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【連載版】婚約破棄? 責任者をお呼びしますわ 〜スキル《呼び鈴》で大変なことになりました〜  作者: 桜めんと
第2章「封蝋印が消えましたので、責任者をお呼びしますわ」
14/23

第14話 王冠のない百合

  

 ――チリン。


 鈴の音が落ちた直後、机の上に一通の封書が現れた。


 薄桃色の上質な封筒。

 赤い封蝋には王太子執務室の紋が押され、その横には淡い金色の百合が描かれている。


 ただの書類なら、ここには呼べなかったはずだ。

 だが、これは王妃基金の名と凍結前の王太子執務室の保証に見せかけて、白百合慈善院への支援手配に責任を結びつけた文書だった。


「たしか王妃基金の正式印は、王冠を抱いた百合でしたわね」


「はい」


 リゼットが封書を見て頷く。


「ですが、この百合には王冠がありません。基金の文書に見せかけていますが、本物ではありませんわ」


 バルナードが額の汗を拭いた。


「わ、私は、そのような文書は知りません!」


「主任。先ほどからご存じないものが多すぎますわね」


 トマスが丸いパンを握ったまま、大きくうなずいた。


「主任、さすがに多いです!」


「お前は黙っていろ!」


 財務卿が感心したように目を細める。


「パンの形は崩れておりますが、気持ちは折れておりませんな」


 レイベルナは封書を開いた。

 中の手配保証書には、硬い文字でこう記されている。


―――――――

 一、王妃基金は、白百合慈善院に対する当月分の支援について、緊急手配を行う。

 一、食料、薬、薪、衣類その他必要物資の調達および換金手続きは、モーント商会を通じて一括して行うものとする。

 一、上記手続きについて、王太子執務室はその履行を保証する。

―――――――


 その名が出た瞬間、監査室の空気が冷えた。


「また、モーントですか」


 セドリックの声が低くなる。

 財務卿は猫を撫でる手を止めた。


「王妃基金の支援を、モーント商会経由に切り替える形ですな」


「この文書だけで断定はできません」


 リゼットは手配保証書の端を押さえた。


「ですが、極めて黒に近いです」


「国庫から見れば、もう帳面を閉じたくなる色ですなぁ」


 レイベルナは手配保証書の名義を見た。


 王妃基金。

 王妃の名。


「王妃陛下のお名前を勝手に使った手配保証書……ですわね」


「ならば王妃陛下に確認すればよい! それができるならなあ!?」


 バルナードが声を張った。


「では、確認しましょう」


 レイベルナが右手を開く。

 銀の鈴が現れた。


「い、今ここでか!?」


「王妃陛下のお名前を使った文書です。ご本人に確認するのが最も早いでしょう」


 財務卿が目を閉じた。


「これはまた王妃陛下をお呼びする流れですな」


「財務卿、なぜ少し前のめりなのですか」


「婚約破棄の日、私は王妃陛下が呼ばれる瞬間を見られなかったゆえ」


「財務卿、さらっと言わないでください」


 セドリックがレイベルナの隣に立つ。

 その位置だけで、誰が来ても彼女の前には出さないと分かった。


 レイベルナは小さく息を吸い、鈴を持ち上げる。


「では、確認しましょう」


 ――チリン。


 次の瞬間、監査室の中央に王妃が現れた。


 片手には湯気の立つ茶杯。

 もう片方の手には、まだ口をつけていない小さな焼き菓子。


 どう見ても、茶会の最中だった。


 王妃は一瞬だけ瞬きをし、それから室内を見渡した。


 灰色の猫を抱いた財務卿。

 片頬だけ髭の残ったバルナード。

 丸いパンを握ったトマス。

 薬瓶を抱えたミラ。

 監査室副官リゼット。

 そして、銀の鈴を持つレイベルナと、その横に立つセドリック。


 次の瞬間、全員が一斉に膝をついた。


「王妃陛下。お茶会中にお呼びしてしまい、大変申し訳ございません」


 レイベルナが真っ先に謝罪する。


 王妃は茶杯を見た。

 焼き菓子を見た。

 それから、机の上の手配保証書を見た。


「今回は、口をつける前でしたので」


「申し訳ございません」


「いいえ。お菓子より先に確認すべきことがあるようですね」


 すぐにセドリックが王妃の手から茶杯と焼き菓子を受け取り、丁寧な手つきで机の端に置いた。


 王妃は手配保証書へ視線を向ける。


「レイベルナ嬢。また、誰かの責任が私の名につながっているのですね?」


 監査室の空気が、すっと冷えた。


「はい。王妃基金の名を使った保証書が見つかりました」


「見せてください」


 王妃の声は荒くない。

 だが、その一言だけで、誰も余計な口を挟めなくなった。



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