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第181話:誰もが成功しているのに、誰も余裕が無くなり始めていた

平成元年。


冬。


朝。


冷たい空気。


窓ガラスには薄く結露が浮かんでいる。


商店街。


人通り。


車。


配送トラック。


全部動いている。


景気は良い。


本当に良い。


数字だけ見れば。


日本は史上最高だった。


テレビ。


「平成経済は順調に拡大――」


「地価上昇継続――」


「設備投資過去最高――」


(全部本当だ)


だから厄介だった。


嘘ではない。


本当に景気は良い。


だから誰も疑わない。


母が朝食を並べる。


「最近テレビ見てると景気の良い話しかないわね」


父も頷く。


「でもな」


箸を止める。


「皆忙しそうなんだよな」


(見え始めたか)


未来でもそうだった。


崩壊直前。


皆儲かっている。


だが。


誰も余裕が無い。


机へ向かう。


大学ノート。


第一都市。


第二都市。


第三都市。


第四工場都市。


第五物流都市。


第六観光都市。


第七産業都市。


さらに新しい項目。


・企業体力

・経営者疲労度

・人材流出率


恒一は最近。


利益ではなく。


余裕を見るようになっていた。


利益は嘘をつく。


余裕は嘘をつかない。


ノートへ書く。


・利益増加

・労働時間増加

・人材不足悪化

・経営者疲弊開始


(未来通りだな)


利益は出ている。


だが。


それ以上に負担が増えている。


学校。


昼休み。


男子達は相変わらず土地の話をしている。


だが。


少し変化があった。


「うちの親、最近全然家にいない」


「うちも」


「日曜日も仕事らしい」


(始まったな)


熱狂の裏側。


それが見え始める。


放課後。


今日は第四工場都市。


最初期から育て続けた場所。


駅を降りる。


工場。


煙突。


大型車両。


物流。


全部動いている。


そして。


皆忙しい。


以前より明らかに。


工場へ向かう。


社長達との会合。


会館へ入る。


空気が違った。


疲れている。


皆。


会長が苦笑する。


「儲かってるぞ」


周囲も笑う。


「過去最高だ」


さらに笑う。


だが。


目は笑っていない。


工場社長が言う。


「設備増設した」


別の社長。


「新工場建てた」


さらに。


「受注も増えた」


全部成功だ。


だが。


その後。


皆同じ事を言った。


「人がいない」


静かになる。


未来でもそうだった。


金はある。


仕事もある。


だが。


人がいない。


会長が言う。


「去年より利益は増えた」


頷く。


「でも楽じゃない」


また頷く。


その時。


恒一は思う。


(もう始まってる)


崩壊は株価から始まらない。


地価から始まらない。


現場から始まる。


その時。


一人の工場社長が言った。


「最近な」


皆が見る。


「昔の方が楽しかった」


静かになる。


誰も笑わない。


なぜなら。


分かるから。


昭和五十年代。


工場を立て直した頃。


皆必死だった。


金も無かった。


人も少なかった。


だが。


未来があった。


今は違う。


成功した。


儲かった。


だが。


余裕が無い。


会長が笑う。


「贅沢な悩みだな」


だが。


笑いは小さい。


恒一だけが知っている。


未来でも。


同じだった。


成功し続ける事は。


思った以上に疲れる。


夕方。


工場地帯を歩く。


作業員達。


残業。


トラック。


荷物。


全部動いている。


その時。


若い社員達の会話が聞こえた。


「辞める奴また出たな」


「三人目だろ」


「証券会社行くらしい」


笑い声。


だが。


少し寂しい。


(そうなる)


未来でも。


現場から人が抜ける。


楽そうな場所へ。


儲かりそうな場所へ。


だから。


現場が苦しくなる。


夜。


今日は第一都市へ向かった。


駅前。


明るい。


綺麗だ。


人も多い。


商店街も賑わっている。


成功している。


間違いなく。


だが。


店主達の顔が違う。


疲れている。


商店街会長と話す。


「客は増えた」


「売上も増えた」


頷く。


「でも店員が集まらん」


(同じだな)


どこも。


全部。


同じ問題。


成功しているのに苦しい。


矛盾している。


だが。


未来では当たり前だった。


会長が言う。


「最近な」


少し黙る。


「皆成功してるんだよ」


頷く。


「でも誰も幸せそうじゃない」


(見えてるな)


未来でも。


崩壊前にそうなった。


もっと。


もっと。


もっと。


そればかりになる。


だから。


余裕が消える。


帰宅。


静かな部屋。


時計の音。


机へ向かう。


大学ノート。


新しいページ。


・平成元年冬

・成功疲労拡大

・利益増加と余裕減少

・人材不足深刻化


さらに。


・誰もが成功しているのに、誰も余裕が無くなり始めていた


書き込む。


数字は最高。


利益も最高。


地価も最高。


株価も最高。


だが。


余裕は減っている。


未来を知る恒一には分かる。


本当に危険なのは。


赤字じゃない。


倒産でもない。


皆が成功しているのに苦しくなる事だ。


それは。


社会全体が無理をしている証拠だから。


布団へ入る。


目を閉じる。


全国地方再生ネットワーク。


第一都市。


第二都市。


第三都市。


第四工場都市。


全部浮かぶ。


成功している。


本当に。


成功している。


だからこそ危ない。


失敗している時は。


皆警戒する。


だが。


成功している時は。


誰も止まらない。


未来を知る恒一だけが。


静かに理解していた。


今、日本はまだ上を見ている。


だが足元では。


少しずつ。


確実に。


疲労が積み上がり始めていることを。

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