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第113話:止まった場所に、流れを戻す

朝。いつも通りの空気、畳の匂い、台所から味噌汁の湯気と焼き魚の音、窓の外では商店街のシャッターが少しずつ開いていく、昭和の朝は静かに始まる、だが頭の中だけは違う、昨日見た地方都市の駅前、その景色がずっと残っている、止まった流れ、閉じた店、人の消えた通り、だが完全には死んでいなかった、まだ戻せる、そう確信している。


「恒一、今日は早いの?」


母が聞く。


「ちょっと行く場所ある」


短く返す。


「また店?」


「今度は街」


それだけ。


母が少し笑う。


「何それ」


(まだ説明しても分からないな)


そう思う。


席に座る。


新聞を開く。


地方欄。


駅前再開発。


大型店誘致。


郊外道路整備。


小さい記事。


だが未来を知っているから意味が分かる。


(今なら間に合う)


まだ崩壊前だ。


だから押さえる。


学校へ向かう。


通学路。


八百屋。


乾物屋。


タバコ屋。


昔ながらの店。


だが未来では消える店も多い。


(流れが変わる)


それだけだ。


教室に入る。


「おはよう」


「おはよう」


席に座る。


ノートを開く。


書く。


・駅前(視察済)

・空き店舗(確認)

・土地(候補)


その下に。


・入口再配置


(ここだな)


止まった街でも、入口が変われば流れる。


授業は流れる。


黒板を書き写しながら、頭の中では駅前の地図を整理している。


駅。


出口。


商店街。


スーパー。


空き店舗。


人の流れ。


全部繋げる。


放課後。


今日はそのまま地方都市へ向かう。


電車に乗る。


窓の外を見る。


少しずつ建物が低くなる。


古い駅。


古い商店街。


昭和の地方都市。


(まだ安いな)


そう思う。


土地も。


店も。


人も。


価値が落ち始めている。


だからこそ取れる。


駅に着く。


昨日の男が待っている。


「来ていただいてありがとうございます!」


「地主来る?」


短く聞く。


「もう呼んであります!」


(早いな)


そう思う。


駅前を歩く。


昼なのに人が薄い。


流れが弱い。


止まる場所がない。


(入口が死んでる)


すぐ分かる。


昨日見た空き店舗の前で止まる。


角地。


駅からの視線が通る。


だが暗い。


古い。


閉じている。


「ここ」


短く言う。


男が頷く。


「やっぱりここですか」


(ここしかない)


「人止まる」


短く言う。


「ここ変われば流れる」


それだけ。


その時。


「君かい?」


昨日の地主の老人が来る。


「話の早い坊主は」


(来たな)


「ここ使う」


短く言う。


老人が笑う。


「即決か」


「必要」


それだけ。


老人が店を見る。


「もう長いこと閉めてる」


「借り手も来ん」


(当然だ)


今は価値がない。


だが――流れが戻れば変わる。


「買う?」


短く聞く。


老人が少し止まる。


「……買うのか?」


「安い今」


それだけ。


沈黙。


男が横で驚いた顔をする。


「土地までですか?」


(当然だ)


店だけ直しても弱い。


流れの先を押さえる。


それが必要。


老人が笑う。


「面白い坊主だな」


「普通逆だぞ」


「店が先だ」


(違う)


「場所が先」


短く返す。


老人が止まる。


数秒。


「……なるほどな」


小さく言う。


「人が戻れば価値が変わるってことか」


(理解してる)


「そう」


短く返す。


その時。


駅から人が出てくる。


だが商店街には流れない。


少し離れたスーパーへ向かう。


(逃げてるな)


歩く距離。


見える入口。


全部負けている。


「まずここ」


恒一が空き店舗を指す。


「入口作る」


それだけ。


「何入れるんですか」


男が聞く。


(決まってる)


「止まる店」


短く返す。


「500円定食」


一拍。


「大盛り無料」


それだけ。


男が笑う。


「やっぱりそこなんですね」


(入口は強い方がいい)


「止まれば流れる」


短く言う。


老人が店を見る。


「そんな変わるかね」


(変わる)


「変わる」


短く返す。


「入口だから」


それだけ。


沈黙。


風が吹く。


古い商店街の旗が少し揺れる。


止まった空気。


だが――。


(まだ戻せる)


そう思う。


「あと」


恒一が続ける。


少し離れた土地を見る。


駐車場。


古い空き地。


「ここ誰の」


男が少し驚く。


「え?」


「そこ」


指を向ける。


「あ、あれは地元の不動産屋です」


(いいな)


駅から近い。


人流の先。


今は安い。


未来では違う。


「会える?」


短く聞く。


「た、多分」


(押さえる)


そう決める。


今は誰も見ていない。


だが流れが戻れば変わる。


土地価格。


店。


街。


全部。


銀行の男の言葉を思い出す。


“この流れは止まらない”


(その通りだ)


止まらない。


なら先に取る。


夜。


家に帰る。


机に向かう。


ノートを開く。


書く。


・駅前入口(取得予定)

・空き地(候補)

・人流(確認済)


その下に。


・土地(開始)


(繋がったな)


店。


通り。


街。


土地。


全部が一つになる。


人が流れる場所。


そこに価値が生まれる。


「……面白いな」


小さく呟く。


未来では当たり前になる。


だが今はまだ誰も見ていない。


だから取れる。


安く。


静かに。


先に。


布団に入る。


目を閉じる。


地方都市の駅前が浮かぶ。


止まった街。


閉じた店。


だが入口を変えれば、人は戻る。


そして人が戻れば――土地が変わる。


(いける)


そう思う。


これは店の話じゃない。


都市の流れだ。


その中心に、もう立っている。


流れはさらに大きくなった。


もう止まらない。


その段階に、完全に入った。

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