第13話 副官と保管箱
――チリン。
銀の音が監査室に落ちた直後、室内の中央に一人の女性が現れた。
監査室の濃紺の制服に身を包み、栗色の髪をきっちり束ねている。
袖口は作業のために留められ、手には黒い箱を持っていた。
艶のないその木箱には細い鎖が巻かれ、鈍く光っている。
女性は一瞬だけ周囲を見た。
財務卿と片頬だけ髭の残ったバルナード、丸いパンを握ったトマスに薬瓶を抱えたミラ。
扉の前にはセドリックが立ち、その近くには銀の鈴を持つレイベルナがいた。
「……なるほど。私が呼ばれましたか」
「リゼット副官……!?」
「はい。王宮監査室副官、リゼット・マーレンです」
リゼットはレイベルナへ向き直り、丁寧に礼をした。
「申し訳ございません、臨時顧問レイベルナ様。呼ばれる前にこちらへ戻るつもりでした」
「副官……ここの監査室の方でしたのね」
「はい。今朝がた、私の判断で文書院と旧王太子執務室の保管棚を確認しておりました。返却記録は消されていましたが、戻された書類束の数だけは残っていました」
リゼットは手にした黒い箱を机へ置いた。
「数が一つ合いませんでした。余分に紛れていたのが王妃基金あての書類束です。そこからこれを見つけました」
「では、その中に封蝋印が?」
「はい」
リゼットは箱に巻かれた鎖へ指を添えた。
「これは《保管箱》です。私が責任をもって収めたものは外から奪われにくくなります。その代わり、一度収めたものは私一人では取り出せません」
「では、どうすれば開くのですか?」
「私の自由意思と、正当な立会人が必要です。監査室や財務卿、近衛、王族など、公的に立ち会える方の前でなければ開きません」
リゼットは小箱の蓋に手を置いた。
「中には発見した封蝋印と発見日時、棚の番号、書類束の名を記した保全記録を一緒に入れてあります。ちょうどこちらへ報告に向かう直前に呼ばれました」
「つまり、リゼットさん以外はまだ中身を正式に確認していないのですね?」
「はい。私が発見して保全しましたが、監査室としての正式確認はまだです」
「副官殿に確認協力をお願いしていたのは事実です。ただ、見つかったものについては私も今初めて聞きました」
「分かりました。では、開けてくださいませ」
「承知しました」
リゼットが鎖をほどく。
黒い小箱が低い音を立てて開いた。
中から出てきたのは王太子執務室の紋が刻まれた支払い保証用の封蝋印だった。
「そ、それを隠していたのは……お、お前ではないか!」
「はい。隠しました」
あまりにもあっさりと認められ、監査室が静まった。
「ただし、文書院側からです。発見したものを再び誰かが触れられるような場所へ戻す方が危険だと判断しました」
「どこで見つけたのですか?」
「文書院の保管棚ではありません。王妃基金宛ての書類束に紛れていたのです」
「王妃基金……」
財務卿の声から軽さが消えた。
「慈善院や救護院への支援に使う基金ですな。王妃陛下のお名前が出れば、たいていの者は中身を疑いにくい」
「だから隠し場所にされたのですね」
「はい。封蝋印だけではありません。その束には支援手配保証書らしきものの『控え』も交ざっていました。王妃基金名義に見せかけ、支払い保証まで結びつけた文書です」
「私は知らん! 王妃基金の書類など――」
「主任殿」
財務卿が低く咳払いした。
「文書より先に口調の封が破れておりますぞ」
「なっ……」
「分かりやすい破れ方ですわ」
レイベルナは封蝋印を見る。
祝宴の日、魔物の契約書を呼べたのはあれがただの紙ではなく責任を結んだ文書だったからだ。
ならば、この封蝋印で作られた保証書の原本にも鈴が届くかもしれない。
誰の名で手配し、誰が支払いを保証したのか――。
その責任が原本に残っているのなら――。
「――レイベルナ嬢」
扉の前からセドリックに呼ばれた。
「何が来ようとも私が守ります」
仕事としての言葉なのだろう。
それでも迷いのない声だった。
「セドリック卿、ありがとうございます」
「……護衛ですので」
胸の奥に少しだけ力が戻った。
レイベルナは銀の鈴を構える。
「王妃基金の名を使い、白百合慈善院への支援手配と支払い保証について責任を結んだ原本をお呼びしますわ」
「やめろ、それは――!」
バルナードの声より早く、銀の音が落ちた。
――チリン。




