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第188話:崩壊は、“数字”ではなく“空気”から始まる

平成二年。


冬。


朝。


冷たい空気。


窓の外は白く曇っている。


商店街。


人通り。


配送トラック。


通勤する会社員。


全部動いている。


景気は良い。


今も。


まだ。


テレビ。


「平成景気、引き続き堅調――」


「企業設備投資、過去最高更新――」


「地方都市再開発も順調――」


(表面は完璧だな)


恒一は新聞を閉じる。


未来を知っている。


だから分かる。


本当に崩壊が近い時。


数字は。


むしろ強い。


だが。


空気だけが変わる。


静かに。


誰にも見えない形で。


母が言う。


「最近、皆ちょっと疲れてる顔してるわね」


父も頷く。


「会社でもな」


少し苦笑する。


「儲かってるのに空気重い」


(来たな)


未来でもそうだった。


利益はある。


仕事もある。


だが。


誰も安心していない。


机へ向かう。


大学ノート。


全国地方再生ネットワーク。


十二都市。


協力都市二十七。


さらに。


新しいページ。


・空気悪化

・心理的疲弊増加

・信用監視常態化

・経営者警戒感上昇


(かなり近い)


今までは。


“熱狂”。


だった。


だが今は違う。


“緊張”。


それが混ざり始めている。


学校。


昼休み。


男子達は騒いでいる。


「また土地上がったらしい」


「株もヤバい」


「うちの親、来年会社デカくするって」


笑い声。


だが。


以前より少しだけ。


無理に明るい。


(感じ始めてるな)


子供でも。


家の空気で分かる。


大人達が。


少しずつ余裕を失っている事を。


放課後。


今日は第一都市。


最初の成功都市。


駅前。


相変わらず人は多い。


ネオン。


百貨店。


銀行。


不動産会社。


証券会社。


全部ある。


だが。


空気が違う。


以前より。


人が周囲を見ている。


確認している。


警戒している。


会館へ向かう。


商工会。


銀行。


物流。


建設。


地元企業。


いつもの顔。


だが。


会話が減った。


以前は。


「もっと増やす」


「もっと広げる」


そればかりだった。


今は違う。


「大丈夫か?」


その確認が増えている。


会長が煙草を置く。


「最近な」


皆が見る。


「皆、“確認”ばっかだ」


(未来通り)


銀行員が苦笑する。


「本部が厳しくなってます」


建設会社社長も。


「うちも支払い確認増えた」


物流会社社長。


「前払い要求も増えてる」


静かになる。


誰も大声で危険とは言わない。


だが。


皆。


感じ始めている。


空気を。


その時。


若い不動産会社社長が言った。


「でも数字は良いですよね?」


(まだそこか)


未来でも。


最後まで数字を信じる人間は多かった。


会長が苦笑する。


「数字はな」


少し止まる。


「でも空気が違う」


静かになる。


恒一は黙って聞いていた。


それが本質だった。


崩壊は。


数字より先に。


空気へ出る。


夕方。


第一都市の裏通りを歩く。


昔からの商店。


古い工場。


小さな倉庫。


そこにいる人間達の顔。


疲れている。


その時。


古い金物屋の店主が声を掛けてきた。


「恒一君」


店の中。


少し話す。


店主は笑った。


「売上は悪くない」


頷く。


「でも最近怖い」


(見えてるな)


「何が?」


恒一が聞く。


店主は少し考えた。


そして。


「皆、余裕無い」


静かになる。


「昔の不景気の方が、まだ笑ってた」


(未来でもそうだった)


バブル末期。


皆。


儲かっている。


だが。


余裕だけが消える。


なぜか。


止まれないから。


夜。


第四工場都市。


工場社長達との会合。


工場は動いている。


受注も多い。


だが。


社長達は疲れていた。


一人が言う。


「最近、電話増えた」


「どんな?」


「確認」


笑いが起きる。


だが。


小さい。


「納期大丈夫ですか」


「支払い大丈夫ですか」


「人員大丈夫ですか」


全部。


確認。


未来でもそうだった。


信用が薄くなると。


皆。


確認を始める。


その時。


ベテラン工場社長がぽつりと言った。


「最近、“信じる前提”が減った」


静かになる。


誰も反論しない。


それが。


一番危険だった。


帰宅。


静かな部屋。


冬の風。


時計の音。


机へ向かう。


大学ノート。


新しいページ。


・平成二年冬

・心理的不安拡大

・確認行動常態化

・空気悪化開始


さらに。


・崩壊は、“数字”ではなく“空気”から始まる


書き込む。


未来でも。


最後まで数字は強かった。


株価。


地価。


売上。


全部。


だが。


空気だけは違った。


確認。


警戒。


不安。


疲労。


それが。


静かに広がる。


そして。


誰も言葉にしないまま。


社会全体へ染み込んでいく。


布団へ入る。


目を閉じる。


全国地方再生ネットワーク。


成功した都市。


工場。


物流。


港。


商店街。


全部浮かぶ。


まだ崩れない。


まだ日本は強い。


だが。


その強さの内側で。


少しずつ。


静かに。


“信じ切れなくなる空気”が広がり始めている。


未来を知る恒一だけが。


その変化を見つめていた。


そして知っている。


本当に崩壊が始まるのは。


株価が落ちた日じゃない。


人々が。


“なんとなく不安”を感じ始めた日なのだと。

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