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【連載版】婚約破棄? 責任者をお呼びしますわ 〜スキル《呼び鈴》で大変なことになりました〜  作者: 桜めんと
第3章「白百合の門が閉ざされる前に、責任者をお呼びしますわ」
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第22話 猫の下僕

 

  ――チリン。


 銀の音が消えた次の瞬間、広間の中央に小柄な男が現れた。


 両腕には金貨の入った小箱。

 脇には二冊の会計記録。

 男は周囲を見もせず、低い声で延々と数えていた。


「……37、……38、⋯⋯39、⋯⋯、……40、⋯⋯41、⋯⋯42」


 小箱が傾き、金貨が数枚こぼれた。


 それでも男は取り乱さなかった。

 むしろ、床へ転がった金貨を一枚ずつ目で追い、落ちた順番まで確かめるように、静かに指を止める。


「……今のは、別に数えるべきでしょうか。混ぜると、最初からになりますね」


 声は妙に落ち着いていた。

 落ち着きすぎていて、広間の空気が少しだけ怖くなるほどだった。


 ラウルが干し肉をかじりながら、ぼそりと言った。


「俺より危ない人が来たっすね」


「干し肉を食べながら言うセリフではありませんわ」


「食べてないと、もっと余計なことを言いそうっす」


「少し自覚が出てきましたわね」


 金貨ごと呼ばれた男を見て、マルヴィナの顔が青ざめた。


「ニコル! その帳簿を見せてはいけません!」


「帳簿は見せるものと実際のものに分けておりますので、見せる方なら問題ありません」


「帳簿を分けていいわけがありませんわ」


 レイベルナの静かな声が落ちる。

 ニコルの口が止まった。

 金貨を数えていた時と同じように、目だけが静かに横へ動いた。


 レイベルナは男が抱えていた会計記録へ視線を向ける。


「あなたが、この説明会の寄付申込書と金額表を管理している方ですね?」


「⋯⋯はい。会計係のニコル・ベルトンです。申込書は受付順にまとめ、金額の記録を管理しています」


 ニコルは二冊の会計記録を、角をぴたりと揃えて差し出した。

 手は震えていない。

 震えていないことが、かえって怖かった。


「一冊は寄付者の皆様へ見せるものです。もう一冊は、実際の入金と支出を控えるものです」


 広間がざわついた。


「ということは、見せるものと実際のものが違いますの?」

「⋯⋯? それは、どういう意味です?」

「私たちの寄付金は白百合慈善院へ行くのではありませんの?」


 マルヴィナはすぐに笑みを戻そうとした。


「今は会計上、見やすく分けているだけですわ。寄付者の皆様に余計な細部を見せても、混乱を招くだけですもの、ほほほ」


「では、混乱しない方に見ていただきましょう」


 レイベルナは右手を開いた。

 銀の鈴が光る。


 マルヴィナの顔から、さらに色が引いた。


「王妃基金の名があり、寄付金と支援物資の会計が交ざっています。これは後援会だけで済ませてよいものではありませんわ」


「ま、まさか――」


「王妃基金に関わる会計記録を管理する、王宮財務方の責任者をお呼びしますわ」


 マルヴィナが止めるより早く、銀の音が広間へ落ちた。


 ――チリン。


 次の瞬間、広間の中央に財務卿が現れた。


 腕には灰色の猫。

 ただし、財務卿はまだこちらに気づいていなかった。


「ミミちゃん、みゃんみゃん、よい子ですなぁ。はいはい、尊い、非常に尊いですなぁ。世界の国庫が少し傾いても、この寝顔だけは守らねば……」


 広間が凍った。


 財務卿は目を瞑ったまま、猫の額に頬を寄せてさらに続ける。


「みゃんみゃん、財務卿はもう少しだけ猫の下僕でいたいのですぞぉ……スリスリ」


 レイベルナはそっと視線を逸らした。


「……財務卿」


 セドリックが低い声で呼ぶ。


「みゃ……」


 猫みたいな声を出していた財務卿の動きが止まった。


 ゆっくりと顔を上げる。

 広間に集まる人々を一度見渡す。

 すべてを見てから、財務卿は一度だけ咳払いした。


「……王国財務卿、アルフレッド・エルンスト・マクシミリアン・フォン・ローデンハイムですぞ」


「……財務卿、そんなに長いお名前でしたの?」


「これまで誰も聞いてくれませんでしたので」


「財務卿と呼ぶのがやはり一番合理的ですわね」


「私は存じておりました。格式あるお名前です」


 セドリックが真面目に頷いて言った。


「セドリック卿、逆にそこは少し突っ込んでほしいところですな」


「失礼にあたりますので」


「⋯⋯さぁ、どなたでもよいのです。名前の長さについて、もっと驚いてくださってもよろしいのですぞ」


 財務卿は現実から目を背けようとしていた。

 猫が、みゃあと眠そうに鳴いて起きる。

 ハッとした財務卿は、腕の中の猫を撫で直した。


「……先ほど何か聞こえたかもしれないですが⋯⋯」


「財務卿、猫の名前はもう聞こえてしまいましたわ」


「財務的には予算外の漏れというイレギュラーな事態ですな」


 小さくあくびをした猫の視線が、ラウルの干し肉へ向いた。

 ラウルは反射的に肉の束を隠す。


「これは俺のっす!」


 猫が、みゃあと鳴いた。

 ラウルは負けた。

 一本差し出した。


「干し肉の流出が始まりましたわね」


「国庫ではなく干し肉ですので、私は止めませんぞ」


「財務卿、止める基準がそこなのですか」


「猫には利益があり、国庫に損はありませんゆえ」


 財務卿は猫を撫でながら、ニコルが差し出した二冊の会計記録へ視線を落とした。


 その目が変わる。


「……これは、よろしくありませんな」


 広間の空気が一気に締まった。


「一冊目は寄付者向け。二冊目は実際の金の動き。こちらの実記録では、王妃基金の支援物資を後援会が一時保管したことにして、運搬手数料や管理費などを取る予定になっております」


「管理費?」


 寄付者の一人が声を上げた。


「私たちは、白百合慈善院に届くと思って寄付するのですわよ」


 財務卿は会計記録をさらに一枚めくる。


「もう一つ、気になる支出がありますな」


「気になる支出?」


 レイベルナが聞き返す。


「白布追加費、花飾り費、舞台用小瓶薬代、香油代など。どれも会場設営費にまとめられております」


「会場を飾るなら、そこまで不思議ではないのでは?」


「はい、普通ですな。ただし、慈善事業より飾りつけの足が速いことを除けば」


 ラウルが干し肉をかじりながら、感心したようにうなずいた。


「それは嫌な速さっすねえ」


「ずいぶん外側から見ていますが、あなたはどちら側の方ですの?」


「俺は……言われた箱を運んだら、いつの間にか関係者になっていた側っす」


 財務卿は記録の端を指で押さえた。


「しかも、この確認欄には副会長の名がありますな。セリーヌ・モラン」


 マルヴィナの唇がわずかに動いた。


「……それは、副会長がこの度の会場設営の担当だったからですわ」


「支援物資より先に会場設営費が動くような慈善事業⋯⋯ということですな?」


 財務卿は猫の背を撫でながら、表情だけを冷たくした。

 レイベルナは確認欄に記された名前を見た。


「では、支援物資より先に動いた会場設営費に責任を持つ方を、お呼びしますわ」


 銀の音が広間へ落ちた。


 ――チリン。



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― 新着の感想 ―
中々癖の多い方達ですね。金貨を数えるのに熱心、原稿読みに必死、未だに干し肉を齧る。次の方はどんな痴態を披露してくれるのでしょう? 猫と戯れる時、誰もが口調をおかしくしているのです。そうして猫のおねだ…
今回も面白かった。 > 「猫には利益があり、国庫に損はありませんゆえ」 「人間用(猫には塩分過多)の干し肉」を求められるがまま量を見極めず猫に与えるのは不利益寄りでは?
財務卿いいキャラしてるな。 ちょっと度を越した猫好きだが、書類から一目で金がどう動いたのか読み取れる実務能力から、財務卿という肩書の説得力が違ってくる。
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