表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
203/211

第182話:数字の向こう側

平成二年。


一月。


朝。


冷たい空気。


窓の外はまだ薄暗い。


商店街の店主達が開店準備を始めている。


新聞配達のバイク。


遠くを走るトラック。


いつもの朝。


だが。


恒一には分かる。


空気が少しずつ変わっている。


テレビ。


「平成二年、日本経済は引き続き好調――」


「企業収益過去最高――」


「地価上昇継続――」


(まだ続くか)


新聞を広げる。


株価。


土地。


企業買収。


大型再開発。


全部。


上向き。


誰が見ても。


絶好調。


だが。


恒一は数字よりも。


別のものを見ていた。


母が言う。


「本当に景気良いのね」


父も頷く。


「でもな」


新聞を畳む。


「最近、倒れる奴増えたぞ」


(来たな)


過労。


疲労。


燃え尽き。


数字には出ない。


だが。


現場には出る。


机へ向かう。


大学ノート。


全国地方再生ネットワーク。


現在参加都市。


十二都市。


さらに協力都市。


二十七。


全国へ広がった。


昭和五十年。


小学生だった頃には想像もできない規模。


そして。


資産。


現金。


約十五億。


表向き資産。


百五十億超。


実質支配分。


三百億以上。


将来価値。


さらに上。


(十分だ)


もう金額に意味は無い。


問題は。


次。


崩壊後。


そこだ。


ノートを開く。


新しいページ。


・経営者疲弊

・現場疲弊

・中間管理職崩壊

・後継者不足


(全部増えてる)


利益は最高。


だが。


人間は逆。


学校。


昼休み。


教室。


いつもの騒がしさ。


だが。


話題が少し変わった。


「親父入院した」


「マジ?」


「働きすぎ」


(始まったな)


バブル崩壊前。


必ず出る。


成功疲れ。


皆。


頑張り過ぎる。


そして壊れる。


放課後。


今日は第二都市。


最初期に再生した街。


駅を降りる。


賑わっている。


人もいる。


店も増えた。


成功している。


だが。


以前と違う。


店員の顔。


経営者の顔。


疲れている。


商店街会館。


会長が出迎える。


「恒一」


「久しぶりだな」


少し痩せていた。


(無理してるな)


会議室。


商店街。


銀行。


不動産。


物流。


建設。


いつもの顔ぶれ。


だが。


以前より静かだ。


会長が言う。


「売上は過去最高だ」


皆頷く。


「利益も最高だ」


また頷く。


そして。


苦笑した。


「でも休みが無い」


静かになる。


建設会社社長も笑う。


「うちもだ」


物流会社も。


「人足りん」


銀行員も苦笑する。


「融資案件多すぎます」


(未来通りだ)


数字だけ見れば。


絶好調。


だが。


人間は限界に近づいている。


その時。


古くからの商店主が言った。


「最近な」


皆が見る。


「昔の方が楽しかった」


静かになる。


誰も笑わない。


昭和五十年代。


再生前。


確かに苦しかった。


だが。


希望があった。


今は違う。


成功した。


だが。


終わりが見えない。


もっと。


もっと。


もっと。


それが続く。


夕方。


商店街を歩く。


八百屋。


肉屋。


魚屋。


文房具屋。


昔からある店。


その多くが世代交代問題を抱えていた。


若い人間が継がない。


投資。


不動産。


証券。


そちらへ流れる。


その時。


古い文房具店の主人が声を掛けてきた。


「恒一君」


「久しぶり」


店の中。


少し話す。


主人は笑った。


「息子がな」


「東京行った」


(そうか)


「証券会社だ」


未来でも見た。


何度も。


優秀な人材ほど。


金融へ向かう。


それ自体は悪くない。


だが。


全員が向かうと。


現場が壊れる。


主人は続けた。


「嬉しいんだ」


「でもな」


少し黙る。


「この店、終わるんだよ」


静かになる。


(そういう事なんだ)


数字には出ない。


だが。


確実に失われる。


夜。


第四工場都市。


工場社長との会食。


工場は忙しい。


受注は最高。


利益も最高。


だが。


社長は疲れていた。


「設備増やした」


「人増やした」


「工場広げた」


全部成功。


だが。


最後に言った。


「終わりが見えない」


(分かる)


未来でも。


皆そう言った。


成功し続けるのも。


実は苦しい。


社長が酒を飲む。


「昔はな」


笑う。


「受注一件で喜んでた」


恒一は黙る。


「今は受注増えても嬉しくない」


静かになる。


「人足りないから」


それが現実だった。


帰宅。


夜遅い。


静かな部屋。


時計の音。


机へ向かう。


大学ノート。


新しいページ。


・平成二年開始

・成功疲労拡大

・後継者問題顕在化

・地方商店世代交代失敗開始


さらに。


・数字の向こう側


書き込む。


数字は最高。


利益も最高。


地価も最高。


株価も最高。


だが。


数字は人間を映さない。


疲労。


不安。


後継者不足。


人材流出。


それは。


決算書に載らない。


未来を知る恒一には分かる。


本当に危険なのは。


数字が悪化した時ではない。


数字が最高なのに。


人間が限界に近付く時だ。


布団へ入る。


目を閉じる。


全国地方再生ネットワーク。


十二都市。


二十七協力都市。


全国へ広がった成功。


本当に成功した。


だが。


その成功の影で。


静かに。


少しずつ。


本物が減っている。


店主。


職人。


技術者。


経営者。


現場。


数字の向こう側。


そこにある現実を。


誰も見ていない。


未来を知る恒一だけが。


静かに見つめていた。


そして知っている。


崩壊は。


株価が下がる前から始まっている。


人の心が疲れ始めた時から。


もう始まっているのだと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ