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第114話:入口を変えると、人は戻り始める

朝。いつも通りの空気、畳の匂い、台所から味噌汁の湯気と卵を焼く音、窓の外では商店街のシャッターがゆっくり開いていく、昭和の朝は静かだ、だが頭の中だけは違う、昨日見た駅前、空き店舗、止まった流れ、その全部が繋がっている、店を増やす段階は終わった、次は街そのものを動かす、その入口に立っている。


「恒一、今日はまた遠く?」


母が聞く。


「うん」


短く返す。


「最近ほんと忙しいわね」


「動いてるだけ」


それだけ。


母は少し笑う。


「小学生の台詞じゃないわね」


(まあな)


そう思う。


だが言わない。


新聞を開く。


地方欄。


駅前商店街の売上低下。


郊外型店舗の広告。


道路拡張計画。


全部未来に繋がる。


(今はまだ入口だ)


だから間に合う。


学校へ向かう。


通学路。


八百屋。


乾物屋。


文房具屋。


昔ながらの店。


だが未来では消える場所も多い。


(流れが変わると全部変わる)


そう思う。


教室に入る。


「おはよう」


「おはよう」


席に座る。


ノートを開く。


書く。


・駅前(入口)

・空き店舗(取得前)

・土地(候補)


その下に。


・流れ再配置


(ここだ)


授業は流れる。


黒板の字を書きながら、頭の中では駅前の地図を整理している。


駅から人が出る。


スーパーへ流れる。


商店街へ入らない。


なら。


入口を変える。


それだけ。


放課後。


電車に乗る。


窓の外を見る。


古い駅。


低い建物。


少し色あせた看板。


昭和の地方都市。


(まだ安いな)


そう思う。


未来を知らなければ価値は見えない。


だが――。


流れが戻れば全部変わる。


駅に着く。


男が待っている。


「今日は不動産屋も呼んであります!」


(早い)


「いい」


短く返す。


駅前を歩く。


昨日と同じ景色。


だが違う。


今日は“変える側”として見ている。


空き店舗の前で止まる。


古い喫茶店。


駅から商店街へ入る角。


(ここだ)


ここを変えれば視線が変わる。


人の速度が変わる。


「中見ます?」


男が聞く。


「見る」


短く返す。


シャッターを開ける。


古い空気。


埃。


止まった時間。


だが場所は強い。


駅から見える。


入口として完璧だ。


(十分だな)


「ここやる」


短く言う。


男の顔が少し明るくなる。


「ほんとに?」


「入口だから」


それだけ。


その時。


「どうも」


スーツ姿の男が来る。


四十代くらい。


少し疲れた顔。


不動産屋。


(来たな)


「この子?」


男が驚く。


「はい!」


商店会の男が強く頷く。


不動産屋が少し苦笑する。


「で、土地の話って?」


恒一は少し離れた空き地を見る。


駅から商店街へ入る途中。


小さい駐車場。


古い建物付き。


「そこ」


短く指す。


「売る?」


不動産屋が止まる。


「……あそこ?」


「そう」


短く返す。


「いや、別に売れるけど」


一拍。


「なんで?」


(見えてないな)


当然だ。


今は価値がない。


だが未来では違う。


「流れ通る」


短く言う。


「え?」


「駅から」


それだけ。


不動産屋が少し考える。


「……なるほど」


完全には理解していない。


だが、何かを感じている。


「でも今、あそこ安いよ?」


(だから買う)


「いい」


短く返す。


「全部変わる前だから」


それだけ。


沈黙。


風が吹く。


駅前の古い旗が揺れる。


止まった街。


だが。


(まだ生きてる)


そう思う。


「坊主」


不動産屋が言う。


「本当に小学生か?」


(関係ない)


「値段」


短く返す。


男が吹き出す。


「話早いな」


商店会の男も笑う。


だが目は真剣だ。


「本当に駅前変えるんですか」


(変える)


「変わる」


短く言う。


「入口戻せば」


それだけ。


不動産屋が空き店舗を見る。


「ここから?」


「ここから」


短く返す。


「まず止める」


一拍。


「それから流す」


それだけ。


沈黙。


数秒。


不動産屋が小さく頷く。


「……面白いな」


「最近、駅前なんて誰も見てなかった」


(だから取れる)


そう思う。


みんな郊外を見る。


大型店を見る。


だが――。


駅前はまだ死んでいない。


夜。


家に帰る。


机に向かう。


ノートを開く。


書く。


・入口店舗(開始)

・土地①(交渉)

・空き地(候補)


その下に。


・駅前(再起動)


(繋がったな)


店。


通り。


街。


土地。


全部が一つになった。


人の流れ。


それだけで価値が変わる。


「……面白いな」


小さく呟く。


未来では高騰する。


駅前。


土地。


人流。


だが今はまだ安い。


誰も見ていない。


だから先に押さえる。


静かに。


確実に。


布団に入る。


目を閉じる。


地方都市の駅前が浮かぶ。


止まったシャッター。


暗い通り。


だが入口が変われば、人は戻る。


人が戻れば店が変わる。


店が変われば土地が変わる。


(いける)


そう思う。


もう店だけの話じゃない。


都市の価値そのものだ。


その流れを、先に掴み始めている。


もう止まらない。


その段階に、完全に入った。

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