を意識して努力してきた。入学テストの成績は中の下だ。それでも彼は不貞腐れず、より日々の時間やコツを習慣付け、自分の才能を信じて魔法の勉学に励む。その彼が最上位10名の枠に食い込み、純金のバッジを勝ち取ったことは、似た境遇の平民階級の同級生にとってみれば、荒れ狂う戦場から生還した尉官を見るようなものだ。
「おい、みんな。ゴールド特待生となったベール様を胴上げしようぜ!」
わっしょい、わっしょい――カノアの呼びかけで、歓喜の胴上げが始まった。
体が宙に浮く中、ベールは群衆の少し後ろにいる一人の女子生徒へと視線を向ける。
(――ありがとう、シーラ。君のおかげだよ)
その子の名前はシーラ・マイヤーズ――マイヤーズ伯爵家系の分家にして、父親は著名なオーケストラの指揮者を務めるという、名門芸術家系の中級貴族の令嬢だ。
育ちの良さを思わせる気品を漂わせながらも、愛らしいタヌキ顔の柔らかな造作とふとした仕草が、男子たちの心を無自覚にくすぐる。その虜の一人がベールだった。
1年前の入学式で隣の席になり、愛くるしい微笑みに一目惚れした。
だが、相手は高嶺の花たる貴族令嬢、対する自分は名もなき平民、身分の差という分厚い壁の前に、恋の魔法にかかったお年頃の男の子はただ指をくわえて諦めることなどできない。
常に貴族たちの輪の中にいる彼女と対等に言葉を交わし、その横に立つに相応しい男になるためには、学年216人の中でわずか10人しか許されないゴールドバッジを勝ち取り、自らの価値を証明するしかなかった。
(ようやくシーラに釣り合う資格を手に入れたぞ!
あとは……だが、……でも、やっとゴールド特待生になった。
絶対に後悔はしたくない!)
すっかり太陽が沈み、色とりどりのステンドグラスが静まり返った校舎の廊下を滑らかに照らし出す。
「――よし、入れるぞ!」
鼻息を荒くしながら、ベール・ラムバートは桃色の封筒をとあるロッカーの隙間から滑り込ませる。
指先が小刻みに震えていた。いきなり告白してはシーラを驚かせてしまうと思い、手紙で思いの丈を伝えることにしたのだ。さまざまな詩集を読み漁り、徹夜で書き上げた、生まれて初めての恋文――明日の放課後、大音楽ホールの前がその答え合わせの場所だ。
(シーラ、僕は君が好きだ。どうかイエスと言ってくれ……)
はたして、男の子の純情は届くのだろうか――。




