表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【連載版】婚約破棄? 責任者をお呼びしますわ 〜スキル《呼び鈴》で大変なことになりました〜  作者: 桜めんと
第3章「白百合の門が閉ざされる前に、責任者をお呼びしますわ」
21/24

第21話 物資より先に届くもの

  

 次の瞬間、倉庫の中央に細身の男が現れた。


 片手には羽ペン。

 もう片方には、まだ乾ききっていない読み上げ原稿。

 鼻の頭には黒いインクがつき、「皆様からの温かなご寄付により――」と言いかけたところで止まっていた。


「……より? こ、ここは!? え、な、何でですか?」


 男は続きを探すように瞬きし、周囲を見渡して一気に顔を青くした。


「ギリアム」


 マルヴィナの声が低くなる。


「マ、マルヴィナ会長……その、私は、原稿の清書をちょうど終えたところ、でして……」


 レイベルナは机の上に置かれていた作業表を示した。


「この作業表を書いたのはあなたですか?」


 ギリアムは羽ペンを握りしめた。


「わ、私は、ただの書記、ギリアム・ペンローズです。会長の指示を、読みやすく形にしただけで……」


 レイベルナは作業表の端を見た。

 そこには「確認済み」の文字と、マルヴィナ・ロイスの署名がある。


「こちらに署名がありますわ」


 倉庫の空気が固まる。


 ギリアムが原稿を隠そうとした瞬間、セドリックが静かに言った。


「その紙を出してください」

「これはまだ清書したばかりで」

「構いません」

「じ、字が少し曲がっております」

「問題はそこではありません」


 セドリックが回収し、レイベルナへ渡す。

 そこには、説明会で読み上げる予定の言葉が並んでいた。


―――――

 皆様、本日は白百合慈善後援会の説明会へお越しいただき、誠にありがとうございます。


 まずは、これまで白百合慈善院への支援にお心を寄せてくださった皆様へ、後援会を代表して深く御礼申し上げます。


 後援会では、白百合慈善院で暮らす子どもたちのため、食料、薬、薪、衣類の手配を進めてまいりました。当月分の支援も整い、今後は皆様からの温かなご寄付により、この活動をさらに広げてまいります。


 子どもたちに必要なのは、一度きりの施しではなく、明日も続く支えです。


 …………

 …………

―――――


 下まで目を通したが、王妃基金の名はどこにも出てこなかった。


「つまり、王妃基金の支援物資を使い、後援会が手配したように説明するつもりだったのですね」


「ち、違いますわ。これは寄付者に分かりやすく見せるためなのです」


「予定通りに届いていない支援物資を使って、ですか?」


 マルヴィナは口を閉じた。


 重い沈黙の中で、ラウルが何か言いかける。

 だが、マルヴィナの鋭い視線に気づき、慌てて口を閉じた。

 代わりに、干し肉をかじる。


「……これ、食べてる間だけは黙れるっす」


「自分の口を止めるために干し肉を食べる方は、初めて見ましたわ」


「今、黙れてた、と思うっす」


「今の発言で、効果はないと分かりましたわ」


「ラウル、もうやめなさい!」


「干し肉を?」


「話をです!」


 マルヴィナの声には、もう余裕がなかった。

 レイベルナは作業表と原稿を手に取る。


「この寄付者への説明会はどちらで?」


 ギリアムが青い顔で答えた。


「お、大広間です。まだ始まってはいませんが、寄付者の方々は少しずつ集まり始めているはずで――」


「ギリアム!」


「す、すみません! いきなりここに呼ばれたので、いつもより口が滑っちゃいます」


 ラウルが干し肉をかじりながら、小さくつぶやいた。


「俺より口滑ってない?」


「干し肉に頼っている人に言われたくありません!」


 レイベルナは静かに二人を見た。


「あなた方の後援会は、物資より先に証言を届かせるのですね」


 セドリックが真面目に頷く。


「搬送手順としては、かなり悪い順番です」


「セドリック卿、そこを業務として見ないでくださいませ」


 レイベルナは建物内の大広間へと向かった。

 セドリックが先に扉を開ける。


 広間には、すでに十数人の寄付者が集まっていた。


 白い花飾り。

 磨かれた椅子。

 布で整えられた支援物資。

 香水と焼き菓子の甘い匂い。


 白百合慈善院の古びた中庭とは、まるで別の場所だった。


 マルヴィナが入ると、寄付者たちが一斉に顔を上げる。


「まあ、会長が来られましたわ」

「説明会はもう始まりますの?」

「王妃基金ともつながる支援だと伺いましたわ」


 その言葉に、レイベルナは広間の木箱を見た。


 王妃基金の紋章が入った木箱は周囲に置かれ、正面には後援会の紋章が入った白い布がある。


 ――隠しているのではない。

 ――都合のよい角度だけを見せている。


「皆様。説明会の前に、一つ確認させていただきますわ」


 広間が静まった。

 マルヴィナの顔が一気にこわばる。


「私は王妃陛下の命により、白百合慈善院への支援状況を確認に参りました、レイベルナ・ファリスと申しますわ」


 寄付者たちが一斉にレイベルナの方を見た。

 レイベルナはエリナ院長へ視線を向ける。


「エリナ院長。現在、当月分の支援物資は白百合慈善院へ届いておりますか?」


「……いいえ。届いておりません」


 その一言で、広間の空気が変わった。


「今、白百合慈善院には、当月分の支援物資が届いておりません」


 寄付者たちの顔色が変わった。


「届いていない?」

「では、支援物資はどこに?」


「今、皆様の前にあるのは、本来、白百合慈善院へ届くはずだった王妃基金の支援物資です」


 ざわめきが広がる。

 マルヴィナはすぐに笑みを戻した。


「誤解ですわ! 後援会は王妃基金と慈善院をつなぐ役目です。寄付者の皆様に分かりやすく――」


「では、その寄付者の皆様へ見せる寄付申込書を確認しましょう」


 レイベルナは広間の机へ歩いた。

 寄付申込書と金額表が並んでいる。


 白百合慈善院支援。

 薬代。

 薪代。

 衣類補充費。

 その下に、小さな項目があった。


 ――後援会管理費。

 ――支援準備費。


「管理費と準備費」


 レイベルナは静かに読み上げた。


「王妃基金の支援物資を前に並べて信用を得ながら、寄付金の一部は後援会へ残す予定だったのですね」


 寄付者たちの視線が、一気にマルヴィナへ集まる。


「私たちの寄付は慈善院へ行くのではありませんの?」

「管理費とは何ですか?」


 そのとき、人一倍派手な服装のふくよかな婦人が扇を握ったまま、眉をひそめた。


「マルヴィナ会長。これは、私たちも説明を受けておりませんわ」


 筆頭寄付者の夫人だった。

 その一言で、広間の空気が変わる。

 マルヴィナの指先が、白い手袋の中で強く握られた。


「会計は、後援会の会計記録を見れば分かりますわ!」


「では、この説明会で寄付申込書と金額表を管理している方に聞きましょう」


 レイベルナが右手を開く。

 銀の鈴が現れた。


 マルヴィナの顔から、色が引く。


「まさか、この広間に――?」


 ラウルが小さく干し肉をかじった。


「……会計係っぽい人なら、さっき奥の部屋で金貨を数えてるやつが――」


「ラウル――ッ!」


 マルヴィナは反射的に、ラウルの口元へ干し肉を押しつけた。


 広間の空気が固まった。


 ラウルは干し肉を口に突っ込まれたまま、目を丸くした。


「……んぐ、んぐっ」


「マルヴィナ会長⋯⋯その止め方もかなり斬新ですわ」


 セドリックが真面目に頷く。


「証言の口止めに、干し肉を使った例は近衛でも初めて見ました」


「セドリック卿、そこは感心しなくてよろしいですわ」


 ラウルは干し肉を何とか飲み込み、涙目でつぶやいた。


「……俺の口、しゃべるより肉噛んでた方が安全っすね」


「気づくのが⋯⋯少し遅かったですわ」


 レイベルナは寄付申込書と金額表の置かれた机に手を添える。


 マルヴィナが口を開きかけた。

 その声より早く、銀の音が広間へ落ちる。


 ――チリン。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ