第67話:外から来る“仕事”
店の前に立ったとき、違和感はすぐにわかった。
人がいる。
客ではない。
入口の前で立ち止まっている男が一人。
年は四十前後。
スーツではないが、仕事帰りの雰囲気。
腕を組んで、店を見ている。
(……客じゃないな)
そう判断する。
理由は簡単だ。
入る気配がない。
“見るだけ”。
それは客の動きじゃない。
「……何してんだ?」
小さく呟く。
そのまま横を通る。
引き戸を開ける。
「いらっしゃい」
母の声。
いつも通りだ。
(……中は問題ないな)
一瞬で判断する。
流れは維持されている。
客は動いている。
詰まりはない。
(なら、外か)
そう思う。
少しして――
扉が開く。
さっきの男だ。
ゆっくり入ってくる。
席に座る。
メニューを見る。
だが――
すぐには注文しない。
(……やっぱりな)
普通じゃない。
「何にしますか?」
母が聞く。
「ああ……じゃあ、これで」
おすすめを指す。
だが、その視線は違う。
店の中を見ている。
客の動き。
厨房の流れ。
(……見てるな)
そう確信する。
料理が出る。
食べる。
だが、集中していない。
周りを見ている。
時間を見ている。
(……完全に観察だな)
そう思う。
食べ終わる。
会計。
そのとき――
「ちょっといい?」
母に声をかける。
少し低い声。
「はい?」
「この店さ」
一拍置く。
「最近変わった?」
(……来たな)
そう思う。
母が少し戸惑う。
「えっと……まあ、少し」
「やっぱりね」
男が頷く。
「前より回ってる」
その一言。
母が驚く。
「え?」
「料理出るの早いし、客の流れもいい」
淡々とした口調。
だが、確信している。
(……見えてるな)
そう思う。
「でさ」
男が続ける。
「誰がやったの?」
その問い。
空気が少しだけ止まる。
母が一瞬、こちらを見る。
(……まあそうなるか)
そう思う。
「……息子が」
小さく言う。
男の視線がこちらに来る。
まっすぐ。
(……来るな)
そう感じる。
「君?」
短く言う。
「はい」
答える。
「へえ」
少しだけ笑う。
だが、その目は笑っていない。
「ちょっといい?」
それだけ。
(……仕事だな)
そう思う。
店の隅に移動する。
母が少し不安そうに見る。
「大丈夫」
短く言う。
それで十分だ。
男が口を開く。
「単刀直入に言う」
一拍。
「うちの店も見てくれない?」
(……来たな)
そう思う。
予想通り。
だが――
「やらない」
即答する。
男が少しだけ目を細める。
「なんで?」
静かに聞く。
「まだ足りない」
短く言う。
「何が?」
「規模」
それだけ。
男が少し考える。
「小さいから?」
「違う」
一拍。
「試してるだけ」
それだけ。
沈黙。
数秒。
男が笑う。
「なるほどね」
小さく言う。
「実験中ってわけか」
(……理解したな)
そう思う。
「でもさ」
男が続ける。
「金は出すよ?」
直球。
「成功報酬でもいい」
(……来るな)
そう思う。
ここが分岐だ。
受けるか。
断るか。
「いくら?」
聞く。
男が少し驚く。
「お、乗る気?」
「聞いただけ」
それだけ。
男が答える。
「月で一万」
(……安いな)
そう思う。
だが――
(妥当か)
子供相手。
しかも、まだ実績は一店舗。
「やらない」
もう一度言う。
今度ははっきり。
男が苦笑する。
「即答か」
「意味ない」
短く言う。
「なんで?」
「ここで足りる」
それだけ。
男が少し黙る。
(……引くか)
そう思う。
だが――
「じゃあさ」
もう一度来る。
「一回だけでもいい」
「見るだけ」
それだけ。
(……しつこいな)
そう思う。
だが、嫌いじゃない。
(ちゃんと来てる)
本気で。
「……一回だけ」
短く言う。
男の顔が少しだけ変わる。
「いいの?」
「見るだけ」
それだけ。
「手は出さない」
条件をつける。
男はすぐに頷く。
「それでいい」
立ち上がる。
「場所は近い」
「明日どう?」
(……早いな)
そう思う。
だが、問題ない。
「いい」
短く答える。
「じゃあ決まり」
男は笑う。
今度は少しだけ柔らかい。
「名前は?」
「高瀬」
「俺は田中」
それだけ。
男――田中は店を出ていく。
扉が閉まる。
静寂。
母がすぐに来る。
「ちょっと何よ今の」
少し慌てている。
「仕事」
短く言う。
「仕事って……あんた何歳よ」
(……まあそうなるな)
そう思う。
「見るだけ」
それだけ返す。
母は頭を抱える。
「もうわかんないわ……」
(……大丈夫だ)
そう思う。
やることは変わらない。
見る。
詰まりを探す。
それだけ。
夜。
布団に入る。
目を閉じる。
今日の流れが浮かぶ。
結果。
噂。
接触。
依頼。
すべて繋がる。
(……来たな)
そう思う。
外から仕事が来る。
つまり――
“価値が外に通じた”
それだけ。
「……次は」
小さく呟く。
一店舗じゃない。
複数。
広がる。
そのために――
何が足りないか。
もう見えている。
「……面白くなってきたな」
そう思う。
流れは、店の外に出た。
ここから先は――
もう学校でも、家でもない。
完全に“外”だ。
その段階に、入った。




