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第180話:地方再生の成功者達が、初めて“不安”を口にした日

平成元年。


秋の終わり。


朝。


空気が冷たい。


窓を開けると、乾いた風が部屋へ入ってくる。


商店街。


人通り。


車。


いつも通り。


景気も良い。


街も活気がある。


新聞も明るい。


テレビも明るい。


全部。


明るい。


だが――。


(少し変わったな)


恒一は新聞を閉じる。


最近。


ほんの少しだけ。


空気が変わり始めていた。


暴落はしていない。


不況でもない。


だが。


見える人間には見える。


違和感が。


母が味噌汁を置く。


「最近また東京の土地上がったんですって」


父も頷く。


「会社でも不動産の話ばっかりだ」


(そこまでは同じ)


だが。


最近。


もう一つ増えた。


「でもさ」


父が続ける。


「なんか皆、無理してる感じもするんだよな」


(見え始めたか)


未来でもそうだった。


崩壊直前。


数字は良い。


だが。


現場にいる人間ほど。


違和感を感じ始める。


机へ向かう。


大学ノート。


全国地方再生ネットワーク。


第一都市。


第二都市。


第三都市。


第四工場都市。


第五物流都市。


第六観光都市。


第七産業都市。


さらに。


新しい項目。


経営者心理。


恒一は最近。


数字より。


人を見るようになっていた。


地価。


株価。


融資額。


それらは後から崩れる。


だが。


人間の心理は先に変わる。


ノートへ書く。


・成功疲れ

・融資依存増加

・後継者不足

・経営者不安発生


(ここだな)


未来でも。


最初に異変を感じるのは。


現場を知る人間だった。


学校。


昼休み。


男子達は相変わらず騒いでいる。


株。


土地。


投資。


資産。


だが。


以前ほど熱狂していない。


少しだけ。


現実の話が増えている。


「親父、最近忙しいらしい」


「うちも」


「なんか人足りないんだって」


(始まった)


誰も気付かない。


だが。


歪みは広がっている。


放課後。


今日は第一都市。


全ての始まりの場所。


駅を降りる。


相変わらず人が多い。


商店街。


百貨店。


新しいビル。


銀行。


証券会社。


全部ある。


成功している。


間違いなく。


だが。


恒一は違う物を見る。


店主の顔。


従業員の顔。


経営者の顔。


皆。


少し疲れている。


(無理が出てきたな)


成功し続けるのも。


体力がいる。


会館へ向かう。


中へ入る。


商工会。


銀行。


都市銀行。


証券会社。


地元企業。


地主。


いつもの顔。


だが今日は。


少し静かだった。


会長が苦笑する。


「最近な」


「儲かってるんだ」


皆頷く。


「でも忙しすぎる」


(来たな)


成功疲れ。


未来でもあった。


工場社長が言う。


「受注は増えてる」


「でも人がいない」


物流会社も言う。


「荷物は増えてる」


「でも運転手がいない」


商店街の会長も言う。


「客は来る」


「でも店員がいない」


静かになる。


誰も反論しない。


事実だから。


その時。


銀行員が言う。


「融資希望も増えてます」


会長が笑う。


「それは良い事だろ」


だが。


銀行員は苦笑した。


「返済計画が雑になってます」


(そこか)


未来でもそうだった。


最後は。


皆。


前提条件を疑わなくなる。


売上は増える。


地価は上がる。


人は集まる。


全部。


当然だと思う。


だから。


計画が甘くなる。


その時。


第二都市の商工会長がぽつりと言った。


「最近な」


「ちょっと怖いんだ」


会館が静かになる。


誰も笑わない。


その人は。


昭和五十年代から。


恒一と一緒に街を立て直してきた。


現場を知っている。


成功も失敗も知っている。


だからこそ。


感じていた。


「何が?」


会長が聞く。


商工会長は少し考えて言った。


「皆、成功が当たり前になってる」


(正解だ)


恒一は心の中で頷く。


それだ。


一番危ない。


成功が当たり前になる事。


未来でも。


そこから崩れた。


夕方。


会議終了後。


恒一は会長と二人で駅前を歩いた。


商店街。


人。


車。


賑わい。


全部ある。


会長が言う。


「昔はな」


「人が来るだけで嬉しかった」


恒一は黙る。


「店が残るだけで嬉しかった」


さらに。


「でも最近は違う」


「もっと儲けたい」


「もっと上がってほしい」


「もっと増えてほしい」


会長は笑った。


「贅沢になったな」


(人間だからな)


成功すると。


基準が変わる。


未来でもそうだった。


その時。


会長がふと聞いた。


「恒一」


「お前は怖くないのか?」


少し考える。


未来を知っている。


だから。


怖い。


誰よりも。


だが。


言わない。


代わりに。


短く答えた。


「怖いよ」


会長が少し驚く。


「そうか」


「だから準備する」


それだけ。


会長は笑った。


「お前らしいな」


夜。


帰宅。


静かな部屋。


時計の音。


机へ向かう。


大学ノート。


新しいページ。


・平成元年秋末

・成功疲れ発生

・経営者不安開始

・融資依存深化


さらに下。


・地方再生の成功者達が、初めて“不安”を口にした日


書き込む。


数字はまだ良い。


景気も良い。


地価も上がる。


株も上がる。


だが。


人は正直だ。


現場を知る人間は。


先に気付く。


無理があると。


歪みがあると。


そして。


その声は。


まだ小さい。


誰も聞かない。


誰も気にしない。


だが。


未来を知る恒一には分かる。


こういう小さな違和感が。


後で振り返ると。


全ての始まりだった。


布団へ入る。


目を閉じる。


第一都市。


第二都市。


第三都市。


全国地方再生ネットワーク。


全部浮かぶ。


成功した。


本当に成功した。


だからこそ。


今度は別の問題が生まれる。


成功し続ける前提。


成長し続ける前提。


上がり続ける前提。


それが。


少しずつ。


人を壊し始めていた。


そして。


未来を知る恒一だけが。


その小さな亀裂を見つめていた。

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