表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/59

第54話 王宮典礼局の名が出ましたな


「王宮典礼局の名が出ましたな」


 財務卿の声が監査室に落ちた。

 マルセラ夫人は顔を伏せたまま、扇を握りしめている。

 その横では、副隊長と書かれた木製人形が少し斜めに立てかけられていた。


 青い布はずれたまま。

 銀色の飾り紐も片側だけ緩んでいる。

 腰に差した剣の模型だけがやけに本物らしかった。

 セドリックはまだ真顔でそれを見ていた。


「正式な命令というほどのものではございません」


 マルセラ夫人は慌てて首を振った。


「あくまで協力ですわ。若葉会は王宮定例夜会に初めて出る令嬢方を支えるための会ですもの。王宮からも必要な場だと認められているのです」


「認められている?」


 ヴィオラ夫人の声が低くなった。


「マルセラ夫人。あなたは令嬢方にも、その言葉を使いましたの? 王宮も認めている会だから安心です、と」


「そ、それは……安心していただくために」


「つまり、王宮の名を保証のように使ったのですわね」


 マルセラ夫人は答えなかった。

 沈黙が答えになっていた。


「わ、私、そう言われました……」


 全員の視線がフィオナへ向く。


「若葉会は王宮の方も知っている会だから安心していいって⋯⋯。定例夜会の前にきちんとした方へつないでいただけると。だから、私は……ただの私的な申し込みではなく、正式なものなのだと思いました」


 マルセラ夫人の口元が引きつった。


「フ、フィオナ嬢! それはあなたが大げさに――」


「――大げさに受け取らせたのですわ!」


 ヴィオラ夫人が鋭く遮った。


「初めて大きな夜会に出る令嬢に、王宮や典礼局といった名前を並べたてた。あなたは相手がどう受け取るか分かったうえで、そう言ったのですわね?」


 レイベルナはマルセラ夫人を見た。


「マルセラ夫人、典礼局からの協力は口頭でのお話ですか?」


「いえ、覚え書きがございます」


 財務卿の表情がすっと硬くなった。


「覚え書きですか」


「若葉会が初参加令嬢の支援を行うにあたり、王宮典礼局が必要な範囲で助言する――と記されたものです。何も不正なものではございません」


 マルセラ夫人は顔を上げた。

 少しだけ勢いが戻っている。


「あれは正式な覚え書きですわ。王宮典礼局の印もございました。だからこそ、わたくしは若い令嬢方に安心してよいと申し上げたのです」


「その覚え書きには近衛副隊長との一曲について書かれておりますか?」


「い、いいえ。書かれておりません。踊れるなどとは、書かれておりませんわ⋯⋯」


 セドリックの目が静かに冷える。


「では、私の名はどこから出た」


「お、王宮典礼局の方が……当日の会場管理の説明の中で、セドリック卿のお名前を挙げたのです」


「説明の中で、私の名を出したということか」


「はい。初参加の令嬢方が不安になった場合、近衛の方々も会場を見回っているから安心だと。その中で、近衛副隊長殿のお名前が出ました」


「私は会場警備の者です。踊る相手ではありません」


「わ、分かっております!」


 マルセラ夫人は思わず声を上げた。

 すぐに口元を押さえる。


「……分かっております。ですから、わたくしは最初から必ず踊れると決めたわけではございません。ただ、若い令嬢たちは不安で……少しでも希望があった方が……」


「その希望に金貨十枚という値段をつけたのですわね」


 沈黙の横で木製の副隊長がまた少し傾き、そのままツツツーっと滑っていく。

 セドリックが無言で近づき、倒れる前にその肩を押さえた。

 本物の近衛副隊長が、木製の近衛副隊長人形を支えていた。

 財務卿がそれを見て満足げに頷いた。


「支え合いの精神に満ちた光景でございますな」


「……財務卿」


 セドリックの声が静かに落ちた。


「支えているのは私だけです」


「確かにそうですな。失礼いたしました」


 白猫がにゃあと鳴いた。

 財務卿の猫がみゃあと返す。

 フィオナは涙をこらえるように、手を握っていた。


「私は……お金を払えば、特別な扱いをしてもらえると思ったわけではありません。ただ、初めての夜会で失敗したくなくて。王宮の方も知っている会ならちゃんとしていると思って……」


 その言葉で監査室の空気が沈んだ。

 もちろんフィオナを責めるべき軽率さはある。

 けれど、初めての夜会に対する令嬢の不安そのものは笑ってよいものではないだろう。

 レイベルナは自分も初めて社交の場に出た頃、似た緊張があったことを思い出し、静かに息を吐いた。


「マルセラ夫人。典礼局の覚え書きはどなたから受け取ったのですか?」


「……王宮典礼局の、夜会係の方です」


「名は」


「存じ上げません。王宮側の窓口の方とだけ」


「窓口の方⋯⋯ですか?」


「責任者の名は残らず、王宮典礼局の名だけが残る。便利な言い方でございますな」


「ほ、本当にそうなのです。王宮典礼局の印がありまし、若葉会への助言を認める文面もございました。わたくしはそれをもとに、令嬢方へ安心を――」


「安心ではありませんわ」


 レイベルナは言った。


「あなたが渡したのは近衛副隊長と踊れるかもしれないという期待です。そして、その期待に金貨十枚の値段をつけたのです」


 マルセラ夫人の肩が揺れた。

 監査室が一気に静かになった。


「王宮も認めている。近衛副隊長の名も出ている。そう言われれば、特別な取り次ぎだと思ってしまいます」


 その言葉をマルセラ夫人一人で用意できたわけではない。

 若葉会へ覚え書きを渡し、王宮典礼局の名を外へ出し、そして会場案内の中でセドリックの名を出した典礼官がいる。

 その説明がどのように使われるか確かめないまま――。


 レイベルナは銀の鈴を持ち上げた。

 ――チリン。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
必死な言い訳をしております。一つ一つ事実を言われる度に自分の立場を自覚しているのですね。勿論、最悪の立場になっていると今更ながらに気付いたみたいですけど、手遅れですね。 また一人呼び出される方が決ま…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ