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【連載版】婚約破棄? 責任者をお呼びしますわ 〜スキル《呼び鈴》で大変なことになりました〜  作者: 桜めんと
第3章「白百合の門が閉ざされる前に、責任者をお呼びしますわ」
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第26話 開かれた門

  

 白百合慈善院へ戻るころには、空の色が少しだけ茜色を帯びていた。

 門の前には、王妃基金の紋章が入った木箱が次々と運び込まれている。


 今度は後援会の紋章が入った白い布も、綺麗に見せるための飾りもない。

 正式な王妃基金の支援物資として、王宮の係官と近衛の立ち会いのもとで、まっすぐ白百合慈善院へと運ばれた。


 古びた門の奥から、子どもたちがそっと顔を出す。


「わー、箱、いっぱいだ」

「お薬もある?」

「お菓子は?」


 エリナ院長が膝をつき、子どもたちへ優しく頷いた。


「お薬はあります。お菓子は……あとで一緒に探しましょうね」


 その言葉を聞いた子どもたちは、顔を見合わせて小さく笑った。

 レイベルナはその笑顔を見て、胸の奥が少しだけ熱くなる。


 王妃基金の名。

 後援会の舞台。


 どれほど綺麗に並べられていても、現場に届かなければ意味がない。

 セドリックが隣に立った。


「お疲れではありませんか」


「そうですね。正直なところ、実は少し疲れてしまいました。ですが、これが終わるまでは大丈夫ですわ」


「座れる場所を探します」


「いいえ、いいのです。ありがとうございます」


「では、倒れるときには言ってください。支えますので」


「倒れる前提で話さないでほしいところです」


「念のためです」


 その真面目な顔に、レイベルナは思わず小さく笑った。


「セドリック卿は、心配の仕方まで少し堅いですわね」


「柔らかい心配は不得手です」


「そこは認めるのですね」


「嘘はつけませんので」


 レイベルナは視線をそらした。

 疲れた心が少しだけ緩んだ気がした。


 そのとき、ラウルが持っていた木箱を下ろし、大きく息を吐いた。


「やっと着いたっす……!」


 荷受けの確認不足を叱られたラウルは、「せめて手伝わせてほしいっす」と言い、積み下ろし要員としてついてきていた。


 たくさんあった干し肉の束もあと二本になっている。

 財務卿の腕の中で、灰色の猫がみゃ、と鳴いた。

 ラウルは二本とも背中に隠して言う。


「もうだめっす。これは俺の最後の砦っす」


「人間の干し肉は塩が強いので、ここまでですぞ」


「財務卿が止めてくれたっす……!」


「猫側の健康管理ですゆえ」


「俺の干し肉管理ではないんすね」


「そちらは手遅れですなぁ」


「ひどいっす」


 その横で、エリナ院長がふと首を傾げる。


「そういえば、保管所にあった干し肉の箱は、支援物資だったのでしょうか」


 ラウルの顔が、はっとした。


「あっ、それは俺の私物っす」


「私物?」


「干し肉が好きすぎて、箱買いして仕事場に置いてたやつっす。支援物資じゃないっす。そこだけは、ちゃんと言わせてください」


 レイベルナは少しだけ目を細めた。


「王妃基金の物資の横に、自分の干し肉箱を置いていたのですか」


「はいっす」


「紛らわしいですわね」


「すみません、干し肉は悪くないっす」


「そこは誰も責めておりませんわ」


 セドリックが静かに頷く。


「干し肉そのものに罪はありません」


「騎士様、ありがとうございます」


「ですが、置き場所は悪い」


「やっぱり怒られたっす」


 ラウルは肩を落とした。

 その様子に、子どもたちがくすくす笑う。

 だが、すべてが終わったわけではない。


 マルヴィナは近衛の監視のもと、後援会本部に残されている。

 会計記録、作業表、読み上げ原稿、寄付者名簿、エドウィンが作成した書式、黒い紙などもすべて王宮へ運ばれることになった。

 副会長、会計係、書記、書類係は、順にみっちりと事情聴取を受けるらしい。


 黒い紙を書いた者はまだ見えていない。


 銀の鈴は鳴った。

 だが、誰も来なかった。

 その沈黙だけが、レイベルナの胸の奥に残っている。

 エリナ院長が歩いて近くまで寄ってくる。

 そのまま、レイベルナへ深く頭を下げた。


「本当に、ありがとうございました」


「私は、責任の道筋を確かめただけです。物資を届けたのは、王妃陛下と皆様の判断ですわ」


 寄付者の一人が頷いた。


「いいえ。あなたが来なければ、私たちは白い布の前で拍手して、何も知らずに寄付だけして帰っておりました」


 財務卿が猫を撫でる。


「私は、猫殿と平和な午後を過ごしていたはずですな」


「財務卿、それは今言わなくてもよろしいのでは」


「つい本音が」


「本音が猫寄りですわ」


 猫は満足そうに目を細めていた。

 ラウルは残った干し肉を握りしめたまま、急に真剣な顔になる。


「あの、レイベルナ様」


「何でしょうか」


「今日、かっこよかったっす。相手が何を隠しても、どんどん逃げ道をなくしていく感じが」


「褒めているのか、怖がっているのか分かりませんわ」


「どっちもっす!」


 ラウルは背筋を伸ばした。


「だから俺、手伝いたいっす。荷物運びでも、案内でも、何でもやるっす!」


 ラウルの視線が、なぜか手元の干し肉へ落ちた。


「干し肉は置いてきてください」


「えっ、そこからっすか!?」


「そこからです」


「俺、今日一番きつい命令を受けた気がするっす」


 レイベルナは少しだけ表情をゆるめた。


 白百合の門の先には、王妃基金の紋章が入った木箱がどんどん運び込まれていく。


 閉ざされかけた門は、今度こそ開かれた。

 子どもたちの手に薬が届き、食料が届き、薪が届いている。

 だが、その先に続く責任の道は、まだ途切れていない。


 セドリックが静かに言った。


「王宮へ戻るまで、気を抜かないでください」


「はい。けれど、今日はここまで来られてよかったですわ」


「同感です」


 彼の返事は短い。

 だが、隣に立つ距離が近い。


 レイベルナは少しだけ息を整えた。


「セドリック卿」


「はい」


「もし、私が鈴を鳴らすべきか迷ったら」


「隣に立っています」


 答えが早すぎて、レイベルナは言葉に詰まった。


「……まだ、最後まで言っておりませんわ」


「必要な答えだと思いました」


「本当に、まっすぐですわね」


「曲げる理由がありません」


 レイベルナは小さく笑った。


 白百合の門は開いた。

 だが、銀の鈴を黙らせようとした者は、まだどこかにいる。


 その相手へと届く道を、次は見つけなければならない。


  

  

◆◇◆◇◆


ここで3章が終わりになります。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

今後は王宮編に入っていきます!


ブックマークや応援などいただけると大変励みになります。

今後ともよろしくお願いいたします。


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