第189話:熱狂の終盤、人々は“未来”ではなく“隣”を見始めていた
平成三年。
春。
朝。
柔らかい風。
窓の外では桜が揺れている。
商店街。
配送トラック。
通勤する人々。
全部動いている。
景気は良い。
今も。
まだ。
テレビ。
「平成経済、依然高水準を維持――」
「都市再開発は全国で継続――」
「日本経済は世界を牽引――」
(数字はまだ強い)
恒一は新聞を閉じた。
未来を知っている。
だから分かる。
本当に危険な時。
人は。
“未来”を見なくなる。
代わりに。
“隣”を見る。
母が朝食を並べる。
「最近ねぇ」
少し苦笑する。
「近所の奥さん達、皆お金の話ばっかり」
父も頷く。
「会社も同じだ」
「誰がどれだけ儲けたとか」
(来たな)
未来でもそうだった。
バブル終盤。
人は。
未来への期待より。
他人との比較で動き始める。
机へ向かう。
大学ノート。
全国地方再生ネットワーク。
十三都市。
協力都市三十一。
さらに。
新しいページ。
・比較意識増大
・焦燥感増加
・周囲監視強化
・資産競争化
(かなり近い)
最初は。
未来が目的だった。
街を立て直す。
工場を増やす。
人を戻す。
生活を守る。
だが今は違う。
“誰がどれだけ持っているか”。
そこへ変わり始めている。
学校。
昼休み。
男子達が騒いでいる。
「うちの親、新車買った」
「マジ?」
「マンションも買うらしい」
「すげぇ」
笑い声。
だが。
その後。
一人がぽつりと言った。
「うち、何も変わんねぇな」
(始まった)
比較。
未来でも。
そこから空気が壊れた。
放課後。
今日は第一都市。
最初の成功都市。
駅前。
桜。
人。
ネオン。
商店街。
全部綺麗だ。
成功している。
だが。
以前より。
少しだけギラついている。
不動産広告。
投資看板。
高級車。
ブランド。
“成功”。
それを見せる空気が強くなっていた。
会館へ向かう。
商工会。
銀行。
建設。
物流。
不動産。
いつもの顔。
だが。
今日は会話が違う。
会長が苦笑する。
「最近な」
煙草に火を付ける。
「皆、他人ばっか見てる」
(未来通りだ)
建設会社社長が言う。
「隣が工場増やしたからうちも」
物流会社も。
「周りが倉庫増やしたからうちも」
銀行員も苦笑する。
「最近、“他社が借りたから”って融資相談増えてます」
(末期だな)
未来でも。
最後は。
必要だからじゃない。
“周囲がやっているから”。
それで動く。
その時。
若い不動産会社社長が笑った。
「でも景気良いですし」
(まだそこか)
会長が静かに言う。
「違う」
少し止まる。
「最近、“負けたくない”が増えた」
静かになる。
誰も反論しない。
それが本質だった。
夕方。
第一都市の裏通り。
昔ながらの商店街。
古い店。
小さな工場。
そこへ行く。
表通りは華やかだ。
だが。
裏側は違う。
疲れている。
比較される側だから。
その時。
古い豆腐屋の店主が声を掛けてきた。
「恒一君」
店の中。
少し話す。
店主は苦笑する。
「最近な」
「息子が落ち込んでる」
(比較か)
「同級生が皆、不動産だ投資だって」
静かになる。
「うちは豆腐屋だからな」
(未来でもそうだった)
本当に必要な仕事ほど。
地味になる。
そして。
比較される。
店主がぽつりと言った。
「昔はな」
少し笑う。
「ちゃんと働いてれば良かった」
さらに。
「今は、“儲かってないと駄目”みたいだ」
(空気が変わった)
未来でも。
そこから崩れた。
働く。
作る。
支える。
そういう価値が。
“資産額”に負け始める。
夜。
第四工場都市。
工場社長達との会合。
工場は動いている。
受注もある。
だが。
社長達は疲れている。
一人が言う。
「最近、同業他社ばっか気になる」
別の社長。
「分かる」
「どこが設備入れたとか」
「どこが土地買ったとか」
さらに。
「焦る」
静かになる。
未来でも。
最後は。
“生き残るため”じゃなく。
“置いていかれないため”。
それで投資が始まる。
その時。
古参社長がぽつりと言った。
「最近、“未来”の話減ったな」
会館が静かになる。
「昔は、街をどうするかだった」
恒一は黙る。
「今は、“誰が勝ってるか”ばっかだ」
(見えてるな)
未来でも。
熱狂の終盤。
人々は。
未来を見なくなる。
代わりに。
他人を見る。
帰宅。
静かな部屋。
春の夜風。
時計の音。
机へ向かう。
大学ノート。
新しいページ。
・平成三年春
・比較意識拡大
・焦燥感増加
・資産競争化進行
さらに。
・熱狂の終盤、人々は“未来”ではなく“隣”を見始めていた
書き込む。
未来でも。
最後はそうだった。
未来への期待。
街への希望。
生活を良くする。
そういう物が消える。
代わりに。
比較。
競争。
焦り。
それだけが残る。
そして。
誰も止まれなくなる。
布団へ入る。
目を閉じる。
全国地方再生ネットワーク。
成功した都市。
工場。
物流。
港。
商店街。
全部浮かぶ。
成功した。
本当に。
だが。
その成功の中で。
少しずつ。
人の目線が変わっている。
未来ではなく。
隣。
生活ではなく。
資産。
希望ではなく。
比較。
未来を知る恒一だけが。
その変化を見つめていた。
そして知っている。
社会が本当に壊れ始めるのは。
金が無くなった時じゃない。
“人が他人ばかり見始めた時”なのだと。




