エピローグ 新しい入所者
それから、さらに一年半が経った。
熊谷徳蔵に対する判決が下されたのは、その年の初春だった。懲役四年、実刑。判決文の中で、裁判官は「五十年にわたり、社会的に弱い立場にある人々を、組織的かつ継続的に収奪の対象とした、極めて悪質な犯行である」と述べた。熊谷は、法廷で最後まで、控訴をしなかった。
柏木司法書士も、実刑判決を受けた。榊原輝男は、結局、刑事責任を問われないまま、業界の表舞台から静かに姿を消した。郷田建設は、その後も県内で事業を続けていたが、公共工事の入札において、以前ほどの存在感は失われていた。沢渡憲一は、次の選挙で、ついに議席を失った。
宇佐美弘之の書いたノンフィクション「やすらぎ園――五十年の沈黙」は、その春、一冊の本として刊行された。永野雅士は、共著者としてではなく、あえて「取材協力」という立場で名を連ねることを選んだ。
「俺はもう、記者じゃない」
刊行を控えたある日、永野は宇佐美にそう言った。
「これは、あんたが書いた本だ。俺は、ただ、証言しただけだ」
本は、地方の一つの事件を扱った地味な一冊としては異例の反響を呼んだ。全国紙が書評で取り上げ、国会でも、後見制度の運用実態について、質疑が行われるようになった。すぐに制度が変わるわけではなかった。それでも、確かに、何かが動き始めていた。
新しく生まれ変わったやすらぎ園には、桐生洋子が理事長として、そして永野雅士が外部監査役として、それぞれの立場で関わり続けていた。田村美咲が立ち上げた遺族支援団体には、県内外から、少しずつ声が集まり始めていた。
ある春の朝、永野は、施設の玄関ホールに立っていた。かつて熊谷の胸像が置かれていた場所には、今は何もない。代わりに、入所者たちが育てている小さな花壇が、そこにあった。
送迎車が、玄関前に停まった。杖をついた一人の老人が、付き添いの家族に支えられながら、車から降りてきた。
「ここは、他の施設を、いくつか断られてしまって……」
付き添いの家族が、申し訳なさそうに、応対に出た桐生に事情を話していた。
「大丈夫ですよ」
桐生は、静かに、しかしはっきりと答えた。
「うちは、そういう方こそ、きちんとお迎えします」
その言葉は、かつて熊谷が繰り返し口にしていた台詞と、表面上はよく似ていた。だが、そこに込められた意味は、まるで違っていた。美談としての「見捨てない」ではなく、一人の人間として向き合うという、ただそれだけの、地に足のついた約束だった。
永野は、少し離れた場所から、その光景を見つめていた。新しく入所してくる老人の顔には、不安の色が浮かんでいた。かつての自分と同じ顔だった。
永野は、杖をつきながら、ゆっくりとその老人に近づいた。
「こんにちは。私は、この施設の監査役をしています、永野といいます」
老人は、少し驚いた顔をした。
「監査役の方が、わざわざ、こんな新入りに」
「ここでは、入所される方全員に、最初にご挨拶することにしているんです」
永野は、微笑んだ。
「何か、困ったことや、おかしいと感じたことがあれば、いつでも、私に直接、言ってください。誰に憚ることもなく」
老人は、しばらく永野の顔を見つめていたが、やがて、小さく、しかし確かに、頷いた。
丘の上から、春の風が吹き抜けていった。新しい看板の「やすらぎ園 地域と共に」の文字が、静かに陽の光を受けていた。




